エピソード4 シエルの例え話
シエルの同行は、名目上『見張り役』だった。
カナリアの旅立ち──軍部の上層部からは亡命を企んでいるのではないかという不信感があるらしい。そんな不義理なものを払拭させるため、護衛兼見張り役を申しでたのが彼女である。
心強い反面、少しでも疑わしい動きがあれば軍部に知れ渡ってしまう。そもそも亡命など微塵も企んだりしていないのだから杞憂なので、こちらとしては申し分ないわけなのだが。
シエルと一緒に再び甲板まで登る。戦闘態勢に入れるのが僕ら二人のみであった。クリスは他のみんなに告げるよう船内を駆け巡っている。
船の大きさはそれなりにある。魔物に襲われたとして、すぐに沈没することはないだろうが、早めに手を打った方がいい。
「これは──」
先ほどまでエルドライトたちといた甲板。高波によって水浸しになっており、そこから無数の魔物が海から登場して陣取る。
魔物は、サカナを象った姿をしていた。『半魚人』とでも呼べばいいのだろうか。体長はおよそ人間の子供ほどの大きさ。肌はウロコに包まれ、トサカのヒレや指先はまるで針のよう。目玉は魔物特有の赤く鈍い光を帯びており、常に半開きの口からは鋭い歯が見え隠れしていた。
明らかに攻撃的。ゾロゾロと寄ってくる彼らの敵意。その矛先がこちらに向いた。
「応戦します」
携えた刀を抜き、シエルが戦闘態勢に入る。
「ギィ!」
まずは一匹。爪を尖らせて飛びかかってきた。
いまさら彼女の戦闘力を語るまでもない。魔物の一匹や二匹、造作もなく葬る。
強いて言うなら、以前よりも増して剣戟が冴え渡っている点だろうか。鮮やかな捌き。半魚人たちを刺身にしてしまった。
しかし、相手も懲りない。次々と惜しみなく甲板に投入され、襲い掛かってくる。
「クッ、キリがない……!」
「僕も手伝うよ!」
いくら無類の強さを誇るシエルがいても、数で圧倒されては劣勢だ。
現に彼女はいま、目前の敵を屠っているが故に足止めをくらっている。手数が足りない状況下。
ならばこそ出番である。僕はベンテールをあげて青火を晒した。
「青の慈悲よ──」
ここで使用するのは周波数──曰く、サカナには苦手な音がある。
普段は水中にいるため、音が水面に反射されて行き届かない。だが、ここは甲板。外気に触れているのであれば有効なはず。
「『不協和音』」
青火から放たれる音の波。空間を伝って辺り一面に降りそそいだ。
大気が微かに震えるのがわかる。人間ならば集中すれば普通に聞こえる領域。シエルが少しだけ気にする程度ぐらいだった。
「ギ、ギギ……」
ところがどうだ。半魚人たちの動きが一斉に止まったではないか。
戦う志が低い者から順に甲板から逃げていく。前衛を務める敵も僕からの距離が近いせいで頭を抱えながら悶えていた。
「──ぉぉおお!」
この機を逃す彼女ではない。
相手が動かぬ的になったのなら難易度は格段に落ちる。まるで閃光のように斬撃を振り撒く。
『なますにする』という言葉がある。意味は読んで字のごとく細かく刻んで膾にする。転じて大勢でヒトをめった打ちにする──だったか。
彼女の場合は前者……いや両方ともとれる。半魚人たちを文字どおり膾にしていたからだ。しかもひとりで、大勢を相手に。
しばらくして、魔物は散りじりになりながら海へ帰っていった。
ヤツらにとっての誤算は、シエルのバケモノじみた強さと僕から鳴る”嫌な音”だろう。何とか撃退できた。
ついにカナリアたちが助太刀に来る前に事を成してしまったわけだが。
「もしかしたら、他の場所にも魔物が入り込んでいるのかもしれませんね」
シエルが不穏なことを口にする。
それだと船内は大混乱に陥る。急いで合流するべきだ。
だが、彼女は涼しげな顔で甲板の後処理に取りかかる。
「この程度の戦力なら彼女たちに任せても大丈夫でしょう」
「そんな悠長な……」
「悠長なものですか。ここに居続けるのもひとつの策です」
たしかに一匹いっぴきはそんなに強くないと推測できた。こんな僕でも迎撃の手段が思いつくほどである。カナリアたちならどうにかできる。
よくよく考えてみれば、この場を離れる方が悪手なのかもしれない。大量に侵入してくる経路、その正門がこの甲板である。
