エピソード2 甲板にて問われる心
僕たちは現在、東大陸へと向かっている最中だった。
大陸から大陸へ。大海原というほどの距離ではないらしいが、見渡す限りは水平線。キラキラと太陽の光を反射させる海。波風に揺られて船は進んでゆく。
だが──
「ンフー! 潮風が我輩のぉ! 体をくすぐるぅ!」
「アークライト様、風邪をひかれますよ」
甲板にて、ジンが半裸で駆け回っていた。せっかくのいい景色に男の肌がチラつく。正直、邪魔でしかない。
その様子を後ろで眺める金髪メイド姿の女性──エルドライト。彼女の隣に立つ形で、僕は景色を堪能していたのだ。
「──すいません。なんか急にお邪魔する形になっちゃって」
乗客室からカナリアが申し訳なさそうに甲板へ登ってくる。振り向く侍女さんに頭を下げた。
ジンとは村の件で一緒に奔走した戦友。しかし彼女とは入学以来の面識であり、改まった態度になってしまうのも無理はない。
奉仕の姿勢を崩さずに、彼女が真顔のまま一礼を返した。
「とんでもございませんカナリア様。もとよりアークライト様の身勝手なご判断です。こちらの方こそ、ご迷惑だったのではないかと──」
じつを言うと、カナリアが旅を決意したのちにジンから申し出があったのだ。アドニスが密かに段取りを進めている時に声が掛かったという。
『我輩の国を案内しようぞ!』突然、両手を広げて高笑いする彼の姿が目に焼き付いている。
東大陸に位置するジンの故郷──そこでヴァンの情報集めをすることとなり、今こうして同じ船に乗っているわけである。
「いやいやそんな! こんな大きな船まで用意してくれているのに、迷惑だなんて!」
エルドライトの対応にカナリアも困惑。両手を振ってお気持ちを遠慮した。
「ですが……」と納得のいかない面立ちの彼女に、頬を掻きながらカナリアは語る。
「たしかに、ジンやエルドライトさんのご厚意はありがたいです。ですけど私は、私の意思で旅に出ようと思ったんです。だからその、あんまり謝られても困っちゃいます」
テヘヘ、と笑って締めくくった。なんとも可愛いらしい仕草である。
その言葉を聞いて、エルドライトは静かに頷いた。
「なるほど、おっしゃる通りで」
前々から思っていたのだが、彼女はあまり感情を表に出さない。メイド故の性なのだろう。まるで仮面でも被っているかのように、表情が動かないのである。
そんな彼女でさえも、カナリアの語りには深く感服した様子。顔をあげた際、少しだけ柔らかい笑みが垣間見えた。
「そうだぞエルドライト! あまり自分を卑下してはいかん!」
「アークライト様、風邪をひかれますので中にお入りください」
甲板の中央から二人のあいだに割って入るのはジン。いつの間にか全身がずぶ濡れになっている。水も滴るいい男とは言うが、彼の場合は些か主張が激しい。さては泳いだな?
そんな彼を見るや否や、侍女が冷たくあしらった。つれない反応に、彼は肩を落としながら甲板から乗客室へと降りていく。
「──貴女の逞しい決意に敬意を評します」
改めて向き合い、エルドライトは素直にカナリアを評価。こそばゆいのか、カナリアが照れ臭そうに言葉を連ねた。
「そ、そんなことは……逆に私、みんなに助けられてばかりですし……エルドライトさんの方が立派ですよ! ジンってホント、いつもあんな感じだから仕える人の気持ちとか考えると大変だろーなーすごいなーって思いますし!」
やや早口で述べると、彼女が小さくつぶやいた。
「……本当に、羨ましい」
「え?」
「なんでもございません。カナリア様も中へ入った方がよろしいかと。波が高いので濡れてしまいます」
唐突にカナリアの肩を背中から押し、乗客室へと帰そうとする。
どうやらジンがずぶ濡れになっていたのも高波のせいらしい。てっきり泳いだものかと。
「ちょっと待ってください! 私、アインを連れ戻しに──」
「マナニア様ならワタクシがお運び致します。今は一刻も早く中へ」
やけに強引。カナリアも渋々了承し、甲板から姿を消した。
これで甲板には僕とエルドライトとの二人きり。まだ日は高く、潮風と波の音が混ざる。
「──どうしたの?」
僕は灯火を青色に変換して声をかけた。
さっきの流れを側から聞いていた身としては、少々警戒する。わざわざ人払いまでしたのだ。
「ついでにアナタにも聞こうと思いまして──アナタは何故、カナリア様と共に行かれるのでしょうか。"ただのマナニア"なのに」
強調して、彼女は問いかけてくる。
「……なにが言いたい?」
この時の僕は少しムッとしていた。
嫌味のある言葉だ。僕だって元は人間。当然の感情である。
「聞くところによれば、悪魔の再来はアナタに由来しているそうじゃないですか。そんな危険なものが主人の近くにあるとなれば、然るべき処置を行うのも侍女の務め──」
どこから聞いた情報だろうか。確かに、ノスタルジア国に襲撃してきたアディシェスは僕を狙っていた。彼女はそこを突いてくる。つまるところ、敵視しているのだ。この魔法生物を。
ここは海のど真ん中。返答によっては突き落とすということだろう。僕は正直に話した。
「僕はカナリアの助けになりたい。だから──」
「だから一緒についていくと? 聞いての通り、先のお言葉を頂いてワタクシは感激しました。もう彼女に手助けは不要と感じられます」
「────」
「逆に、アナタがいれば危険に巻き込まれる可能性だってある。彼女はアナタを甚く気に入っている様子ですが、ワタクシから言わせて貰えば、依存してるようにも見えます」
「ちがう!」
ついカッとなって否定した。しかし、ムキになればなるほど図星なのだと気付かされる。
僕らの関係性を見てもいないくせに憶測で抉ってくる異国の侍女。だが、その瞳から伝わってくるのは敵視であって敵意じゃない。まるで審判者だ。
言い返したいのに上手く言葉が出ない。僕の様子をみて、彼女はゆっくりと目を閉じた。
「……今すぐどうこうは言いません。ですが、ワタクシが納得のいく答えを用意できなかった場合、速やかにワタクシたちの前から消えて頂くことを進言いたします」
勝手なことを言う。
しかし、彼女は本気である。カナリアにしがみ付こうものなら海へ投げ捨てられるだろう。これから世話になる身だ。有耶無耶にはできない。
「時間は到着までに。口外も控えてください」
彼女はそう言い残し、甲板をあとにした。
ポツンとひとり、取り残された僕。先程の言葉が魚の骨みたいに刺さって飲み込めず、ずっと脳内をぐるぐると巡っていた。
どうやら今まで成り行きで進んだツケが回ってきたようだ。『カナリアのため』という本心を訴えても、きっと否定されるだろう。
(どう答えればいいんだ……)
思わぬ壁が立ちはだかる。
僕は青空を羽ばたく渡鳥を眺めながら、黄昏れた。




