エピソード22 レラ
「やっと捕まえたぞ、テメェ」
「ぐぁ、は、はなせ……!」
大通りから外れ、姉弟とクリスは”闇市場”と呼ばれる場所まで来ていた。
闇市場とは、非合法な商売を生業とする者たちが集って行われるもので、この国では表向きには禁止されている奴隷の売買や盗品のオークションなどが飛び交っている。
そこでついにノーツ・オランド・シーデンを捕まえた。
正確には、質屋の亭主からの情報を得て、何の変哲もない一軒家にノーツが入っていくのを目撃。現れたところをヴァンが取り押さえたという流れなのだ。
場所が日影となっているせいもあるが、雲行きと相まって薄暗い。
「さぁ、返してちょうだい」
カナリアが彼の前に立ち、手を差し出して強請る。
「何のこと──」
「とぼけるなよ?」
ヴァンが組み伏した腕を、さらに締めあげた。
当然、苦悶の声。しかし、すぐに下卑た表情に変わる。
「あの鎧兜か。あれは俺が拾ったもんだ。だから俺のもんだ」
「────」
彼の態度に、さすがのカナリアも怒りを覚える。
この後に及んで何を、と文句のひとつでも投げようとした時、彼が声を荒げた。
「カネだ! あれは俺のモンだから返して欲しければカネをよこせ!」
なんという意地汚さ。
他人のモノを盗んでおいて吐くセリフがそれか。心の底から軽蔑の眼差しを向ける。クリスが助け舟にでた。
「まぁまぁ、そう焦らずにさー。ワケも聞かなきゃ意固地にもなるってー。それに管理が甘かったキミたちも悪いんだよ?」
彼女の持ち味である緊張感のない声色は、場違いさを発揮させていた。
「ねぇ、何でお金が必要なのかな?」
カナリアと交代。屈んで問いかける。
「……そんなことを聞いて何になる」
「わかんないよー? ちゃんとした理由があるなら、お金を渡してもいいかもーって」
そう言いながらクリスは手に銀貨をチラつかせる。
「先生!」とカナリアが止めに入ろうとする。こんなやつに渡す金などない、と。
それでも彼女はノーツに揺さぶりをかけた。
「──妹の……レラの治療に必要なんだ」
甘い誘惑に観念したのか、彼が力なく答える。
もはや逃げる気力も失ったのだろう。クリスはヴァンに目配せをして、解放させた。
「いくら必要なんだい?」
自由になったところで、彼はその場から動きもせず、ただただ悔しそうに項垂れるばかり。
「銀貨、五十枚だ」
「────」
提示された金額に、ヴァンが無言で彼の胸ぐらをつかんだ。
獅子が向ける目だ。さすがに彼もゾッとする。
「金貨同等の値段ふっかけられて、『はいそうですか』って言ってくれるとでも思ってるのか?」
「ヴァンくん、そこまでだよ」
クリスが先ほどまでの雰囲気とは打って変わって諌める。
「治療費”は”、そう言われたんだね。じゃあ薬の方は?」
ふたたびヴァンから解放されたノーツ。話はまだ終わってないと言わんばかりに問いかけ続ける。
全てお見通しか。彼がつぶやくように答えた。
「……銀貨二十枚の契約だ。銀貨一枚につき、一ヶ月分の薬を貰っている」
先ほどの『銀貨五十枚』から途端に良心的な数字となった。
一ヶ月もあれば、銀貨一枚は稼ごうと思えば稼げる。しかしそれは、庶民が懸命に働いてようやく手に入るぐらいの額である。
クリスの診断がはじまった。
「症状は? いつから?」
「熱が高い。調子が良くても微熱ぐらいが常で、とても出歩ける状態じゃない……生まれつき病弱だったが、ここ最近は特にひどい」
「薬はいつから?」
「去年の今頃から……」
「質問を変えるね。薬を買い始めてからどれぐらい経つ?」
「こ、今月で十三だったと思う」
「ひどくなった経緯は? それまでは大丈夫だったの?」
ここぞとばかりに畳みかける。
一度口を割ったのだ。ノーツは、一縷の望みをかけて受け答え。なされるがままである。
やがて、
「……はぁ、アンタ、騙されてるよ」
クリスが落胆の声をあげた。
彼が目をひん剥いて驚愕する。
「な、どうして!」
「べつに珍しい病じゃない。ごくありふれた症状だよ。おそらく、マナに対する抗体が極端に少ない体質で、マナによって体内が蝕まれている状態なんだ」
懇切丁寧に診断結果を口にする。
カナリアが質問した。
「先生、それでどうして熱が出たり体調が悪化するのですか?」
「専門知識をひけらかす趣味はないけれど、生徒の質問には答えねばねー」
コホンと軽く咳払いをして人差し指を立てる。
