エピソード5 御曹司の料理
僕は布袋を引きずって調理室のところまで足を運んだ。それなりに距離もあって大変だったが、シエルの気遣いをムダにするわけにはいかない。
扉のない一室。そこから包丁とまな板が当たる音が聞こえる。僕はこっそりと中を覗き込んだ。
そこは思ったとおりの調理室。意外にこじんまりとしていた。およそ、ふたり分のスペース。船内だから、だだっ広くするわけにもいかないという設計だろう。内部は長方形に象られており、調理人を囲むようにシンクやコンロらしきものが配備されていた。
この世界での『コンロ』というのは、いわゆる『魔法石』である。
料理鍋の下敷きになっている石からは赤い発光と熱を帯びており、鍋の中を煮たす。ぐつぐつと小気味いい音と出汁の香りが充満していた。
「よぉ〜〜こそ、ちいさなマナニアよ!」
何やら刻んでいた手を止め、ジンが両手ひろげて歓迎してくる。
ちなみに、裸エプロン姿だ。
「略して”ちいマナ”よ!」
「その呼び名はなんかイヤだ」
小さくはあるしマナニアでもあるけど、なんでも略されるのはどうかと思う。
「それに僕はアインだよ」
訂正も加えておく。じゃないとこの男は一生まちがったまま呼び続けそうだ。
彼は「ふむ」とアゴに手を乗せて思考を巡らせる仕草をみせる。
「では──」
「アインだよ」
代わりのあだ名を提案しようとしてくるが、言われる前に先手を打つ。
指を立たせて口を半開きにしたまま硬直するジン。すぐに「おほん」と咳払いをして仕切りなおす。
「それではアイン。我輩に何か用かな?」
「これを──」
布袋を掲げて渡した。
「ぬ、これは先ほどの魔物か」
中を覗き見て、彼がすばやく答える。
膾と化した魔物の肉片。腐らぬうちに調理して召し上がれというシエルからの伝言も添えてやった。
「ん〜〜なるほど! でかしたぞ、ちいマナ!」
この男に相談なんて本当にしてよいのだろうか。
(ていうか、なんで裸エプロンなんだ……)
早くも引き返したくなってくる。見たくもないものが丸見えである。
暑苦しい熱気がこもる中、漢ジンが野菜を刻み、膾を鍋に投入し、ひたすら煮たす。
煌めく汗とムダのない褐色肌の肉体美。字ズラだけ並べれば面白いかもしれないが、見てる方は目を覆いたくなる光景だ。
僕はこっそりと部屋をあとにしようとしたところで、
「我輩に相談があるのだろう?」
彼が背中越しに問いかけてきた。
つい驚いて振りかえる。鍋をしずかに見張る、漢の背中が映るのみ。背筋もムキっとしてる。
「なんでわかったの?」
「見ればわかる。エルドライトから何か言われたろう」
これまた静かに返答。いつものふざけた口調ではなく、真面目に取り合ってくれる雰囲気の声色だった。
それよりも、彼は知っていたのだ。あの侍女が僕に告げたことを。
「許してやってくれ。”アレ”もそれなりに気を遣っているのだ」
だからなのか、さらに声色を低くして謝罪を口にする。
彼女のことを『アレ』と指すのは、少し寂しいものを感じるが……
「元は孤児なのだ。生まれ里が何者かに破壊され、独り彷徨っていたところを我輩が拾ってな。それ以来、少々危険なモノに対して過剰な反応をみせる」
背中から淡々と語られる異国人の事情。
東大陸でも、アフェクと同じような目にあっているヒトがいる。じつに嘆かわしいと、彼は連ねて述べた。
「何を言われたかは知らぬが、詫びとして我輩が話に乗る。申してみよ」
催促される。
ズルい。こう言われては逃げようがない。エルドライトにも悪気はないのだと知り、彼女に対して抱いていたモヤモヤが、行き場を失ったモヤモヤへと変わっただけである。
僕は今までにあった話を吐きだした。クリス、シエル、そしてジン──彼女たちから様々なことを教わり、最後に彼からも教わりたいのだと告げた。
「なるほど──」
吟味し、沸騰する鍋を見つめながらジンは納得する。
のこされた悩みのタネ。カナリアについて行くための『理由』。
「ところで、おぬしはカナリアをどう思っている」
「えっ?」
唐突に彼がそのようなことを聞いてきた。
どう思っていると言われても、すぐにポンと浮かぶもんじゃない。
「えっと……やさしい子?」
「それだけか?」
と、さらに促される。
「時間がかかってもよい。そして主観でよい。彼女のすべてを語ってみよ」
「えっと、えっと……」
言葉に詰まらせながらも僕は語った。
何もできなかった頃の僕にやさしく接してくれたこと。悲しいことがあれば泣き、嬉しいことがあれば笑う、表裏のない性格。ひたむきに努力する姿勢。時々みせるカッコいい表情や図太さ、天然さも愛らしい。
(あれ、これって──)
語っている間に気付く。
わからないとき、むずかしい話をしているとき、首を傾げながら指をアゴに当てる仕草が好きだ。
ドジしちゃったとき、テヘヘと笑う表情が好きだ。
ひとしきり泣いたあと、立ち上がって前を向く目が好きだ。
ああ、そうか。僕は──
「では、彼女とどうなりたい」
ひと通り耳にして、ジンが再度問う。
今度は言葉に詰まったりしない。
「いっしょにいたい。できれば、ずっと」
「……答えは出たようだな」
ピー、と蓋をした鍋から音が鳴る。まるで正解だと祝福しているようだ。
彼が蓋を開けて中を覗く。香り高い蒸気がモワッと舞った。
「ん〜〜トレビア〜〜ンッヌ! まさに芸・術!」
振り向きざま、いつもの調子に早変わり。完成した鍋を持って僕に見せびらかした。
「刮目せよ、これぞ我輩が手がけた料理!」
ぐつぐつと煮立てる豊富な具材。野菜に肉に膾が踊っている。
美味しそうだ。ただ膾を食べるのには少し抵抗があるが。
「行こう。船はもう少しで到着する。腹ごしらえして、共に我が国を拝見せよ」
その提案は暗にエルドライトの試練を突破できると信じたうえでの発言。
「うん」
足早にみんなのところへ向かうジン。あとを追う形で僕は船内を走った。
まだ悩みが晴れたわけではないのに足が軽い。面舵いっぱい。僕の中にある船も、方向が定まったということだろうか。
東大陸まで、あと──




