エピソード20 昨日の話
あれから二日後、僕たちは街中を歩いていた。
本日も晴天。心情お構いなしに、途方もなく晴れ渡っていた。
「昨日の話、どう思う?」
「どうって言われてもな……」
カナリアとヴァンが横並びに歩き、僕はというと、カナリアの腕。ミラは王政について用事があるとのことで不在。
昨日、授業後にアドニスから呼び出された僕たちは、ある話をした。
内容はこうだ──
◆◆◆◆◆◆
場所は応接室。呼びだした本人は中央に位置するイスに背をもたれており、僕たちに座れを命令する。タバコの煙でいっぱいだ。
「本題の前に、そこの魔法生物についてだ」
「……アインのことですか?」
「そうだ。そのために"先生"を呼んでいる」
アドニスがアゴで指した先に、クリスがちょこんと座っていた。
先生はアンタもだろ──と言わんばかりに彼女は睨み返すが、すぐにテーブルに差しだされた茶菓子を摘む。相変わらず、しぐさが子供っぽい。
その様子を半ば呆れたように眺め、全員が改めて向き合った。
この場には、僕、カナリア、ミラ、ヴァン、アドニスにクリスと、思ったより大所帯となっている。
「貴殿らの事情を聞くに、悪魔──”鉄の竜”は鎧兜を狙っていた。間違いないな?」
再度確認するように聞いてくるアドニス。初対面のときに『気にしなくていい』と言っていたが、やはり事は重大。今は詳細を耳にしたいという魂胆がみえる。
あのときは、授業があったり他の生徒がいたりと、込み入った話し合いはむずかしい環境だった。彼女なりに空気を読んで後回しにしてくれた、それが今に繋がっている。
カナリアが答えた。
「はい……『世界から争いのない世界を創る』って言ってました」
「──なんだと?」
耳にして、眉をひそめる。
瞬間、室内に"熱くて肌寒い気配”に包まれた。正確には、彼女から発せられる闘気。それに当てられ、体が反射的に冷や汗をかいたのだ。
皆が凍るような感覚をみて、すぐにアドニスは眉間を摘んで「続けてくれ」と催促する。
「ええっと……そのために『人間の管理をする』のだと……」
「そうか」
鉄の竜──悪魔アディシェスの真の狙い。
あれを直で聞いたときは、おぞましさで身震いしたものだ。すでにカナリアから聞いていたミラとヴァンも、改めて表情を固くするぐらいである。
「歴史に疎いヤツにも分かるとおり、悪魔の存在は非常に厄介だ。ユース・ヴァルヴァレットが過去に討ち取った悪魔がその一体になる」
「でも生きていた──」
今度はミラが割って入る。
「教えてください。悪魔は魔王と一緒に滅ぼされたのでは?」
ユースが討ち取り、そして英雄になった。今の平和はその功績の上で成り立っている。
しかし、アドニスは落ち着けと諭すように紫煙をふかす。
「聞きたいのはこちらの方だが、まぁいい……貴殿らに授業を施そう──クリス」
「はいよー」
呼ばれてクリスが手を振った。茶菓子がおいしかったのか、口のまわりが汚れている。
「キミたちに教えられた歴史についてだけど、『魔王が復活し、英雄ユースが討伐した』って話、実のところ定かじゃないんだー」
「どういうことだ」
意外なことに、ヴァンが真っ先に意見した。するどい視線が彼女を捉える。
これにはカナリアも同じく疑問を抱く。実の父親だ。英雄となる過程には『魔王討伐』が必須だと思っていたのだが。
クリスが続けた。
「だって、たった二十年で『復活の兆し』とかウワサされるなんて普通はありえない。はやくても百年の年月は必要だと記録されているはずだよー」
「仕留め損ねたってことか?」
「それは違う。それこそ仕留め損ねてたら、こうやって穏やかに会話もしてられないよー」
もったいぶる言い草に「だったら何なんだ」とヴァンが明らかに苛立ちを募らせる。
「そもそもの話、魔王は復活していなかった──そう解釈するのが妥当だよね」
「なっ──!」
唖然。だったら暗黒時代とは何だったのか。
「ここからはアドニスちゃんにバトンタッチ」