ここに僕らが居座ることによって最大の守りになるのだと気付かされた。
せっかくなので、僕も散らばった魔物の遺体処理を手伝うことに。あのとき甲板から見た景色がサカナの血で塗り替えられてしまう。単純に嫌だった。
「先ほどは助かりました。ありがとうございます」
ふいに頭をさげてくるシエル。
僕は「いやいや」と首をふって遠慮した。
「シエルが強かったから助かったんだ。僕はただ魔法を使って”嫌な音”を出してただけで、何もしてない」
謙遜もクソもない。事実そうである。
多少器用に魔法が使えたぐらいで、さほど大したことはしていないと思う。この散らばった膾も、やってのけたのはシエルだ。
それでも彼女は首を傾げた。
「そうでしょうか。アナタの魔法のおかげでこうして勝てたと私は思っていますよ」
そう言って微笑みかける。
「むしろ、謙遜を通り越して少々卑屈になっていると見受けられます。それでは私の方が不快に感じてしまいますよ」
「────」
忠告も受けてしまった。
卑屈。自分に自信が持てなくなっているのだろうか。あまり深くは考えてなかったが、言われてみればそうかもしれない。
ただし、こうなるのも自然の摂理だと言える。だって僕は魔法生物。このあいだまでカラダもないただの鎧兜だったのだから。
他にも理由はある。
思いあがった考えは、いつしか自分に返ってくる──王都でヴァンが暴走したとき、少しでもカナリアたちの助けになれるって信じて疑わなかった。
結果、あのような惨事を招いた。二度も繰り返したくはない。傷つくのがコワイ。
「仕方のないマナニアですね」
膾を片付ける手が止まっていた僕をみて、彼女が肩をすくめた。
「悩みがあるのなら聞きましょう。これでも先生です。クリス先生のように優しくはできませんが」
悩み。そうだ、僕には他にも考えなきゃならないことがあったのだ。
(この際だ。シエルにも意見を聞いてみよう)
意を決して、ポツポツと語りだした。
「ふむ、『危険性』ですか……」
付きまとってくる忌むべき因果。あの侍女に突きつけられてしまい、ぐうの音も出ないまま沈黙KO。その最大の要因が、いまシエルの口から反芻された。
ソル・マナニアだからこそ、外敵から狙われる──なるほど確かに。人間のカナリアにとってはお荷物でしかない。少しでもそう思ってしまった自分が情けない。
のこり二つの悩みのタネ。うちの片方を彼女に打ち明けたのには理由があった。
それは彼女が”軍神”の右腕だからだ。
『危険性』と聞けば、あのアドニスにだってある。危険な香りの元といっても過言ではない。彼女を例えるなら彼岸花。燃ゆる花びらは彼女の髪色と性を表しており、秘める毒も相応に違いない。
そんな彼女の隣に支えていたのがシエル。客観的な意見が聞けると踏んだ。
「悪魔が狙ってるのに、僕なんかが近くにいたら、きっと巻き込んでしまう……」
おそらく、もっと大きな波乱を呼ぶだろう。僕の意思に関わらず、向こうから無遠慮に。足並み揃えてやってくるのだ。
そう考えだすと止まらない。どんどんネガティブな思考に陥ってしまう。
「兵士のみんなも、僕さえいなければ死ぬことも──」
「アイン」
自責の念を述べていると、途中でシエルが遮った。
僕も、自分が何言ったのか思い返して、失言だったと口を噤む。
「あの者たちは自らの責務を全うしたのです。称えることはあれど、悔やむのは筋違いです。それに──」
キッと睨んで告げてくる。
「アナタのその思想こそ、”思いあがり”です。べつにアナタが居ても居なくても、人間誰しも死ぬときは死にます」
「でも」
それでも、思わずにはいられない。もっとうまく出来たはずなのだと。
命に、軽い重いなんてあるはずないのだから。
「ええ、命に重さなんてありません。等しく軽いですし、等しく重い……非情なほど」
彼女はおもむろに僕の側まで近寄り、腰をおろした。
「私はいくつもの人の命を奪ってきた人間です。そんな私が言えた義理ではないのかもしれませんが、人の命が皆平等であるのなら、『何をもって選択するのか』が重要なのだと思います」
