エピソード29 アフェク
窓からでも見えていたが、外は暗闇に包まれていた。
あるのはいくつかの松明の明かりのみ。それも、おそらく普段以上に少ない。
「うう、暗くて見えない……」
歩いているうちに不安になったのか、迷子にならないよう僕を抱える手がキュッと強くなる。
こうしてみると、カナリアも一人の女の子なんだなって思う。普段がアレだが。
それにしても暗い。鬱蒼とした山々に囲まれているせいか、木々のせいで夜空が狭い。
闇雲に歩いては、さいあく遭難でもしてしまいそうになるのではないだろうか。
村と言っても、一つ一つの家の間隔が広すぎる。村長の家の周辺には、畑や栽培している木々で埋め尽くしており、ここの地理に詳しくない人なら昼間でも彷徨ってしまいそうだ。
「そこの御方よ。こんなところで何をしている」
「〜〜っ!!」
そんな時、林の茂みから声をかけられた。
カナリアの肩が飛び上がる。だがさすがは騎士。声まではあげなかった。
声の方を恐る恐る振り返ると、そこには一つの松明を持った男が茂みの中にいた。
「あなたは確か、軍神殿の……」
茂みから現れたのは、夕刻に見たつるっ禿げの信徒、アフェクだった。
後ろから数人の男の村人たちも現れ、場はいきなり小集団になった。
「あの、カナリアと申します。軍人じゃないのですが、ここにはちょっと事情があって……」
人が現れて安堵したのか、カナリアはホッと一息着いてから名乗った。
「……軍人とかどうとか、んなの知らねぇべ」
「んだんだ。オイ達がどんな思いで今まで過ごしてきたと思っちょるんだ」
「軍も何考えちょるんだか。んな子供も連れてきよってかんに」
しかし安堵するのも束の間、数人の村人たちの怪しげな視線に晒された。
やはり遅れてきた分、風当たりが相当キツイ。居づらくなったのか、カナリアが俯いてしまう。
ここはひとまず僕が威嚇して事なきを得るようと試みようとしたところで、アフェクが村人の前に立って制した。
「この娘はわたしが案内しよう。皆は別ルートの巡回を。くれぐれも先走って行動を移らぬよう心掛けてほしい」
そう言うと、村人たちが戸惑いつつも口を噤む。
松明一つで村中を徘徊していたのだろうか。アフェクは松明を一人の男に渡し、村人たちはそれぞれ向かうところへ去っていった。
「この村の中ならわたしでも明かりなしで道案内はできる。こっちだ」
アフェクはそう言うと、カナリアを連れて暗闇の中を歩きだした。
アフェクの背中は大きく、羽織っていたローブが結構目立つおかげで夜目でもはっきり見えていた。
「あの、私、ヴァンを探してここに来ちゃって」
「その者とは面識がない故、これから向かう先に居るという保証はない。許されよ」
淡々と畏まって答える素振りは、おそらくこの場所の緊張感によるものだと推測する。だが、厳つい顔のおっさんが抑揚もなしに話されると夜道よりも怖く感じる。
きっと頭の固さで言えばシエルと良い勝負なんだろうな、と失礼ながら思ってしまった。ツルッツルだし。
「……聞いても良いだろうか」
「え、ああ、はい」
しばらくの沈黙の後、アフェクから声を掛けられ、反射的にカナリアは了承した。
「そこの鎧兜は、魔法生物で?」
「あ、はい、そうです。私の大切な……」
そこでカナリアは言い淀む。ウンウンと唸ったのちに、
「ペット?」
とか言い出した。
いやいや待てい。誰がペットじゃい。
たしかに人ではないが、せめて仲間と言って欲しい。
「あはは、ごめんごめん」
僕がポムポムと手でカナリアの腕を叩いて抗議すると、伝わったのか彼女は少し困った笑みを浮かべて謝罪した。
「訂正します。アインは、私の大切な魔法生物です」
……まぁ、それでいいですけど。
僕たちのやりとりを、後目で見ていたアフェクがふっと笑みをこぼす。
「わたしも、魔法生物には大いに助けられている。この窮地だってそうだ」
魔法生物自体はありふれたものだ。この田舎村でも、畑を耕すだけの魔法生物がいてもおかしくない。