「呼吸で大気中のマナを吸い込んだ際、肺から血液に乗って心臓へ至る。セフィラを持つ人間は、その段階でマナを『良性魔素』に変換して全身に巡らせるんだ。これによって魔法を使うことができる」
「『セフィラを持ってる人間』ってことは、持ってない人は──」
カナリアがそう言いながらヴァンに視線を向けた。
向けられた本人はできるだけ平然を装って、首を小さく横にふる。
「持ってない人でも、体内に入れば”抗体”でマナを除去することができるよ」
すかさず補足が入る。
要するに、マナを必要としない人間にとっては”バイ菌”のような扱いなのだ。
「それじゃあ、この人の妹って……」
「そう。元々病弱ってのもあるんだろうけど、マナは本当にありふれたものだから、普通の人でも一度に大量のマナを取り込めば体内を蝕む毒になる」
マナが高密度の場所は、普通の人間では立ち入りできない。事実、この世界には多くの未開拓の領域があり、その多くの理由がマナにあった。
『マナが多い場所には気をつけろ』ヴァンやカナリアも昔にそう教わってはいたが、具体的な仕組みについては何も聞かされてなかった。
そういうものだと納得して、そこで終わっていたからだ。
「それでも──」
彼女は尚も続けた。
「『マナ免疫不全』の人間でも、長くて一ヶ月、マナが極力少ない場所で安静にしていれば元通りになるはず。聞けば先天性でもなさそうだし、十三ヶ月間も薬を服用して治らないなんて。正直言って、その薬が怪しすぎるね」
「でも、あれでレラの症状が良くなった!」
彼の反論に、やれやれと肩を竦める。
「いいかい? 薬というのは一時的なものであって、たとえ国に認められたものであっても場合によっては毒にもなるんだよ」
「っ……じゃあ俺が今まで買った薬は……」
彼が懐から取りだしたのは、小包み。
つい先ほど入手したのだろう。大事に持っていたそれを、クリスが取り上げて中身を確認。指先ほどしかない小瓶がジャラジャラと音を鳴らせていた。
「──うん、やっぱり。『粒子置換薬』だね」
「りゅうし、ちかん?」
「魔法使いがよく使用する薬さ。体内のマナを一時的に良性魔素に変換させるための”粒子置換薬”ってのがある。これは魔素切れを早く回復させる目的で作られてるもので──まぁ、簡単に言ってしまえば『魔素回復薬』の原液って感じのモノだね」
「マナポーション……」
カナリアが親しみのあるワードの登場に少し驚いた。鉄の竜との対戦。空中に羽ばたいた時に飲んだ小瓶の中身が、まさにそれである。
彼女の追憶も他所にして、クリスの解説がつづく。
「今なら安価でどこにでも売ってる。銅貨十枚ほどで大きい瓶がまるまる買えるほどにね。でもこれは原液。マナポーションより粗悪品だよ」
「それがどうして薬になるんだ? セフィラは無いって言ってたと思うが」
次に質問をしたのはヴァン。
「”粒子置換薬”はセフィラの持っていない人にも有効なんだよ。長く留まれば毒になるマナを一時的に良性魔素へ”置換”させる。それだけでも体は楽になるはずだよ」
「だったら!」
今度はノーツが声をあげる。どうして妹は苦しんでいるのかと。
「何度も言うけど、一時的なものだよ。魔法使いなら良性魔素に”置き換えたマナ”を使って魔法を使えば、マナは消費されて体内に残らない。時間が経てばまたマナに戻って体を蝕んでゆくだけ」
「そんな……」
そこでようやく理解する。彼がその場で崩れるように蹲った。
「ポーションがある程度発展した今、粒子置換薬は売り物ですらならない。良くて銅貨二枚ほど。銀貨一枚にしては高すぎる買い物だね」
「うわぁぁあああああ!」
突きつけられた真実に耐えきれなくなったのか、地面に向かって憤りをぶつける。
これまでやってきたことは無駄であったどころか、苦しみを長引かせてしまったことへの罪悪感。盗みまでして手に入れた金が、都合のいいように搾取されていた事実。それも長期に渡って。
悲痛な叫びと共に、怪しくなっていた雲からとうとう雨も降りだした。
姉弟そろって、クリスを尊敬と畏怖の混じった感情を向ける。
ミラから聞いていた。これが『不死を与える灰色』の称号を得た者の知識。患者もいないところで、数度の問答で原因を暴き、あまつさえ対処法や薬学・マナに関する仕組みも熟知している。そして知識への探求は天井知らずとまで言われているらしい。
この小さな少女に、一体どこにそんな熱意があるというのだ。
彼女が雨を気にしながら結論を述べる。
「だからそんなヤブ医者に渡すお金なんてキミには必要ないよ。雨も降ってきたし、さっさと例の鎧兜を──」
