エピソード3 先生と
黄昏たって仕方がない。時間は刻一刻と過ぎていくのだ。
甲板から降りて船の内部へとお邪魔する。もっと外の景色を堪能したかったが、きっとあのまま座っていても何の解決にもならない。
こういう行き詰まったときは、誰かに相談するのが一番手っ取り早い。僕は乗客室までの通路を直走った。
「おっと──」
(あっぶな!)
危うくぶつかりそう──というか蹴られそうになったのだが、互いに踏み止まって鉢合わせる。
ピンク髪の少女、クリスだった。
異国への旅路の同伴者は複数人いる。彼女がそのうちのひとり。
本来であれば王都に残っているはずの人物なのだが、諸々の事情があって連れていくことになっていたのだ。
「こんなところでどうしたんだい?」
さすが先生。僕が少しばかり呆然と立ち尽くしてるのをみて、すぐに屈んで心配してくれた。
首をやや傾けながら聞いてくる仕草は、相変わらず見た目相応の可愛らしさ。
彼女になら、いま抱えている問題を解決に導いてくれそうだ。僕は青火にして答えた。
「ちょっと相談したいことがあるんだ」
「うむ、是非とも聞かせておくれー。キミみたいな希少な魔法生物とゆっくり語らえるなんて、それこそ滅多にないからねー」
これも相変わらず適当そうな回答。
大丈夫だろうか……さっそく人選を誤った気がする。
「場所は……ここでいいかい? 甲板に行く途中だったけど、なんだか波が荒れてそうだし、部屋に籠る気分じゃないんだ」
彼女の提案にうなずく。
僕たちは通路の端にうずくまるようにして並んで座り、そして悩みを打ち明けた。
「──なるほどね」
エルドライトのことは伏せた。
彼女から口外するなと釘を刺されていたが、それは彼女自身から突きつけられたという点を省けば問題ないと判断。
クリスも僕の悩みを言いふらしたりする性格はしていないだろう。
「このままカナリアくんについて行くべきか否か……アインくんはもう答えは出てるのかい?」
反芻したのち、聞いてきた。
船の内部はゴウゴウと色々な音が混じって反響する。鉄で作られた技術は、ジン曰く、東大陸ならではの最先端らしい。
ぐらりと揺れて、僕はまたうなずいて答える。
「なら話はすでに決着してると思うんだけどなー」
「それじゃダメなんだ」
暗い鉄の天井。配管が張り巡らされているところを眺めながら彼女はつぶやいた。
今度は首を横にふる。そうそう簡単に割り切ってはいけない。
とある数式があるとして、僕が答えだけを綴ったとしよう。途中式は真っ白なままで。
エルドライトはその”途中式”を聞いているのだと推測される。たしかに、答えが出ていても途中式が無ければ減点対象だ。
だが難しいのはここから。これは数式にあらず。ヒトの心なのだ。
クリスの言うとおり、僕に明確な答えがあるのなら、理由はどうあれそれに従えばいいはずなんだ。
けれども、それを良しとしないのが例の侍女であって──
「じゃあ、こうしてみよう」
またもウジウジと悩みはじめている僕をみて、クリスが提案した。
「いま抱えている状態を一つずつ紐解いてみよう。箇条書き、とでも言うのかな?」
「……と、言うと?」
彼女が一本ずつ指を立てて解説。
「まずカナリアくんと一緒にいたい『理由』、アインくんが持つ『危険性』、そして最終的に自分がどうしたいか──『終着点』とでも言おうか。こうして大まかに分けてみると考えやすいだろう?」
なるほど。彼女の助言に納得する。
言うなれば、盛大に絡まった糸を見て半ば諦めていた状態だった。しかし、こうして一本ずつ分け隔ててみれば単純な結び目だと気付かされる。
僕はひとつの悩みを、大きく捉えすぎていたみたいだ。
さすが先生。人生相談お手のもの。
「こういうときは始めに『終着点』から考えるといいかもしれないね」
一番の難関を始めにもってくる辺り、先生だ。
「僕の、終着点……」
つぶやいて考える。最終的にどうしたいか──
こうやって向き合ってみて初めて見えてくるものがある。しかし、考えれば考えるほど真っ暗闇。
それこそ最初は、自分のことを知りたいと思っていた。
魔法生物とは何なのか、どうして心の欠片という力が宿ったのか、そもそも自分はなぜ生まれ変わったのか……
それも今は昔の話である。
カナリアを支え、キノやレラを助け、テルル村のみんなや王都の民を救った。
それでいいと思っている。これからもそうしたいし、そうありたい。
なら、僕の終着点はそこなのか? 答えは”半々”。
成り行きで助けたというのもあった。でも、根本では”何か”があったんだ。
みんなを救ったのは、その結果にしかならない。
「……羨ましいね」
思いに耽っていると、クリスが唐突に零した。
「うらやましい?」
「そう。『自分の終着点』なんて言われてもそう簡単に答えが出るとは限らない。大抵の場合、”保留”だよ」
膝を抱えながら、彼女はうつむき気味に連ねる。
「普通の人はそんなにも熱心に知ろうとしないさ。私みたいな根っからの研究者から言わせてもらえばね」
彼女の知識は常人を上をゆく。
ドーラ家による探究心の成せる業なのか。すでに”魔法”という領分から逸脱して”科学”まで解き明かそうとしている変わり者。
そんな彼女が、こんな僕に何を羨むというのだ。
「さすがの私でさえも、その答えに行き着くまで何年もかかったさ……いや、今もまだ半分しか答えを出せていない」
「半分?」
僕も同じようなことを考えていたので思わず口に出してしまった。
彼女がうなずく。
「他のモノには興味があっても、自分のことになるとね……だから羨ましいんだ。”内にも外にも”興味津々なキミが──」
一拍置いて、告げてくる。
「キミはよっぽど、色んなことを知りたいんだね」
「知り、たい……?」
ドクン、と灯火が波打った。
瞬間、脳裏にカナリアが映りこむ。
『もっと遠くを見てみたい。色んなことをもっと知りたい──』
ノスタルジア国でアドニスに言った言葉。この旅の始まりとなったきっかけ。
色んな景色を見て、知りたい──
僕の様子をみて、クリスが微笑んだ。
「見つけたみたいだね」
「うん。ありがとう、先生」
「なんだか照れ臭いなー。アインくんみたいな魔法生物に褒められるとくすぐったいよ〜」
元の適当スタイルに戻る。わざとらしく頬を掻きながら、彼女は立ち上がった。
「一番むずかしいところは解けた。あとは何とかできるね?」
大きく頷いてみせる。これ以上、付き合わせるわけにもいかない。
「いい感じに暇つぶしになったよ。じゃ、私は部屋にでも戻るかな」
そう言って歩きだそうとした途端──
ピーピーピー。
「ん? ……おわっ!」
船内に警告音が鳴り響くと同時に、大きな揺れが巻き起こった。
明らかな異常。クリスと転ばないように伏せていると、通路の奥から人影が走ってくる。
「魔物です! 戦える者は甲板に、それ以外は乗客室へ!」
旅の同行者のひとり、シエルだった。




