エピソード28 少佐
「妙だと思わんか」
村長の家は、村の中心にある木造建築。造りは古いが、間取りが広い。本陣として抜擢されるには充分だった。
大広間の部屋にて、兵士たちが地図を広げて中継役を担う。村全体の状況を逐一、把握してゆく。
そんな村長の家にお邪魔して早々、アドニスが大広間の奥にある別室を案内。テーブルを囲んでみんなを座らせたのだ。意外なことに、あのクリフトリーフも大人しくイスに腰かけている。
外はもう夜となっていた。
「たしかに変だな」
彼女の疑問に、ヴァンが頷く。
「どういうこと?」
案の定、カナリアが首を傾げた。それもそう。なんの脈絡もなく『妙だ』と言われても、『何が?』という話だ。
彼が順序立てて説明する。
「そもそもの話、軍が出向くのが遅すぎる。いくら編成の時間が必要だからといって、報告があってから一週間も悠長にしていられるわけがない」
「あー……いわれてみれば、そうかも?」
カナリアの薄い反応はさておき、ヴァンの言うとおりである。
気軽におしゃべりはしたものの、行軍中の緊張感から察するに、村が悲惨な状況に陥っていても不思議はなかった。
しかし、フタを開けてみれば村人は全員無事。村人全員が屈強な男たちで揃っていたならまだしも、女も子供も老人も多かった印象だ。
「リール・ヴァルヴァレットの考えは正しい。私も肩書きとはいえ『少佐』の身だ。ここの兵士たちなら、その日のうちに用意はできた」
「なら、どうしてすぐに出発しなかったのですか?」
カナリアの素朴な疑問。こういう目上のヒトにも何気なく話しかけられる長所が輝く。
「上の指示、としか言いようがないな」
そう言いながらアドニスはタバコに火を点ける。
「そんな……じゃあ、村が襲われてもいいってことなんですか!」
納得のいかない返答に、彼女がテーブルを叩いて体をのし上げた。怒るのも無理はない。
村長はああ言っていたが、村人たちからの視線は冷たいものであった。アフェクがいなければ、とうの昔に襲われている──そう訴えかける目をしていたのだ。
彼女は紫煙をたっぷりと吸いこみ、「落ち着け」と吐きながら宥める。
煙の臭いに顰めっ面をして、カナリアが渋々と引き下がった。
引き続き、彼女が切りだす。
「元々、軍部はさきの戦で大きく失墜した──」
以前、部屋に呼び出されたときを思い出す。
二体の悪魔。そして魔王の討伐。しかも魔王に関しては偽りの栄光だった。
それでも戦ったのは事実。アドニスも、率いる兵士たちも、数多の戦場を駆け抜けて、今がある。
「多くの犠牲を払ったのにも関わらず、我々は目的を果たせなかった。平穏にはなったものの、『魔王は倒されていない』と"上"が判断したからだ」
一般人に知られてはいけない真実。
否、真実かどうかはまだわからない。だが上層部の判断によって、彼女らの功績は称えるに至らないものになってしまった。
「それで王政側から責任の追求が始まり、有能な指揮官が次々と軍部から追い出された……今では王政にとって都合のいい道具という状況が続いている」
彼女にとっても辛酸をなめる出来事だったのだろう。テーブルを見つめる目に、沸々と怒りが満ちていた。
「上の指示というのも、王政側の仕業ってことか」
「そうだ」
ヴァンが簡単にまとめると、彼女は怒りを鞘に収めるよう、目を閉じて頷いた。
王政──ミラが不在の理由。
一部の有力貴族や王族でしか立ち入りができない場所で、この国の決めごとを行う。そしてこれに他国の王族も参加ができるという、西大陸の大きな文化とも呼べるものだと、以前クリスの授業で習ったことがある。
しかし、この一件がミラと関わりがあるとするなら、彼女は──
「我輩も王政に顔をだす機会があったが、お前たちの皇女様は立派なものであったぞ」
今まで大人しくしていたクリフトリーフが突如、口をひらく。どこから持ってきたのかヤスリを片手にツメを整えている最中だった。
「お前たちが思ってるようなこと、彼女がするとは思えない」
僕たちの表情から読み取っていたのか、彼はそういってツメに息を吹いた。
アドニスから聞く王政はいいイメージを持てない。自然と不安になったのだが、杞憂のようだ。
カナリアは素直に「ありがとね」と礼を伝えるが、ヴァンは「ふん」と言われなくても分かっていると鼻を鳴らすのだった。
「不可解な点はまだある」
アドニスがひと通り軍部の身内話をし終えたところで切りだす。
まだ何かあるというのか、と周りから注目を集めた。
「魔物の動きだ」
「それってアフェクって人が何とかしたんじゃ……」
カナリアの疑問はごもっともで、あの後光が差すような頭の持ち主が、村人を率いて魔物を少しずつ討伐していったと耳にしている。
アドニスも同じ内容を聞いていたはずだが。
「ヤツの言っていたことに関しては事実だろう。だが、報告にあった魔物の相当数は、あんな小手先の戦法だと逆効果に等しいものだ」
魔物はマナを持った理性を持たぬ獣。
クリスの授業で習ったことだが、この世界に住む動物たちはマナに対する抗体が基本的に低いらしい。
しかし、人間との大きな違いが、マナに侵食された動物はこれまでの習性など顧みず人間を襲うという点だ。
レラの一件を思いだす。あとから聞かされた話では、マナ抗体を持たない人間はそのまま病死を辿るのがほとんどらしい。
だが動物はまるで違う。その身は死ぬことも朽ちることもなく、ただ人間に害を与えるだけの存在へと成りさがる。
詳しい仕組みは謎のまま。代わりに一般的な常識として知れ渡っている一説として、”信仰心”のないものが堕ちゆく果てだと考えられているらしい。
