エピソード42 コクマーその2
どうすればいい。どうすれば──
ジンの容態は悠長に構えていられるほど生ぬるいものじゃない。クリスの深刻な表情を見れば一目瞭然だ。
これ以上、誰かが犠牲になるのは耐えられない──ミラの姿が脳裏をよぎった。
「……脈が薄い。場所を移そうにも時間がない」
処置を施し続けるクリス。額から流れる汗が砂地へと滴る。
黙って見守る僕と憲兵たち。ジンの容態はみるみる悪化していく。
(僕が、もっと強ければ──)
ジンが”奥の手”を使うことはなかっただろう。
もっと言えば、カイツールの手によって犠牲者を生んでしまうこともなかっただろう。
「──ッ!」
突如、クリスが血相を変えて、ジンの服を脱がし始める。
元々、上半身裸の上に薄い布を纏っていたような格好だったため、脱がすのに苦労はしなかった。
そして、胸元に耳をあて、次に心臓に両手を重ねて体重を乗せる。心臓マッサージだ。
まさか──
「先生……!」
「呼吸停止に心肺停止……! これより蘇生術を開始する!」
周りがザワつく。
背後から憲兵のおっさんの声が響いた。
「救護班を呼べ! アークライト家の坊ちゃんが危篤だ! 急げ!」
急に慌ただしくなる光景に、僕はただ呆然と立ち尽くすのみで──
(いや、頭を働かせろ!)
クリスは頼りになる治癒師だ。国からのお墨付き、『グレイ・アムリタス』の称号もち。だけど完全じゃない。
目の前の灯火が風前のものになる。さっきまで黄金に輝いていたのに、吹けば消えてしまいそうだ。
”死”という運命には抗えない。すべての生物に平等に与えられた摂理。だけど、今ならまだ変えられるはず。
頭をフル回転させて状況の打破を考える。
僕の持つ魔法。いつも通り、余さず使えばいい。
「クリフトリーフくん……! ジン! 起きたまえ、キミはまだ死んじゃいけない!」
「坊ちゃん、すぐに救護班が来る!」
状況は最悪だ。
ジンはそれなりに人望が厚い。憲兵のヒトたちも、彼の目前まで迫った死に悲痛な涙を浮かべていた。
この光景を、僕は以前どこかで見たことがある。
あれはテルル村で、アフェクが村人たちを──
「──ケテル」
とある案が思い浮かび、僕は”白”の詠唱を唱えた。
対象は、ジン。
「先生、ごめん」
「アインくん何を──」
心臓マッサージを行い続ける彼女の間に割り込み、『時止め』をジンに施す。
乾いた唇。薄く閉じた瞼。まるで死人そのもののような彼が、時によって堰き止められた。
「これで少し時間を稼ぐ」
「アインくん」
「先生、これから僕と──」
背後から呼ばれ、振り返ると平手が飛んできた。
パシン。
鎧兜に軽い音が響く。
急なことで驚いたが、拍子で魔法を解けなかったのが幸いだった。
「──キミは、一体何をしたのか自分でも分かってるのかい」
眉をつりあげ、クリスの灰色の大きな瞳が僕を穿つ。
ヒトの命が掛かってる中、勝手な行動をしたのだ。彼女が怒るのも無理はない。
しかし──
「分かっているよ。でも僕はこれ以上、犠牲者を出したくないんだ」
「私も同じ気持ちだ。でもね、その魔法は患者を顧みていない。時を止めるっていうのは、苦痛をそのままにしてるってことなんだよ」
彼女の手は震えていた。
大事な生徒が死に直面している。そして称号持ちとしてのプライドもあるのだろう。
問答を繰り返す時間も余裕もないが、僕はあえて乗っかった。
「じゃあ、魔法も使わずこのままにしろって言うの?」
「それは……」
言い淀む彼女に、僕は畳みかける。
「らしくないよ、先生。何があったのか知らないけれど、このままだとジンを救えないって自分でも分かってるはずだよ」
「────」
灰色の瞳が、揺れる。
本来の彼女なら、時を止めてでも時間を稼いで治療の術を余さず行使するはずだ。
思えば、砂漠の上で独りで座り込んでいた辺りから気づくべきだった。
今のクリスの灯火には、ひとつの異質な影が差し込んでいる──頭の灯火がそう映していた。
「先生、僕はジンを助けたい」
僕はゆっくりと語りかける。
「ジンは言ったんだ。自分の命は大切だって。当たり前だけど、わざわざ捨てるようなマネは絶対にしないって言ってくれた」
ならなぜ、危険が伴う”あの一撃”を使ったのか。
答えは明白。
「ジンは僕たちのことを信じてくれてる。必ず助けてくれるって、命を預けてくれたんだ」
ならば、それに応えないでどうする。
「先生、僕に”魔法”を使わせてほしい──お願いします」
クリスは仲間だ。
誠実を表すために、僕は頭を下げた。
「……どうする気だい」
一拍置いて、彼女が問いかける。
僕はベンテールをあげて、白銀の灯火を晒した。
「まずは、先生──」
”白”の魔法をそのままに、”幻想”を発動。
光が辺りを包む。
「アナタを助けます」
ちょっと短めが続いて申し訳ないです。