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転生魔法生物が世界を救うまで、あと  作者: カイザー
第一部 三章 〜漆黒の鎧〜
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エピソード35 地獄の先は

 アフェクが導かれるまま階段を登りきると、そこは村人たちで溢れていた。

 社は確かに大きいし、広い。だが、村人全員を押し込めるには入りきらなく、女子供の恐怖で泣き喚く声でいっぱいだった。


「アフェクの旦那!」

「旦那ぁ、ワシらはどうすりゃあええ!? 逃げるにしても魔物に襲われたりもしたら──」

「んだぁ、(こん)は戦うんねぇ!」

女子(おなご)()んのやぞ、むりむりの無理だっぺ!」


 恐怖と混乱で村人同士の怒号の飛ばし合いで、アフェクが指示を出したところで(まと)まるような状況ではなかった。

 これでは全滅まで時間の問題である。

 急かそうにも、今の僕では言葉が出せない。良くて魔法を使うことぐらいだが、それをやっても余計に混乱するだけだ。

 幻想(ともしび)を使おうにも、これだけの人数を一気に抱き込むことが出来そうにない。


(どう見ても詰んでる。これなら今から引き返してカナリアと──)


「──そうだ、神様だ」


 誰かがそう呟いた。

 すると、村人たちが光明が見えたと言わんばかりに次々と声をあげ始めた。


「神様にお祈りすっぺ!」

「そうすりゃあ奇跡起きるかもしんねぇな!」

「おい誰か、祭りごとに詳しいやつ!」

「社の奥に道具あんべ! 急いで出せィ!」


 一人の村人の発案で、話が勝手に進んでゆく。


 最悪の最悪。奈落の果てに、底はなし。そんな展開だった。


(なんで……なんでそうなるんだよ……!)


 理解不能だった。意味不明だった。

 目の前でどんどん社の中に(おさ)めてあったであろう道具が(そろ)えられてゆく。

 それは生前にいた世界で見たことあるような、儀式に使われるものばかり。


(なんでそこで神頼みなんだよ……下でどれだけの兵士が戦って、誰のために死んでると思ってるんだ……)


 愚行の極み、ここにあり。

 逃げる足もあるのに、考える脳もあるのに、意見を()わせる口があるのに、ここの人間は早くも生き残るための思考を放棄したのだ。

 ヒトは、混乱の渦に巻き込まれると、動かずに静止したままでいる者もいる。これはその感染流行症(パンデミック)


(にえ)じゃ。誰か神様に(ささ)げる贄が()るぞ!」


 誰かがそう叫ぶと、一人の薄汚い男が下卑た笑みを浮かべて社の中から一人の子供を引っ張り出してきた。

 暴れぬように手足を布で縛り、担ぎ上げられて運ばれる。

 母親であろう。我が子を取り返そうと名前を呼んで腕を伸ばすが、他が取り囲んで抑え付ける。

 泣き叫ぶ親子。やれ、やっちまえ、とコールする民集。


「古い式たりだっぺ。()り行うには旦那の力が必要じゃ」


 また誰かがそう呟くと、瞬く間に、数十人に囲まれるアフェク。


「頼む」「やってくれ」「生贄を」「神様に祈りを」「奇跡を」「助けてくれ」


 もはや祝詞(のりと)ではない。呪詛(じゅそ)だ。

 雨が強く降る。雨音と相まって、耳障りだ。


 下が地獄なら、ここは何だ?


 地獄だ。


 雨空に隠れて、遠いどこかで、悪魔の笑い声が聞こえた気がした。


(終わりだ──)


 カナリアは諦めるなと言った。僕も同意したい。しかし、それはまだ諦めていないヒトがいればの話だ。

 ここのヒトたちはもう、ダメだ。


 僕が背を向ける刹那、アフェクの顔に影が差した。


「……まれ」


 ガヤガヤと呪詛が渦巻く。

 アフェクの口がか細く動いても、呪詛が(はば)む。


「もう時間がねぇ! やっちまうぞ!」

「やれ! やれ!」


 待ちきれないと言わんばかりに、子供を攫ってきた張本人が手渡された小刀を逆手に取って、子供の首を抑え始めた。

 社の前で、人ひとりの命が、無駄に散ろうとしていた。

 もう寸前だった。


 その時──


「静まれぇぇぇぇええい‼︎」


 まるで落雷の如く、鼓膜を破壊せんとアフェクの口から怒髪天が炸裂した。

 言わずもがな。キレた。


 ダンっ!