「魔物といってもヤツらは根底から獣だ。ニオイなどで村の居場所がバレれば、群れの応酬で一環の終いだ。しかし、それをしないどころか怪我人がひとりもいない……どうにもキナ臭い」
テーブルに両肘を立てて寄りかかり、口元を両手に持ってくる。
彼女の考えを聞いて、室内が沈黙に暮れた。みんな思っていることは大体一致している。この魔物討伐には裏を引いている者がいる、その影の存在がいることを──
「……要するに、頭のスミに入れておけってことだろ」
腕を組みながら聞いていたヴァンが一足先に立ちあがった。
もう要件は済んだだろ、と言わんばかりに何の許可もなく部屋をあとにする。
「ちょ、ちょっとヴァン! ごめんなさいアドニス少佐、ヴァンってばミラのことが心配で気が気じゃなくて、その……」
弟の代わりにカナリアが詫びるが、対する彼女は「気にするな」と非礼を許す。
「私も少し喋りすぎた──軍部の内情など、諸君らには関わりない話だというのに……」
組んだ両手に、今度は額を乗せて項垂れる。あのアドニスが珍しく弱音を吐いていた。
普段から完全無欠な態度を崩さない彼女。それなのに疲れきった表情が腕の隙間からみえた。
「そんな、ひとりで抱えこむような話じゃないですよ」
「貴様らと私では立場が違う。こんな弱音も兵士たちに聞かれれば嗤い者、上に知られれば根性がないと吐き捨てられて降級だな」
カナリアのフォローも虚しく、彼女が自嘲気味に笑う。
それもそうだろう。”少佐”という立場は、いわば中間管理職みたいなものだ。上の指示には責任持って従い、部下への気苦労だってあるだろう。
見えない疲れが侵食していた。いつもの彼女なら豪快に──いや、むしろ凶悪な笑みすら浮かべて跳ね除けるだろうに。
このままでは心が擦り減ってしまう。そんな気がしてならないほど、今の彼女はどこか危うい状態だったのだ。
「私も、ひとりで悩んでた頃がありました」
そんな姿を見兼ねてか、カナリアが優しく語りかけた。
「父のことで周りからの視線が普通じゃなくて、期待が重くて、時には怖くて、ずっと自由になりたいって思ってました。でも、そんな私を『バカだ』って叱ってくれた人がいました」
「……あの弟か?」
「いいえ、ミラです」
タバコの先に溜まった灰がポロっと崩れる。
「その頃のミラは、皇女様なのに口が悪くて、身勝手で……そんなことを言われたのが初めてで、ムカついて、めちゃくちゃケンカしました」
大切な思い出をそっと掬いあげるように、言葉を噛み締めて続けた。
「でもたしかに、私のなかで重たい何かが和らいだんです。そこからミラとは、かけがえのない親友となりました」
「……羨ましいな。私には、その友情が些か眩い」
耳の痛い話に聞こえたのだろう。彼女がまた自嘲気味に笑った。
「あっ、いえ、そんなつもりで言ったんじゃなくて、つまりですね──」
カナリアはイスから立ちあがり、急いで手を振って否定する素振りをしたのちに「コホン」とわざとらしく咳払い。なぜか仁王立ちになり、人差し指を立てる。まるで聞き分けのない子供に叱る母親のような素振りに、アドニスの目を引かせる。
「少佐にも、相談できる仲間がいるでしょって話です。しかも私よりもたくさん」
それは一緒に行軍した兵士たちのことを指していた。
「あの人たちはきっと待ってますよ、少佐が頼ってきてくれることを。そんなことが分からない少佐でもないでしょ?」
ここまでの短い間に、カナリアは色んな兵士たちと会話することを絶やさず行っていた。
本人は暇潰しだと思っているだろうが、思った以上の収穫を得ていたのだ。それが今この場で芽吹く。
告げられた言葉を直に耳にしたアドニス。一度、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になり、
「……クク、ははは」
笑った。
陰湿さも屈託さもない。晴れやかな笑い声が、堪えようとしても漏れでてくる。
「そうか、そうだったのか、クク……いやはや、これでは私の”独り相撲”だな」
「ご理解頂けて、なによりです」
彼女の反応をみてウケがよかったと分かるや否や、カナリアが「ふふんっ」と鼻を高くする。
そういうところが、相変わらずというか何というか……
「ああ、しっかりと肝に銘じておくよ。頼れる我が隊にな」
まるで白旗を掲げるかのように降参のポーズを取る。
手を下ろしながら呟く声が聞こえた。
「やはり親子だな……」
その表情からは、懐かしい思い出を愛でるような優しい瞳を宿していた。
「え、今なんて言ったのですか?」
「いやなに、君たちにも遠慮なく頼ろうと言ったまでだ」
「うぐ、お手柔らかにお願いします……」
「お前にも助けを乞う時がくるかもしれんな」
今度は僕に視線を向けて微笑んだ。
彼女に助けが必要なのかどうかは甚だ疑問だが、もしもその時がきたら、きっと助ける。
僕はおそらく、そのためにここにいるのだから。
「さて、そろそろ休むといい。付き合わせて悪かった、ありがとう」
アドニスは礼を言うと、早々に席を立って室外へ去っていった。部屋の外で待機してた兵士たちと何か話し合いながら、彼女の声が遠ざかってゆく。
辺りを見回すと、いつの間にかクリフトリーフはいなくなっており、僕とカナリアだけになっていた。
「……私たちもヴァンを探そっか」
静かになった空間で、カナリアが提案。僕も身振り手振りでその提案に賛成したのだった。
ここまでが改稿部分になります