紅茶を片手にクリスが丸投げ。受け取ってアドニスがおもむろに語りはじめた。
「かの大戦で”魔王”と名乗る者は、英雄ユースの剣によって討ち取られた。悪魔も間違いなく”二体”倒したと、当時の報告で聞いている」
指を二本立てる。
「一体目の悪魔は『アクゼリュス』。そして二体目は件の『アディシェス』──」
王様と話していた、二度あることは三度ある方式で蘇る鉄の竜。
それが再び動きだした。その意味を僕らに容赦なく突きつける。
「魔王と悪魔を討ち取ったのは事実。しかし本体じゃない可能性もある」
「そんな……それじゃ、私たちは嘘を教えられたってことですか!?」
ミラの表情から察するに、この件は重い。それもそのはず。あんな敵が脅かす時代が再来するかもしれないと言われれば、誰だって不安になる。
倒したはずの魔王も『実は魔王じゃなかった』なんて冗談にも程がある。
アドニスは吸い切ったタバコを灰皿ですり潰し、また新たに一本を取りだして火をつける。
「我々も分からないことだらけだ。だが嘘ではないさ。どのような形であれ、討ち取ったのは事実。世の中が少しでも穏やかに暮らせるようにするための情報工作なのだと、今は納得してくれ」
「ユース──父さんから、何か聞いてないですか?」
カナリアが質問するが、彼女は静かに息を吐いて首を振る。
「すでに色々と取り調べたあとだ。しかもノスタルジア国は少々特別でね。あそこから出向いてもらわないと、こちらも動けないのだよ」
ユースがノスタルジア国に留まる理由、カナリアに留めさせた理由が何となく理解した。
政治的なことは何ひとつ分からないが、アドニスの言うことが確かなら、色々な事後処理の面倒からシャットアウトすることができたのだろう。
あそこは、そういう時のために用意された”箱庭”なのだと、僕は直感した。
「────」
ここで誰よりも険しい表情だったのはヴァンだった。
父から何も伝えられていなかったのが悔しいのか、それともまた別の感情なのか、それは読み取れない。ただ、拳をつよく握りしめる。
「話が逸れた。今は悪魔がそこの魔法生物を狙う理由が知りたい。世界をどうこうとぬかす輩だ。何かしらの手順があるはず。本当に心当たりはないんだな?」
針のような視線を向けられ、一同がギョッとしながらも思考を巡らせる。
僕も深く考えてなかったが、狙われるようなものは何ひとつないと断言できる。ひとつの魔法が使える程度の鎧兜だぞ? どういう使い方したら世界が変わるのか、こっちが知りたいぐらいだ。
そういえば鉄の竜は僕のことを”器”と呼んでいたが──
「恐らくだけど──」
考えている途中でクリスが推理を口にした。
「悪魔たちの狙いは、その子に眠る”力”を欲しているんだと思う」
「ちから?」
「報告書にもあったはずだよー。鉄の竜はその子の持ってる力で退けたって」
言い終えて、紅茶を啜った。熱かったのか、舌を出しつつティーカップに向けて息を吹きかける。
正確にはユースが倒したわけなのだが……それを言っても話は進まないので口を噤む。噤む口もないけど。
「ふむ、そうなのか?」
「ええっと……」
カナリアが気まずそうに頬を掻きながら答えた。
「襲われそうになったところを、アインと心が通じ合って、背中に羽が生えまし……た?」
なんで疑問型。
短く端的にわかりやすく答えたつもりだったのだが、皆が首を傾げるばかり。そんな中、クリスだけは盛大に笑っていた。
「魔法生物と? 心が通じ合った? アッハッハッハッ!」
「ちょっと! 笑わないでくださいよ!」
赤面しながらカナリアが嘆く。
場が少しだけ和らぐ。これも彼女の魅力のひとつなのだと、僕は再度認識させられた。
「──まぁいい。力が狙いなら、本題にも繋がろう」
そう言って、アドニスは座り直して姿勢を正す。
嫌な予感。
「本題だ。王都より南西の村はずれに魔物の集団が確認されている。その討伐に、貴殿らも参加することだ」
(……はい?)
