エピソード18 忍びよる影
王都の街中を歩く男と少女の姿があった。
男は、街の人たちよりも頭ひとつ抜きんでているほどの高身長。祭服を纏い、胸にはやや歪んだ十字架をさげて静かに歩く。常に柔和な笑みを浮かべており、その姿はまさに聖職者そのもの。
体躯に似合わず、争いごととは無縁な佇まい。歳は三十そこらと言っていいか。小さな丸メガネとプラチナブロンドの髪が特徴の神父だった。
隣の少女は神父とは真逆──成人男性の腰ほどしかない低身長。喪服を連想させる黒色の衣装が、上から羽織る真紅の色合いを派手に際立たせる。いわゆる、”ゴシック”。
可愛らしい顔立ちと艶かしい紫色の瞳。片方の目尻にある泣き黒子が、少女とは思えないほどの魅力を引き出させていた。だが当の本人は、見た目と相反して陰鬱な雰囲気を放つ。
神父とゴスロリ少女。アンバランスな二人が、この王都の中をしめやかに進む。
「”アディシェス”の情報を頼りにこちらまで来てみましたが、さて……果たして”器”は居るのでしょうかねぇ?」
まるで蛇のような細い目で、行き交う人々を眺めながら肩を竦める神父。
「”ヌート”……人間、多い……」
少女はフリルの多いスカートの裾を握って、静かに訴える。すれ違う人々から怯えている様子。相変わらず感情表現が少し乏しい。しかし、彼は手に取るように理解できた。
不安よりも不快──たしかに、彼女にとってここは精神上あまりよろしくない。少女の頭を撫でながらあやす。
「”イーア”、我慢してください。貴女が癇癪を起こすと色々面倒です」
あくまで柔和な笑みを崩さない。眉だけをハの字に作って微笑んだ。
「がまん、がまん……」と少女は呟きながら神父の足にしがみ付く。
側から見れば、迷子になることが怖くなった娘を優しくあやす父親だろうか。微笑ましい光景である。
「ですが──」
そんなこと、彼らは微塵も思っていない。
「ここに”器”が居ようが居まいが、我々の計画を進めるだけです。もうすぐですよ」
これまた蛇のような怪しい笑みを浮かべて歩む。
向かう先は教会。そこに用があるのだから──
王都アラバスタには幾つかの教会が存在する。他宗教が混同することも良しとする方針であったが故である。
その中で最も大きく名高い教会と言えば、『メタトロニオス大聖堂』だと国民は答えるだろう。セフィラ──”白”を司る神『メタトロン』を崇める場所である。
他宗教も信仰心ある者たちは数多存在する。だが、王都において信仰のほとんどは、この大聖堂が占めている。
場所は北区。堂々と聳え立つ教会にて、かの神父が足を踏みいれた。
「いやはや、実物を見るのは初めてなのですが、これ程とは」
巨大な門を潜る。
内部は広大で美しかった。信者を座らせる長椅子が左右隔てて無数に並び、天井には白翼が生えた荘厳たる御仁を描いたステンドグラスが迎えてくれる。
天井からの日の光がガラスによって屈折され、奥の壇上へと降りそそぐ。明かりなど不要。辺りがどれだけ暗くとも、そこだけ照らされればよい。まさに神聖を体現した細工。聖域とはこのこと。
照らされた壇上には、ひとつの玉座があり、若い男がふんぞりかえって座っていた。
「何者だ!」
コツ、コツ、と靴底を鳴らして聖堂のど真ん中を進む。通路となっている道に、兵士が立ちはだかる。
兵士は神父の形を見て、訝しげな顔をした。
見たところ神父なのは間違いないが、どこの宗教の者かまったく検討がつかない。それに足元には少女も連れている、おかしな二人組──
「……門はどうした。閉まっていたはずだが」
本来なら、信者たちを迎え入れるのが常。だが、今日に限っては間が悪い。
神父はニンマリと笑みを浮かべながら一礼した。
「これは失敬。我々もこちらには少々用がありまして。無理を言って通していただきました」
「馬鹿な……」
あれだけ厳重に閉ざされた正門。門番もつけていた。忍びこむ余地もない。忍ぶにしてもこの男の身長では目立ちすぎるし、後ろに隠れる少女と一緒にというのも納得がいかない……にも関わらず、この神父は平然と音もなく真正面から登場したのだ。当然、兵士の顔が険しいものになってゆく。
神父は「しかし──」と繋げた。
「迷える仔羊をあんな冷たく追い返しては、貴方たちが信ずる主の御心に反する行いなのでは?」
「──今日はそういう日なんだ。頼むから大人しく帰ってくれ」
痛いところを突かれ、兵士が堪らず懇願する。
ところが彼にとってはどうでもいい話である。神父が口を開かせた。
