エピソード30 守るべきもの
早朝。村で一夜を過ごした僕たちは隊に組み込むことになった。
曰く、夜通し村人も含めた捜索隊によって魔物集団の正確な位置を把握したとのことで、日の出ている間にこれらを掃討するという。
隊は二手に分かれ、七割は掃討に、残りは村人たちと共に村の護衛に回るとなっている。
もうすでにアドニスを含めた計八百もの兵が魔物討伐へと赴いていた。
そして僕らは村の護衛側に。てっきり前線に参加するのだと思っていたのだが、さすがに学園生徒の身分の者たちを前線に連れて行くわけにはいかないとのことであった。
それでも僕らの役割は決まっている。万が一、魔物の残党が攻め入っても対処できるように準備は怠らない。
「うう、緊張する」
「姉さんは後ろで援護していればいい。それだけでも役に立つはずだ。きっと、おそらく、たぶん」
「ちょっと、最後のは余計でしょ!」
村と森の境目にある柵を補強しながらも、いつもの姉弟喧嘩をする二人。
二人とも腰に剣を携えており、いつでも戦闘態勢に入れる状態で、正直心強い。
しかし、昨日のアドニスとの会話が気になるのだろう。特にヴァンの様子が気になる。
口では落ち着きを見せているが、内心焦っている様にも見える。
「それでも我らは留守番であろう。胸の鼓動がズッキュンドッキュンと焦る気持ちはあれど、不安になる必要などあるだろうか、いやない!」
その後ろからクリフトリーフが颯爽と現れた。謎の反語。
動きやすさを重視された白い衣服を纏うのだが、なんせ肌の露出が多い。イメージとして例えるならアラビアンナイト。”アラジン”と言った方がわかりやすいだろうか。
褐色肌に黒髪と淡麗な顔立ちが衣装ピッタリなのだが、場違いな感じが凄く否めない。
「お前、それで戦うのか?」
ヴァンの訝しげな質問に、クリフトリーフが胸を張った。
「これは我が東大陸国が誇る戦装束。鎧に身を覆って縮こまるよりも、我が身ひとつで潔く前線に立つのが流儀よ」
キラリとポーズを決める。ちょっと言ってることがカッコいいのがムカつくのだが。
しかし、言っている割には剣も盾も杖もない。携えてるものが何もない彼は一体どう戦うのだろうか。
「クリフトリーフさん、昨日はどこに行ってたの?」
すると、カナリアがふと思い出したかのように彼に問う。
「ジンでよい」
「えっ」
「共に戦うのだ。戦友として我の愛称呼びを許す」
この時のクリフトリーフ、いや、”ジン”の表情は真面目だった。
戦う。そう僕らが居る場所は、万が一とはいえ、魔物との戦場になり得るのだ。
以前のノスタルジア王国での戦いを思い返す。獣の姿をした殺意の塊。その大群。アレらがここを襲ってきたら……
多少緩んだ空気が、再び引き締めた雰囲気を感じ取って、ジンは続けた。
「先日は我も色々と調査をしていたところだ。んまぁ、貴様らには関係のないことなのだがな! ふぅーっはっはっはっは!」
んまぁ、からの下りからいつものウザッたい彼に戻っていた。
自分も配置に着かねばと、ジンは二人を背にして歩み去ろうとする。
「ヴァン、カナリア──」
そこで一度立ち止まり、振り向きもせずにジンが二人を呼ぶ。
割と初めて名前を呼んだのではないだろうか。そんな珍しい彼の言動に気付く間もなく、
「魔物は、ここに襲ってくるぞ」
そう告げて去って行ってしまった。
「……アイツがいると調子が狂うな」
「同感」
二人の意見が合うのも珍しいことなのだが、結果的にはカナリアの緊張も解れた様子。
こうして、準備の方は着々と済ませていった。
◆◇◆◇
教えの為に放浪するアフェクには、己に一つの決まり事を課していた。
それは他人と必要以上に仲を深めないこと。
側から見れば当然である。彼は放浪する身。一つの場所に留まれないのであれば、親しい仲を作る必要性は皆無。
しかし、心の中では気づいていた。