そう言いかけて、止まった。
長話をしていて気付かなかった。
「っ……おい!」
彼女の様子をみて、ヴァンも気付く。またも彼の胸ぐらを掴んで体を起こさせる。
「お前の家はどこだ! 鎧もそこにあんのか!」
「え、あ、ああ……大通りから南方に向かう裏路地に──」
「先生!?」
場所を聞きた途端、クリスが駆けだした。
カナリアが戸惑いを隠せずにいると、ヴァンが手を引き、天才少女の背中を追い始める。
「くそッ……最悪だ!」
「ど、どうしたの急に!」
「聞いてたろ! アインはそもそも何でできてんだよ!」
「──!」
そこでカナリアも気付く。
白銀の火を頭に据える鎧兜──アインはマナを吸って吐いて生きる魔法生物。毒の塊が免疫のない患者と一緒になれば、事態は最悪に向かう。
「あのちんちく兜、とことん迷惑かけやがって!」
ヴァンの愚痴は、次第に強くなる雨音で掻き消されていった。
◆
誰しもが”生”を実感して生きているわけではない。
退屈な日常。これからも今日と同じような日々が繰り返される。
僕の場合は、どこにでもありふれた学校生活がそれだった。
周りに合わせて笑みを作り、他愛ない話題で花を咲かせる。
本音を押し殺す毎日。一体どうやって”生”を感じろというんだ。
別段、何かがあった、なんてこともない。
いいや、逆だ。
何もなかったからこそ、僕は一人で、勝手に、絶望に暮れていたんだと思う。
ああ、だからだ。
だから、あの人に惹かれたんだ。
何もない僕の日常に、いつも笑顔をくれる、そんな光のような──
ひかり──
(そうだ、あの子の名前は……)
あやせ、ひかり。
◆◇◆◇◆◇
白い空間のなか。僕とレラは、一緒にベッドの上で座っていた。
あの家みたいな狭く薄暗い所ではない。そこは病院の一室のようで、無機質な床や壁、そして大きめの窓が囲む。
(ここは──)
「カブトさんも起きたのね」
レラが口を開く。
病気で苦しんでいたとは思えないほど澄んだ声色。
「ここって多分、あなたが見せている夢……なのよね」
(そうだ。僕はあのとき、灯火を──)
するとここは、僕が見せている”幻想”ということなのだろうか。
「さっきね、すごくいいことがあったの」
レラは窓の外を眺めて続ける。
外は遠くに山の景色を映しており、山の隙間から綺麗な夕焼けの光が差しこんでいた。
「お父さんとお母さんが来て、レラの病気が治るって」
窓を向いているため、表情が見えない。
「死んだはずのお母さんにも、どこかに行っちゃったお父さんにも会えて、しかも病気も治るから外に出られるって」
たしかに嬉しそうな声だ。だが、どこか寂しげに聞えた。
「でもね──」
声が、どんどん嗚咽に塗り替えられてゆく。
「兄さまがいないの……ノーツ兄さま……」
彼女が僕を見つめた。
目にいっぱいの涙を溜めて、悲痛に訴えてくる。
「兄さまは悪い人じゃないの。顔はちょっと怖いしダラシないけど、悪い人じゃない。あなたを連れてきたのはきっと、レラのためで……」
それはまるで懺悔のようだった。
「しあわせだった。きっと兄さまがレラを迎えてくれなかったら、すぐに死んでた……こんな綺麗な景色も見れなかったし、いつかきっと病気も治って。兄さまと暮らしていけるって。夢をもって生きれなかった。でも──」
ここでそれを言っても仕方がない。
ここには神様なんていない。いるのは、ただの『灰被りの少女』と『マッチ売りの鎧兜』だ。
「夢は覚めてしまうものよね」
そうだ。この”夢”から覚めたら、彼女とその兄は、きっと離れ離れになる。
彼女の命の灯火は、もう消える寸前なのだ。
そしてこの”幻想”も、あの夕暮れが落ち切った瞬間でタイムリミットだ。
「キミはどうしたい」
うつむく少女に、僕は問いかける。
「……兄さまに、会いたい」
「会うために、キミはどうなりたい」
「どうって……?」
願え。
そのために僕がいる。
「…………ぃ」
強く。
この幻想に、神はいないのだから。
「──たい」
もっと強く。
不躾な願いを、嗤う者はいない。
「生きたい」
そうだ、言っちまえ。レラ・クオーツ・シーデン!
「生きて、兄さまと会いたい!」
(聞えただろ、白銀の灯火よ! 僕の中で眠っているのなら、その力を示せ!)
【フラグメント解放:命脈】
ドクン──と鼓動が鳴った。
夕焼けの日差しがこれまでにないほど強くなり、やがて空間ごと包み込んで──
ここまでが改稿部分となります。