でもこの窮地っていうのは何なんだろう。遠くのものを見渡せるやつとか、魔物感知に特化したやつだろうか。
多様性に溢れているのが、魔法生物の数ある魅力の一つである。
アフェクの声色が一段明るくなったところを見るに、彼もそれなりに魔法生物に対して尊敬しているのだろう。
うむ、よい心掛けじゃ。
「はえー、どんな魔法生物ですか?」
「あなた方のように、意思疎通のできる魔法生物でな。こっそりと私に助言をしてくれる」
アフェクの言葉に、僕は驚愕した。
魔法生物はありふれたものだが、意思疎通の測れるものは極めて珍しいと聞く。
それは初めての授業で教わった重要項目。魔女か聖職者にしか生まれない明確な意志を持っている魔法生物ーー
「それって魂・魔法生物ですか?」
カナリアの質問に、今度はアフェクが唸る。
「……分からない。突然現れて、不意に消える。まるで朽ち草の光のような奴だ」
朽ち草の意味がイマイチ分からないが、おそらくホタルの光みたいなものだろうか。
「あなた方のように仲のいい魔法生物を見るのは初めてだ。羨ましい限りだな」
そう微笑むアフェクに、カナリアは「テヘヘ」と頬を掻いて笑みを浮かべた。
「私、アフェク、さんの魔法生物と仲良くできるかなぁ?」
さんを付ける前にちょっと言い淀んだのは、ただ単に初対面の相手の名前を呼ぶことに戸惑いを感じたのだろう。
それを察してか、アフェクは「アフェクでいい」と答え、カナリアも「あ、じゃあ私のこともカナリアって呼んでください」と返す。
これがコミュ力限界突破のカナリアですよ。ほんと、誰とでも打ち解けられるスキルは生前でも今でも欲しいぐらいだ。
「さっきのことだがーーというか、細かい指摘になるんだが……わたしの魔法生物ではないよ」
「え、でも魔法生物は誰かの所有物になるんじゃ……いったい誰の──」
「彼女は何にも縛られていない。ただこの村にいる、守り神みたいなものだとわたしは思っている」
守り神。
そう言ったアフェクの表情は、どこか遠くを見つめており、少し寂しげだった。
ってか、彼女ってもしかして女の子なのか。ちょっと期待しちゃう自分がいる。
「……アフェクって、自分の信じてる神様を布教するためにここに来たんじゃないの? そんなポンポンと神様って例えちゃって大丈夫なの?」
少し不安そうな顔をしてカナリアが聞く。
そういえば、村の入り口でもアフェクはそんなことを言っていた気がする。
王都でも感じていたが、この世界はかなりの数の宗教が出回っており、みんな信仰深い。
他の神様の話をしてしまったら、異教徒扱いでもされてしまうのだろうか。カナリアの反応を見ているとそう思えて仕方がない。
「だっはっはっは!」
すると突然アフェクが声高々に笑い出した。
「わたしが信仰している神様は、そんなことで怒りはしない。グラッド教は我々が誇る、”許容の神”なのだから」
”許容の神”。
つまり何でも許しちゃうってことだろうか。
それはそれでどうなんだろう。悪い方向に使われないか不安になる。
しかし、堂々とした態度で言い放った後で、アフェクの表情に陰りを見せた。
「カナリアは何の信徒なんだ?」
話題を逸らすかのように、突然、アフェクが問う。思わず親指を立てそうになった。
密かに僕も気になっていたのだ。カナリアとヴァンは何の宗教に属しているのだろうと。
以前、クリスの授業で宗教のことを聞いていた。
心に信仰心を持たなければ魔物に堕ちるということの他に、属する神からの加護が宿ると言われているらしい。
例えば、炎天教に属した場合、炎系の魔法に加護が宿り、様々な祝福の恩恵を授けるとか何とか。
正直、僕からしたら迷信に過ぎないのだが、この世界の理はまだ分からないことだらけだ。下手に迷信と括ってしまうと危険かもしれない。
ところで太陽神とか無いのだろうか。太陽の見えるところでポーズしたい。太陽万歳!