昨日、カナリアに話した過去の過ち。それがいかに己を苦しめているということを──
「わかっては、いたつもりだったのだがな……」
兵士たちに混ざって防衛用に柵を補強する作業を手伝いながら、独り呟く。
魔物討伐部隊が村を出て行ってから、もう数時間は経つ。完全に日は上り、雲はあれど疎らの快晴である。
場所は魔物集団から一番近い街道入り口。魔物が来るとしたら、ここが一番可能性として高い。
「アフェクの旦那、追加の材料持ってきたべよ!」
「お前たち──」
遠くから若者の集団がアフェクに手を振って近寄る。共に村の周辺を回っていた者たちばかりだった。
補強に必要な材料をわざわざ運んできてくれたのだ。
「ありがとう、でもここは危険だ。皆と社に戻りなさい」
「ここはオラたちの村だァ。オラたちが自分らで守んねぇでどうすっぺ!」
その言葉に、アフェクは素直に喜んだ。
村が大変なことになっている時に身勝手な考えだと自分を戒めるが、それでも思わずにはいられなかった。
自分は機会を得たのではないかと。もっとも恐れていたことから逃げずに向き合う機会を。
「おい、ここは危ないからとっとと──」
その様子を横目に見ていた他の兵士が代わりに村人たちを追い返そうと近寄ってきた。
それをアフェクが手で制する。ここは任せてほしい、と。
「お前たちの気持ちは充分に理解した。しかし、お前たちの守るべき場所はここじゃない」
静かに首を振る。
「なんでぇさ! ここはオラたちの村っぺ!」
食い下がる青年に、アフェクは優しく語り掛けた。
「村は人が居て初めて成り立つ。国とて同じだ。そしてお前たち若人は、他に護らねばならぬものがあるだろう?」
言わずも理解する。それは女子供や自分を育ててくれた親。隣人たちであることを。
「場所を守るのも大事だ。だがそれはここの兵士たちがやる。彼らはそれが仕事なのだ」
語りかける言葉に、作業していた兵士たちも手を止めて聞き耳を立てる。
アフェクは続けた。
「万が一が起きれば、命を落とすこともある。最悪、この村にいる全員の命が奪われる可能性だってある。しかし、お前たちがいれば村はいずれ立て直せる」
アフェクが青年の肩に手を載せる。
まるで過去の自分を言い聞かせるように、言葉に力が籠っていた。
「その先は苦難だろう。世の中はそんな都合のよいことばかりではない。だが、その試練ですらお前たちなら乗り越えられる。愛する者を、子供を、親を、隣人を大切にするお前たちを、わたしは知っている」
青年の心に響いたのか、目の端に涙を溜めていた。
「オラ、旦那に頼りっきりだァ……んな体たらくで、神様は許してくれるんかや……?」
最後にアフェクが青年を抱き寄せ、背中を叩く。
「わたしが信仰している神は、あらゆる物事を許します。お前たちがこれから行うことも、きっと未来あるものだと笑って許しましょう」
その姿はまさに司祭。
体を離すと、青年は潤んだ涙を拭って一礼し、仲間たちと村の中の方へ駆けて行った。
青年の背中を見送ったアフェクが振り返って作業に戻ろうとしたところで、一人の兵士が肩を組んできた。
「アンタ、やるねぇ!」
「正直、宗教のお偉いさんは偉そうに説法かますから苦手だったんだけどよ」
「気に入ったぜ、ダ・ン・ナ!」
「わ、わたしは特に何も……」
次々と兵士たちから称賛の声があがる。
他の地ではあり得なかった、他者との関わり。その輪が広がっていくのをアフェクは身に染みていた。
「さぁ、仕事の続きだ続き。さっさと終わらせて村人たちを安心させ──」
やや遠くから再開を促す声があがったのだが、その声が途中で消え失せた。
「?」
不審に思って、一同が声のあった方へ視線を向ける。
そこには、首より上が消えていた一人の兵士だったものが立っており、
ドシャ──
血を撒き散らしながら倒れたのだ。