「ちょ、ちょっと待ってください! なにがなんだか急すぎて!」
「そうです。なぜ私たちも参入するのか、納得のいく理由をお聞かせてください」
カナリアの言うことはもちろん、ミラも珍しく動揺を隠せないでいる。
「理由は至極単純だ。人手が足りない。魔王討伐からというもの、軍という存在は希薄になりつつある。他国侵略も魔物が彷徨いていたらままならんだろ」
「話にならん」
ガタ、とヴァンが立ち上がった。
「軍神。アンタは今、殿下に『戦争の下準備をしろ』って言ってるんだぞ。その意味が分かるな?」
獅子の目が彼女に向けられた途端、クリスが仲裁に入った。
「今のはアドニスちゃんが悪いよ」
「……性分だ、許せ」
騎士が主人のことになれば、こうなるのは予測できたはずだ。
それでも失言をさっきので済まそうとする彼女も大胆不敵の極みである。
「他国侵略は軍人の存在意義であり本能だ。だが、今回はその意図はない。魔王といい、魔物といい、悪魔といい、この世には人間と敵対するものが多い。上の連中は我々を城壁を守る護衛兵のようにしか考えていない」
「言い訳はいい。俺は言ったはずだ。殿下の危機になるようなことなら断る」
「それはもう無駄だ」
「……なに?」
「貴殿らの参加は決定している。手続きは昨日済ませた」
「は──」
(はいーーーーーー!?)
僕たちが唖然とする中、本人とクリスは平然としている。いやいや、おかしい。
「どういうつもりだ軍神!」
「どうもなにも、強制参加だ。参加しなかった場合は敵前逃亡罪で国外追放。ああ、悪魔に差し渡すというのも手か」
荒げる声にも動じずに淡々と、そして優雅に紫煙を燻らせるアドニス。さながら暴君のそれである。
「……横暴がすぎるぞ」
「貴殿らは何か勘違いしている。私は教員ではなく”軍人”としてこの場にいる。軍とは個ではなく集だ。貴殿ら個の意見など、ハナから無いに等しい」
なんてことだ。怖い人だと思っていたけれど、やっぱり怖い人だった。
「殿下、ここから逃げ──」
「アドニスちゃんさー、なんでそんな怖い顔するの?」
そろそろヴァンの我慢が限界に達しそうになった時、クリスが割って入った。
ちょうどいい温度になったのか、紅茶をまるで老人のようにズルズルと啜って「ぷはー」と一息。完全に場違いな声色が、灼熱になりつつある修羅場に水をさす。
「安心して。アドニスちゃんこう言ってるけど、本当は後方支援の役割にするらしいし、キミたちに戦闘はさせないよ」
(え、ドユコト?)
困惑の表情を向けられて、彼女はイラズラのような笑みを浮かべて答えた。
「キミたちを連れて行くのは、たしかに魔物集団の討伐だけど、その目的はキミたちが保有している魔法生物の存在──アインくん? をチラつかせて相手の動向を探るってのが主な理由のはずだよ。戦闘力も昨日の授業で合格点もらってるみたいだしねー」
紅茶に角砂糖を追加しながら、さらに連ねる。
「──とまぁ、こんなにこわーい顔してるけど、キミたちの意見はちゃ〜〜んと汲んでるってワケ。だからそんな邪険にしないであげてね?」
「……お子様教師、それを言われると私の立場が弱くなるんだが」
先ほどの刺々しい雰囲気から一転、赤面しながら文句を垂れるアドニス。彼女の姿をみて、その場にいる全員が目を白黒させる。
直後、「誰がお子様教師か‼︎」と誰よりも大きな声で叫ぶクリスであった。
ここまでが改稿部分です。