「せんたく?」
「はい。例えばの話です──」
一つの線路にトロッコが走っていたとする。トロッコにはひとりの人間が乗っており、線路の先には三人の作業員が不注意にも留まっていた。
このままではトロッコと作業員がぶつかり、未曾有の大事故を起こすだろう。一足先に気づいたアナタは、手元にある舵を見つめて選択を迫られる。
舵をきれば作業員たちは助かるが、もう一人は──
彼女はそんな話を切り出したのだ。
「ほとんどの人間は舵をきります。私もそうします。避けられぬ事態であるなら、より多くの命を救う。ごく当たり前の話です」
命が平等ならば、そこに優劣を決める材料は”数”しかない。
より多くの命を救うために、多少の犠牲はつきもの。彼女はアドニスと共に戦場を駆け巡った戦士。それでも答えは変わらず、当たり前なのだと価値観すらも定着していた。
「しかし、こうも思うのです──」
本来、物静かな性格の彼女。今は語る口が止まらない。
「この話にもし、他の人間……”仲間”と言った方がわかりやすいでしょうか。降りかかる災難に立ち向かえる手が、もう一人、二人、三人とあれば、おのずと結果も変わってくるはずです」
ヒトは、独りでは生きられない。
それは協調性を謳う文句だとばかり思っていた。だが、彼女はそれだけではないと付け加える。
「迫られる選択。そこに選択肢を増やすことこそが、人が手と手を結べる可能性であり、災難に向き合える力になると思います」
アナタがトロッコの舵をきって作業員たちを助け、もう一方はアナタの仲間が助けてくれる。
そんな未来があるのだと、シエルは提唱したのだ。
何をもって選択するのか──彼女の答えは『舵をきる』で終わったが、それだけではないのだと暗に述べてくれていたのだ。
彼女が軍に所属する理由が、少しだけわかった気がした。
「つまり、何が言いたいのかといいますと……」
つい語ってしまったと恥じらいながら総括する。
「あの場では、アナタが居ても居なくても死ぬ人間はいました。悪魔の襲来は避けられない事態でしたし、被害は免れません。ですが、アナタのおかげで命拾いした兵士が現にいるのです」
顔をあげて、彼女と視線があう。
アドニスが『堅物』と呼んだ。常に強張った表情。しかし、わずかに口角があがった。
「”自信”を持ってください。そうすれば、アナタにまつわる『危険性』とやらも解決に導くでしょう」
腰をあげて、そう締めくくる。
すると甲板まで登ってくる足音が聞こえてきた。
「ごめんなさい! 中にも魔物がいて──うわわっ、すご!」
カナリアだった。甲板の有り様をみて驚く。
どうやらシエルの読みどおり、船内にも侵入者がいた様子。こうして甲板まで来てくれたということは、無事排除できたみたいだ。
「アイン、この切り身をアークライト家の御曹司のところまで運んでくれませんか?」
少し大きめの布袋を手渡される。中には膾が入っていた。
アークライト家の御曹司と言えば、ジンのことを指しているのだと察する。
「調理担当が彼みたいなので、ついでに今日の献立に役立ててもらいましょう」
「これ、かなり重たいけど……」
小さなカラダでは堪える重さだ。引きずれば何とか運べるだろうが、どうして僕に頼むのだろう。
そんな視線を向けると、彼女は囁いた。
「ついでに彼からも意見を聞いてみては?」
彼女からの計らい。どこまで見抜いているのか。まだ悩みのタネがあるとは言ってないはずである。
でも、これはこれでありがたい。速やかに了承した。
「え、運ぶのなら私が──」
「カナリア・フル・ヴァルヴァレット!」
「は、はい!」
「アナタはここで私と待機です。アナタの扱う魔法は、室内では少々危うすぎます」
シエルが命令をくだし、反射的に「ハイ!」と敬礼するカナリア。
そのやり取りを背中にして、僕は甲板からゆっくりと降りる。
「頼りにしてますよ、アイン」
背中を押す声が、かすかに聞こえた気がした。
今回披露した青の魔法『不協和音』
ヘルツは「Hz」、フンダートはドイツ語で「100」を意味しています。
つまり「100Hz」ですね。魚がストレスに感じる周波数だと調べました。