「私は一応、王冠教に。お国柄、そこしかなくて」
ノスタルジア国の風景を思い出す。ここみたいに鬱蒼とした森は魔女の家周辺しかないぐらい広々とした田舎国家だ。
ケテル、というと白のセフィラに何ら関わりのある宗教なのだろうか。
アフェクはそれを聞いて、しばらくカナリアを見つめて答える。
「ほう。黒の持ち主なのに分け隔てなく入信できるのだな。素晴らしい」
「え、分かるの?」
カナリアのセフィラを見事言い当てたアフェクの目は、少し青い光を宿していた。
「わたしの数少ない魔法の一つだ」
それは青の魔法だった。
本人曰く、この技は青のセフィラの持ち主なら基礎中の基礎らしい。
『ライブラ』。対象の情報を見ることができるという。
青は精神に関する魔法だとクリスから教わったのだが、要は使いようとのこと。
そうこう話しているうちに、目的地に着いたのか、アフェクの足が止まる。
一際大きな家、というより生前に見た神社のような建物であった。
鳥居などはなかったが、アフェクが言うにはこの村には、村人全員が崇めている神様がいるという。
「ここなら加護も付いている。他の兵士や村人が交代で休む場所として指定されてある。カナリアの弟君もおそらくここにいるだろう」
戸を開けようとしたところで、バンっと勢いよく開いた。
そこには誰かが慌ただしい様子で外に飛び出そうとしており、アフェクとぶつかりそうになる。
「おっと、悪りぃ」
「あ、ヴァン!」
耳にしたことがある声に、アフェクの巨体の後ろから横へヒョイと顔を覗かせたカナリアが声を上げる。
思わぬところで再会を果たし、二人は大きな溜息をついた。
「……はぁー、この馬鹿姉、今までどこに」
「それはこっちのセリフよ、馬鹿ヴァン。勝手に出て行っちゃうんだから」
ヴァンの様子から察するに、カナリアを心配して外に出ようとしていたのだろう。
カナリアも先に出て行ってしまったヴァンを探す為に、夜道を彷徨っていた。
互いの為とはいえ、心配を掛けたのだから怒るのは当然なのだが……
アフェクの巨体を挟んで、いつもの姉弟喧嘩が始まる。
板挟みになったアフェクは眉をハの字にして、とりあえず真正面にいるヴァンを見つめた。
「……あなたがカナリアの弟君で?」
「ん? ああ、そうか。姉が世話になりました。こちらからもよく言って聞かせますので」
「なんでアンタが保護者ヅラしてんの」
カナリアの小突くような悪態を無視してアフェクは青い瞳をヴァンに向けて続けた。
「何色にも染まらぬ揺めきだけが見える。ヴァンと申したか」
「お、おう。何でしょうか」
慣れぬ敬語が浮きまくっている。それほどアフェクに威圧感があったのだ。
「わたしにはこれから起こることは分からない。だが、おそらく凶事だ」
そう言うと、アフェクはヴァンから目を離し、今度はカナリアへと向けられた。
「わたしの役目は終えた。これから村人たちと合流する。しっかりと休まれよ」
その言葉には先程のヴァンにかけた言葉より打って変わって、優しい慈悲に満ちた声だった。
さながら、充実した時間に感謝する、と言ったところだろう。
アフェクはそのまま建物を背にして立ち去ろうとした時、カナリアが声をかける。
「アフェク!」
巨体の主が振り返る。
「なんでグラッド教を広めようと思ったの」
それは何気ない質問だった。
だがカナリアは気付いていたのだろう。アフェクが語る神様の話の後に、重苦しい雰囲気が漂ったことを。
「カナリア」
アフェクのカナリアに向ける瞳は変わらず慈愛に満ちていた。
まるで我が子を見つめるような、そんな遠い目をして、
「わたしの愛する妻と娘を、失ったからだ」
そう告げた。
そしてすぐにカナリアからも背を向けて、後ろ向きに大きく手を振りながら「ただそれだけだ」と言って、去ってゆくのだった。