「曰く、メタトロニオスとは『玉座に侍る者』の意。玉座に座る者こそ、崇めるべき対象。ならば、同じ玉座に座る"国王"もまた然り──」
「? なんの話を──」
「忖度の塊のような集団だ。王族にとっても都合が良い。疎ましく思う他宗教も多いと聞く」
「貴様ッ……!」
口調が変わって告げられた内容に、兵士は慌てた。さすがに聞き逃せない。
明らかな失言──というより下手をすれば国辱に抵触する発言である。奥からぞろぞろと他の人間が集まってきた。
「ヌート、言いすぎだよ……?」
「ええ。ですが、こうでもしないと相手にしてくれなさそうでしたので」
少女が控えめな声で意見。これには彼も困った表情で返答する。
二人をとり囲むのは、なにも兵士だけではない。この宗教ならではの祭司服を纏った僧侶も混ざっていた。
うちの一人が無礼千万と激怒して、棍棒を差し向ける。あとに続く人間も、剣やら杖やら構えはじめた。
敵意に囲まれるも、神父は顔色一つ変えずにその場で頭を垂れた。
「遅れて申し訳ない。お初にお目にかかります──エルウィン・アラバスタル・ウートガルザ次期国王陛下殿。我々は、貴方様を迎えに参ったのです」
視線の先には、奥に佇む玉座──そこに座るのは、学園から抜けだしたエルウィンだった。
彼は何も言わず、ただ来訪者を品定めするかのように眺めているのみ。
「──ッ!」
ふいに、一人の兵士が背後から襲いかかった。
それもそのはず。明らかな挑発行為。門を抜けてからこの神父は、畏まる様子すら見せない。これだけの人数に囲まれ、尚も王子に謁見したと言わんばかりな態度。癪に障るのだ。
土足で聖堂にあがりこみ、あまつことさえ崇め奉る神に、未来を担う王子に、無礼を働くその罪は万死に値する。どこの教徒か存じないが、礼儀知らずには痛い目に遭ってもらおう──この場にいる人間がそう思った。
しかし──
パチッ。
神父が小さく指を弾いた。
「────」
聖堂中に乾いた音が響き渡ると、剣を振りかざした兵士の動きが止まった。
否、その場にいる全員が動きを止めたのだ。
「ほう……」
ここで初めてエルウィンが興味を示すように声をあげる。
王子に見られる最中、兵士は思考を巡らせた。
何が起きた。躊躇いなどない。なのに、あの一瞬で自分の中にある”怒り"が急激に冷めてゆく──
ほかの兵士や僧侶も同様、彼に向けた敵意そのものが削がれた。その感覚に、皆が戸惑いを隠せないでいる。
振れない剣は不要。カランと音を立てて兵士は剣を手放した。
「奇妙な術を使う。それは何だ。魔法か?」
見事、王子から興味を持たれた。
兵士たちに行った挑発行為は、このためにすぎない。
「詠唱を伴わない魔法など存在しません。これは単なる”手品の類い”ですよ──」
エルウィンの問いに、彼はメガネをかけ直しながら答える。
「故に、誰もが呑まれる。ヒトであるなら尚のこと」
その言葉を耳にして、全員が戦慄した。
精神に関与する魔法は確かに存在する。”ケセド”の魔法を応用すれば特定の相手から戦意を解くことはできる。終始、神父の足元にしがみ付く少女が魔法を使ったという線もあるが、あの見た目で高度な魔法など考えにくい。この人数を相手に一瞬で、詠唱もなく、しかも器用に敵意のみ削ぐなど、どんな魔法を用いても不可能だ。
『手品の類い』だと言ったが、ありえない。あってはならない。この世の不可解な現象は、すべて”魔法”や”奇跡”で収めなくてはならないのだ。
ある考えがよぎる。
魔法ではない”外法の力”なら可能にする術がある。かつて魔王と共に世界を脅かした存在──”悪魔”になら。
今にして思えば、門番にもこの怪しげな術を使ったに違いなかった。
「面白い。名を聞こう」
「ええ、私の名は『キムラヌート』。こちらは『イーァツブス』」
隠れている少女の背中を押して前にだし、紹介。絵面だけ見ればただの親子にしか思えない。
神父は続けた。
「そして我々は、総じて『外殻』と名乗っております。どうぞ、お見知り置きを」
「クク、なるほど……」
名前を聞いてから、神父の柔和な笑みに対して不敵な笑みを浮かべる玉座の王。
いち兵士が勘付いていることなど、王子はとうに理解しているはずだが──
「今日は機嫌がいい。貴様の思惑、乗ってやろうではないか」
護衛側である兵士も僧侶も、そして神父ですら読めない二つ返事に誰もが唖然とした。
ゴーン、と聖堂内に鐘の音が響きわたる。
まるで二人の間を警告するかのように、重く奏でるのであった。




