聖邪の夜その1
クリスマスということで、本編とはあんまり関係ない話を書きました。
ささやかな物語を、お楽しみください。
「困りましたね……」
神父が眉をさげて呟いた。
場所は教会。正体が悪魔だとしても、神父の姿でなら堂々と入り浸れる。それが彼の強みだった。
しかし、教会は静かすぎた。
それも当然。廃墟と化した建物だからである。ステンドグラスは割れ、内部は荒れ放題。至るところに雑草とツタが生えている。年月が経ったイスも朽ちており、とても座れたものじゃない。
こうした場所はいくつも存在している。神に見放されたと勝手気ままに教会を去る人間は、山程いた。
いまは昔──暗黒時代の真っ只中。
「よぉ、なに渋い顔してんだ?」
そんな静寂に包まれた場所に、もう一人の悪魔が参上。
「貴方ですか、ケムダー」
悪魔は基本的に自由奔放な性格を持つ。とりわけ彼の場合は神出鬼没と言って差し支えない。
やってきた理由もひとつしかあるまい。どうせ冷やかしだ。
「なんの用でしょう?」
「用もなく来ちゃダメなのかよ」
「暇人の相手も疲れると言っているのです……いや」
閃いた。
「この際です。貴方にも手伝ってもらいましょう」
「あ?」
妙案だと手を叩くヌートは、彼に”困っている原因”をみせることに。
長身によって隠されていたものが露わになる。
「だれだこりゃ?」
「…………」
そこには白いゴッシク服を纏うひとりの少女が静かに涙を流していた。
これには貪欲の悪魔も苦い表情。
「……おいヌート、オレは別に他の悪魔どもの趣味趣向にケチつけるつもりはねぇが、人攫いするにしても、もーちょいなんかあるだろ」
「なぜわたしの趣味趣向の話に?」
ケムダーの意見に対して首をひねる。
たしかに世の子供たちには清く育ってほしいと願う。神父ゆえの性だ。
しかし彼は何やら誤解している様子。
「なんの冗談かはさておき、この子は新たな"不安定"ですよ」
「はぁ⁉︎」
真実を告げた途端、仰天。
指をわなわなと少女に向けて問いつめてきた。
少女──イーァツブスに至っては、彼の声に肩を跳ね上げて、震える有様である。
「こ、ここ、コイツが? あのイーァツブス? この間までキーキーうるせぇヒス女だったじゃねーか!」
「ええ、だから"新しい"と申し上げているのですよ」
悪魔の特徴のひとつ。彼らは『代替わり』を行う。
『クリファ』に与えられた座は、全部で十。
それぞれの悪徳に則した本質。そして罪と業を背負って生まれいでる。
ヌートが補足した。
「元々、無数の魂の集合体。しかも澱みだけを濾され、寄せ集め、誕生する──それが我々です」
「要は"消しカス"ってワケだよな?」
うなずく。
「さらに言えば、彼女の座──その悪徳ゆえに悪魔としての寿命が短い……以前、貴方と会ったであろう彼女は、もう自己崩壊してしまいました」
「そういうことか……」
ギザギザの歯を剥きだしにしながら、ケムダーは哀愁を漂わせた。
古株の彼でも『悪魔の代替わり』──しかも産まれたてを拝むのは初めてだろう。同族の顔合わせなんて百年に一度あるかないか。代替わりしても、前任者の顔なんてとっくに忘れている。
複雑な感情が渦巻いていると、新米の目でも伺うことができた。
はずなのだが──
「がーはっはっはっはっ!」
突如、豪快に笑いはじめる。
「……つかぬことをお聞きしますが、何がおかしいので?」
「いやなに、あのヒス女よりこっちの方が静かでイイと思ってよ。テメェは知らねーと思うが、前の"不安定"はそりゃあもう変人かつ狂人。同族にすら嫌煙される可哀想なヤツだった」
彼が神父に向きなおりながら過去の"不安定"を語る。
この『超』がつくほどの野心家から『変人狂人』を謳わせたのだ。出会う前に消えてくれたことに感謝の意を示さざる得ない。
「んで、なんで困ってんだ?」
我に返って、彼が本題を聞いてきた。
「そう。ここから問題なのです」
メガネをクイっとあげ、言葉にしようとしたところで、少女から声が発せられた。
控えめな、小さい声。しかし訴えかける強い意志。
「クリスマス……!」
「あ?」
聞いたことない単語に、ケムダーが眉をひそめる。
「なんだそりゃ?」
「貴方が知らないのも無理はありません。あちらの世界には『天主の生誕を祝う日』というのがありまして」
「んだよ、人間の教えかよ」
興味なさげに肩を落とす彼。
しかしヌートは説明を続けた。
