エピソード33 助っ人
漆黒の刃がヴァンの背中を狙う。
狙われてる本人は目の前の魔物軍でそれどころではないし、カナリアはアフェクの肩を担いで魔法が放てる状況じゃない。
僕は一歩遅れる形だ。とてもじゃないが間に合いそうにない。
(もう一回、あの魔法を──)
頭の中でもう一度、あの時止めの詠唱を唱える。
しかし──
(ッ! なんだ、ちからが……)
詠唱の途中で、白銀の火の勢いが著しく小さくなっていく感じがした。
思った以上にマナを消費してしまったのだと直感する。体も思うように動かない。
このままではヴァンが……
ドゴっ!
「なにッ!」
刃が届く一歩手前で地面が盛り上がり、まるで壁のようにヴァンの背中を覆った。
(誰の魔法だ?)
岩壁によって刃を弾いたのはいいが、背中の異変でヴァンの気が逸れる。一瞬の隙。一瞬の致命。
「くそッ──」
蛇型の魔物がヴァンの足に食らい付く。斬り払うと今度は目の前に熊型の魔物が爪を大振りで振り下ろしてくる。
怒号の如く、熾烈に繰り出してくる魔物の攻撃。いくらヴァンが強くても、隙を見せてしまったら一巻の終わりである。
防御がまたしても間に合わない。
「我を差し置いてパーリィナイッとは。意外と隅に置けないな、ミスターヴァルヴァレーーッツ!」
死を覚悟したヴァンの空から聞き覚えのある声が降ると、熊の足元から針のような形をした巨岩が生えた。
熊だけでなく、辺りにいた魔物たちにも地面から押し上げる巨石に串刺しにされてゆく。
まさに盤上をひっくり返したような展開に、その場にいた誰もが目を疑う。
「こんなウザってぇ声、一人しかいねぇだろ……」
「ふん、素直に感謝の言葉を捧げたらどうかな、ミスターヴァレーーーーッツ!」
「俺の名前はヴァン・リール・ヴァルヴァレットだ! 変なあだ名つけんな!」
「細かいことは良しとしようではないか! 我とキミの仲だろう?」
はっはっは。と笑う声はするものの。いや、辺りに反響して聴こえてくるものの、一向に姿を現さない。
「……」
漆黒の鎧も登場を待っている始末だ。
「……早く出てこいよ」
「あ、待ってるの? ちょっと待ってここ意外と高くて……あーーっ!」
脇道の茂みの中にある一本の木から滑り落ちる音がしてから、茂みの中からようやくやっと現れたのはアラジンのような風貌の残念系イケメン、ジンことクリフトリーフ・ジン・アークライトの姿だった。
もうすでにボロボロなのだが、大丈夫なのだろうか。
「いてて、せっかくカッコよく登場しようと思ってたのだがなぁ……」
・ ・ ・ 。
「あ、我輩参上!」
今更カッコよくポーズしても無理があるだろ!
「彼は、その、何者なんだ?」
「あはは、彼ちょっとアレな子でして」
遠くで眺めていたカナリアとアフェクが苦笑いを浮かべた。
誰もがツッコミたくなる気持ちを押し殺して、状況が無情にも再開する。
針付にされた魔物の後ろから他の魔物が押し寄せていたのだ。
「ッつ──」
ヴァンの反応がやや遅れた。足を気にしている様子からするに、蛇型の魔物の毒牙が効いてしまっているのだろう。
しかし、その隙を魔物たちは逃さない。津波のように押し寄せてきた。
またも窮地に立たされるヴァンだが、ジンが群れに向かって手のひらを翳した。その構えは生前で言うところの中国拳法のような無駄のない美しいポーズだった。
「黄の美、ティファレトよ──」
詠唱が紡がれると思いきや、その途中で魔法が発動した。
地面が大きく横に割れ、一番手前の魔物たちが足を掬われる。
次にジンがまるで手刀のような手のひらを真上に向け、指だけを上に挙げる素振りを見せた。
すると今度は割れた隙間から土の巨壁が飛び出す。
多くの魔物が巨壁にぶつかり、行手を阻まれた。
「あれは──」
「……詠唱省略」
カナリアとヴァンが驚愕する。
それはミラだけが扱えるものだと思っての驚きだった。
魔法は必ずと言っても過言ではない程、詠唱が付き纏う。
体内にあるマナを魔法として昇華させるために必要な過程。己のセフィラに問い掛け、無意識の領域から理を引っ張り出して現実に影響を及ぼさせる術。それが魔法だ。
その詠唱を省略となると、かなりの実力が必要になってくる。
ジンはそれを難なく、目の前で実現させた。それもカナリアに負けず劣らずの威力である。
「厄介な駒が増えた」
漆黒の鎧が舌打ちをする。
これはいい流れだ。このまま押し切れば、魔物軍を撃退することも──
「そこのマスコット!」
ジンが叫ぶ。
呼んだ相手は……僕か?
