エピソード41 コクマーその1
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急いで”青”の魔法を使用。辺りの詮索を開始する。
ジンの背中──ロスバラスチア国方面に多数の生体反応あり。おそらく避難した憲兵たちだろう。
そして反対側。割れた地面から横に外れた位置にひとつ、灰色の気配が僕の灯火に感知した。
(先生……!)
どうしてそんな場所まで離れているのかは不明だが、今は急を要する。ジンが立ったまま動かないのだ。
あの地面を割らせるほどの一撃は、テルル村でも見覚えがある。マナを絞りきって放たれたものなのか、そもそもマナが枯渇した状態で撃てるものなのかすら疑問だが、ジンの様子を見るからして代償は軽くないことは明白だ。
早急にクリスを呼んで、治療にあたらなければ──
僕は砂を蹴って駆け走った。
「──先生!」
「アインくん……」
彼女はすぐに見つかった。
何もない場所で独り、座って砂を眺めていた。そんな彼女に僕は強引に手を引く。
「ジンが動かないんだ。早くなんとかしないと!」
僕がいない間に何があったのか。クリスは何か思い詰めた瞳を何もない砂に向けてから目を伏せる。そして「──わかった」と短く頷いて立ち上がり、ジンの元まで戻るのであった。
その僅かな瞬間、あるものが目の端に映る。
クリスの胸に、灰色とは違う色の何かが混ざって灯っていた。
時間はさほど経っていない。ジンの救命が迅速であればあるほど可能性は残されているはず。
クリスを連れて引き返し、彼の元まで駆け戻ると、憲兵たちが恐る恐るといった様子で集まっていた。
ある者は"悪魔"を退けたことに歓喜し、またある者はジンの異様な様子に息を呑む。
「どいて!」
そんな憲兵たちに一喝する声で退かせる。
道が開かれ、まるで銅像のように立ち尽くすジンが露わに。治癒師クリスの検診が始まった。
「──アインくん」
手に淡い光を宿らせて、ゆっくりと彼を寝かす最中、静かな声色で僕を呼ぶ。
ドクン、と嫌な予感がした。
「クリフトリーフくんは、もう目を覚さないかもしれない」
「っ……どうして!」
予想した答えがそのまま口に出され、僕は泣きそうになりながらも抗議する。
取り乱す僕にクリスは「落ち着いて」と少し神妙な面立ちで宥めてきた。
「前にカナリアくんのことで話したよね? マナ枯渇症について──」
「えっ……た、たしか"悪性魔素"とか、だよね……?」
この世界には、人体に流れる血液と同様に『魔素』と呼ばれるものが存在する。
『魔素』は体内で大きくふたつの性質に分かれる。ひとつは"良性魔素"。もうひとつが"悪性魔素"──
魔法を使うにあたって消費される物質が前者、消費後の廃棄物が後者だ。
急に質問されて戸惑い、大まかな認識でしか答えられなくて自信がなかったが、クリスは充分だと言いたげに頷いた。
「あれだけの魔法を使ったんだ。彼の体内は"悪性魔素"によって侵食を受けていてもおかしくない……むしろ、死んでも不思議じゃないぐらいだよ」
だけど──
彼女がそう紡いでから告げた。
「"悪性魔素"がどこにもない。綺麗さっぱり消えてるんだ」
「? つまり、どういう──」
イマイチ要領を得ない。
無いなら、良いことじゃないのか?
それがどうしてジンが目覚めないことに直結するのだろうか。
「さっきの"一撃"が悪性魔素を消した──いや、消費させたと言った方が適切かな」
「それがカラダに悪影響を?」
首を捻らせて聞くと、クリスが答えた。
「悪影響なんてものじゃない。燃えカスをさらに燃やすような行為だ。体への負担は、私の理解の範疇を超えてるよ」
以前、ジンはテルル村であの力を使った。
そして意識不明の状態がしばらく続き、あとからやってきたクリスの尽力によって復帰。
思えばジンは、そんな危険極まりない魔法をまたも手につけたのだ。
ドクターストップされても酷使したカラダはとうに限界を迎えており、たとえ"悪性魔素"が消費されて体内から消えたとはいえ、そのペナルティは残り続ける──諸刃の剣だ。
しかも再度使用するまでの間が短すぎることもある。二度目の使用によって目が覚めなくなる可能性すらもあるのだと、クリスはそう言っていたのだ。