「ええそうです。彼女の核にはまだ生前の記憶があるようでして……曰く、生誕祭を過ごしたのち、夜明けには"ぷれぜんと"なるものが枕元に用意されている、という催しがあるそうです」
「ぷれぜんと?」
「赤服を羽織る御仁──"さんたさん"と名乗る聖者が願いを叶えるためにやってくるのだとか」
「へぇ……」
ケムダーの顔に、笑みが生まれた。
興味を惹かれる話だ。願いの成就は、悪魔なら全員ノドから手が伸びるほどの代物。
それは彼にとっても例に漏れず。さらに神父でさえも、奥底では気になっている。
この場において、純粋にクリスマスを求めているのは少女ひとりのみであった。
「願いを叶えるジジイか……そんな存在を知っていて、なんでオレに教える。物質主義のテメェが」
今度は睨んで問う。当然だ。
ここでいう"物質主義"とは、何事においても"物"でしか測れない邪なる者を指す。
例えば『身なり』。富豪と貧民の差は歴然だろう。どちらも危機に瀕したとする。
心ある者ならどちらも助けよう。もしくは損得を顧みず、どちらかを助けるだろう。
しかしこれがキムラヌートならばどうだ。答えは簡単。より価値のあるモノを救い、請求し、吸い尽くす。
歴代のキムラヌートは"貪欲"に負けず劣らずの物欲をもつ。違いがあるとするなら『カタチあるものか』、『カタチなくても』か。
ここにいるケムダーでさえ、欲を前にしても踏み止まるのだ。それぐらい、注意が必要な相手。
「そう警戒されるのは心外だ──」
だが、この男は一味ちがう。
糸目から瞳を覗かせて語った。怒っているのか、口調も変わる。
「たしかにわたしは悪魔だ。しかしその前に、一匹の迷える仔羊にすぎない。この子が望む"くりすます"とやらを、わたし自身がこたえてやりたいと思ったまで」
「…………」
ウソは、言ってない様子。
彼が両手をあげて降参のポーズを取った。
「わーったって。んな怒んなよ」
「よろしい」
ヌートが柔和な笑みを作ってうなずく。
掴みどころのない性格。お互い様だった。
「んで、話はだいたい理解したし、しつこいよーで悪りぃんだけどよ。なーんで困る?」
彼の言うとおり、クリスマスという祭りに参加したいのであれば参加すればいいのだけの話だ。
赤服の御仁から贈りものも寄越してくれるそうではないか。なにを躊躇う必要があるというのか。
「さっきも言いましたが、これは"催し"です。そして、そんなものがこの世界にもあるとは到底思えないのです」
溜息をつくと、少女が今にも泣きそうな表情。ヌートが慌てて宥め始めたのだ。
なるほど。つまり、その"くりすます"とやらに似た人間どもの催しを探せというわけで──
「って、できっかぁーー‼︎」
ケムダーの声が木霊した。
「いまから世界一周旅行でもやらせんのか? 冗談キチィ」
「そこをなんとかできませんか」
「そこんらのニンゲンのほうがまだマシな注文してくんぜ」
愛想が尽きたのか、彼が手を振って背を向ける。
いくら貪欲とはいえ、かかる浪費ぐらいは視野にいれる。よっぽど掻き立てられるものであれば話は別だが、当のヌートを見るに、期待はうすい。
「そもそも、オレ様がソイツの願いをなんで聞かなきゃならねぇ。欲しいモノは奪うってのがオレのスタイルだぜ?」
口にして、よけい馬鹿らしくなる。
とっとと去ろうとしたとき、背後から服の裾を掴んできた。
「…………」
「……くりす、ます」
後目にして確認。例のゴスロリ少女が、両手で裾を引っ張りながら上目遣い。
「サンタ、さん……」
「────」
どうも弱い。むかしの"不安定"と同一個体とは想像できない。
その無垢な目と声、そして手を伸ばされると逆らえない。
「珍しいこともあるものですね。貴方が葛藤とは」
「あーあー! うっせぇうっせぇ!」
黒髪をガシガシと掻き乱したのち、ケムダーがついに諦めた。
「……いま近くに"アディシェス"がいるみてぇなんだ。アイツならなんか知ってんだろ……行くぜ」
背中を向けたまま歩みを再開。
再度後方を一瞥すると、少女は「いいの?」と首を傾げていた。
ヌートが彼女の小さな肩に手を乗せて「行きましょう」と促す。揃って彼の背中を追いかける。
アディシェスの元まで向かう道中、ヌートがおもむろに口をひらく。
「感謝致しますよ、ケムダー」
「礼なんて要らねえよ」
「貪欲な貴方が要らないとは……聖なる夜というのは、まっこと恐ろしいものですねぇ」
「ぬかすんじゃねーよ」
それ以上、三人は何も語らなかった。