 彼が杖で地面を叩く。その音は地鳴りのように(かす)かに揺れ、さっきまで渦巻いていた呪詛の音がシンっとやんだ。

 村人一同が動きを止めて、驚愕の表情を浮かべつつ、男の顔をみる。


「こんな小事(しょうじ)で”神”を語るな!」


 ツルツルの頭が沸騰するのではないかと心配するぐらい真っ赤に茹で上がり、怒りに満ちた目はどんな魔物すらも逃げ出しそうな程であった。

 そんな彼に、村人も負けじと進言する。


「だけンども、このままじゃオラたち皆殺しだァ!」


「ンだンだ! このまま死ぬより、祈って神様に奇跡を起こしてくりゃええじゃなか!」


「コイツァ、今ぁ”小事”とか抜かしおったぞ! 生贄はコイツからじゃあ!」


 ダンっ!


 暴動が始まる前に、再び杖を叩いて黙らせる。


「小事だ!」


 失言を繰り返す。


「神からすれば、我々が死のうが生きようが小事に過ぎん。それになんだ、普段から祈りも捧げん者が都合のいい時だけ神頼みとは、非常識も(はなは)だしい。滑稽(こっけい)極まりない!」


 アフェクがそう言い放ちながら生贄にされそうになった子供の(もと)へ行き、縛られていた布を(ほど)く。

 子供は彼の服に捕まり、オイオイと大声で泣き叫んだ。


「たった今、お前たちはこの何の罪もない子供を、殺そうとしたのだぞ」


 大雨に打たれる中、その事実だけを村人たちに突き付ける。


「ソイツぁ、生贄ジャケぇ! 殺さねばオイらが死ぬんじゃ!」


 さっきから口出しするのは子供を引っ張り出してきた薄汚い男だった。

 抜けた前歯をわざと見せるかのように口を広げて唾を飛ばすその男に、アフェクは顔面に向かって拳を振り抜けた。


「ぶべっ」


 男は社の敷地の端まで吹き飛ばされ、鼻血を流しながら大の字で倒れる。

 気持ちのいい右ストレートが決まった。


「それはお前たちが勝手に言ってるだけだ。子供を(あや)めたところで状況は変わらん」


 子供を担ぎ上げ、社へ行き、母親であろう女性に子供を渡す。

 母親は子供を抱きしめ、互いに怖かったと安堵の言葉を口にした。


「そんじゃ、ワシらはどうすりゃあええんじゃ。下には魔物がおるんじゃろ!」


 一人の老人が追い縋るように言い寄る。

 それを見向きもせず、アフェクは社の入り口から離れ、階段近くにいた僕の方へ歩み寄ってきた。


「アイン殿。さっきはすまなかった──」


 ツルツルの頭を下げ、謝罪を述べる。


「ヴァン殿が言った。カナリアが言った。その通りだ。わたしは、わたし自身を見失っていた」


(アフェクさん……)


「この場を何とかするのは、確かにわたしの務めだ。しかし、未だに勇気がない。下の魔物たちを見て、(みずか)らの無力さを思い知った」


 村人たちの不安気な視線を(かえり)みず、目の前の大男は頭を下げ続けた。


「こんな大の大人が、こんな小さな存在に頼らないといけない。(はた)から見れば、なんと情けない光景だと(わら)われるだろう。だが──」


 視線を上げて、僕を見つめた。

 強い意志を感じる目。しかしその奥にはまだ不安や恐れ、そして後悔が渦巻いていた。

 彼が続ける。


「貴殿に頼む。こんなわたしに”勇気”を、分けて貰えないだろうか」


 ヴァンの言葉を思いだす。

 

『さっき、おっさんの目を見た。何か抱えてんだろ、昨日みたいな覇気がまるでねぇ。それをどうにか出来ちまうのがお前の役割なんじゃねーのか!』


 カナリアの言葉を思いだす。


『ヴァンが言った通り、アインしかできないことがある。だから、行ってあげて』


 聞いていたのだ、アフェクは。僕にしかできないことを。僕にしかやれない魔法を。この男は二人を通じて知っている。

 だから、欲している。こうして頭を下げている。


「身勝手なのは分かっている。都合のいいことを述べているのは承知の上だ。だから──」


(そんなことを言うなよ、アフェクさん)


 神様なんかに頼られるより、こんな時でしか役に立てない僕なんかを必要としてくれている方が、よっぽどだ。

 僕は静かに頷いて、鎧兜の蓋を開けた。

 青み掛かった瞳に、白銀が映る──

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