(なんだよマスコットって!)
「ここは我とヴァンが引き受ける。そこの司祭を連れて村人たちのところへ行くがいい」
それは事実上、戦力外通告ってことなのだろうか。
確かにさっきはマナが少なくて上手く魔法が使えなかったが、わざわざ戦力を減らす必要性はないはずだ。アフェクにはカナリアも付いているし。
僕が首を横に振って拒否の意を伝えると、ジンはいつもとは違う真剣な表情で「いけ」と言い放った。
「村にはもう他の魔物が彷徨いている。ここだけを死守しても何も変わらん」
(何だって!?)
「……それは本当か?」
巨壁をよじ登ってくる魔物や空から空襲を仕掛けてくる魔物を斬り伏せつつ、ヴァンが事の真実を問い詰めた。
「魔物はいくつかの隊に分かれていた。おそらく、今朝の段階で包囲されていた。入り口を派手に叩けば兵士が集まり、城が手薄になるところを全方面から攻め落とす算段のようだ」
「昨日調べてたって、そういう事かよ」
全部、敵の策略というわけであった。
漆黒の鎧が静かに微笑むような気がした。
「やはりキサマは脅威になりうる」
そう言って、鎧は刃をジンに向けた。
「シッ──」
それをヴァンが剣で素早く弾く。
「アイン! 聞いてたろ、今はカナリアと村に行け!」
剣先を鎧に向けて対峙するヴァン。
その背中にジンが魔法で魔物を迎撃する。
まさにあの二人がいれば、この場は凌げるかもしれないが……
それでも判断に悩ませるのは、目の前の鎧である。
彼女から目が離せないのだ。きっと、僕の中にある何かがそうさせていた。
ヴァンは鎧と剣で捌き合いながらも、僕に語りかける。
「さっき、おっさんの目を見た。何か抱えてんだろ、昨日みたいな覇気がまるでねぇ。それをどうにか出来ちまうのがお前の役割なんじゃねーのか!」
後ろを振り返り、少し先にいるアフェクと目が合う。ヴァンの言う通り、信念のあった目が輝きを失いかけていた。
カナリアはもう先に行きたそうにしているのだが、アフェクの目があの漆黒の鎧を映していたのは明白だった。
確かに、僕の幻想なら何とかなるかもしれない──
「テメェを信じてやるって言ってんだよ」
それは、彼なりの励ましだった。
「あのクソ親父を変えちまったって聞いた。レナって子の命を救っちまった。お前の力、俺はそれなりに信じてんだよ」
乱暴で、偉そうなヴァンの言葉が、僕の背中を押す。
「さっさと行って、んで戻ってこい。そん時になったら、俺の背中、アイン、お前に預けるからよ──」
「いつまでも余裕を見せつける!」
漆黒の鎧の猛攻撃。目に見えない程の連撃を、今度は真下から生える土柱によって阻まれる。ジンの魔法によるサポートだ。
「それまではコイツに頼る。はっきり言って調子狂うから早く行ってこい」
(わかった)
ヴァンの最高に自信溢れる不敵な笑みに、僕は決心した。
猫の姿で、背を向いて、カナリアの元へ駆け出す。もう振り向きもしてやるもんか。
この時初めて、ヴァンから信頼されていることに嬉しく思う自分がいることに気づいた。
そう。不思議と彼に何か言われると心が動くのだ。その正体はわからないが、今はこの勢いのまま、心に従おうと思った。
「っは。やっと行きやがった」
「随分と我のことを言っていたが?」
「事実だろ。蛇に噛まれたこと、許してねぇからな?」
「メンゴメンゴ〜〜」
「……」
「無言やめて? 怖いからやめて? そのかわりしっかりと仕事はさせてもらうから」
軍勢にはジンが、漆黒の鎧にはヴァンが。
熾烈で苛烈な戦いが繰り広げられていた。




