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転生魔法生物が世界を救うまで、あと  作者: カイザー
第一部 五章 〜虚の王〜
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エピソード107 夢に向かって

 王都混乱の一件から早一週間が過ぎようとしていた。

 その間、まるで地獄のように忙しい期間だった。


 村から帰還したアドニスの部隊が鎮火した跡地を整えつつ、僕たちはアドニスから事情聴取を受けた。

 一足先に王都に向かった僕たちに、起こった出来事は大きく三つ──


 一つ目は、王子エルウィンが興した王権復刻の件。

 国中を巻き込んだ催眠術によるゾンビ化と並びに、王政が執り仕切る政治権の剥奪。この問題は、今後の政治による舵取りが一時的に麻痺状態へ陥ってしまう程の打撃を生んだ。


 問題はそれだけじゃなく、主犯であるエルウィンの行方が消失してしまった事の方が大きかった。

 謀反とはいえ、王族。そう簡単に故人扱いするわけにはいかない。捜索部隊が派遣される事となった。

 政治に纏わる話は、僕たちが出来る範囲を超えているのでシエルが救出した王政貴族の人たちに一任される事に。


 他の二つは──


「おい、フル・ヴァルヴァレット。泣くな」


「な、泣いて、ません……」


 現在、僕たちはノスタルジア国で粛々と式を行っている最中だった。

 喪服に着替えたカナリアとアドニスを筆頭に、ほか大勢の人間が重たい表情を浮かべて立ち並ぶ。平民貴族、関係なく。


 静かに降りしきる雨の中、一際見渡しのよい野原にて、棺を埋葬する。

 一人ひとりが順番に土を手に取って、静かに黙祷したのちに、掘った穴に向けて棺に被せてゆく。


 生前、葬式で行われる焼香を思い出す。

 葬儀の際に細かく砕いた香を摘んでパラパラと落として焚く行為──それを彷彿とさせる。


(確か、死んだ婆ちゃんの時も……)


 ハッキリと生前を思い出したわけではない。

 だけど、ルースリスの一件から僕の生前の記憶がフラッシュバックすることがある。

 この世界で執り行われている葬式でも、それは例外なく発生したのだった。


 ひとしきり土が被せられ、墓石がその上に置かれる。まるで蓋をするような光景に、少し寂しさを覚える。


『ミラ・ノスタルジア・カーネリッジ──ここに眠る』


 この世界の文字はまだ読めないけれど、そう書かれているのだと頭の灯火が告げていた。

 一通り終えた途端、彼女の墓標を見て堰を切ったように涙を流す人が続出。皇女として、多くの人に愛されていた証であった。

 カナリアも墓標を遠く見つめて、頬に涙を伝わせる。

 雨と混じって、涙は流れてゆく。


──これが、二つ目である。


「すまないな。私が出来ることは、このぐらいだ」


「いえ、すごく助かりました」


 人集りが減ってゆく中、カナリアは鎧兜(ぼく)を抱えたままアドニスに頭を下げた。

 彼女は濡れた頭を掻いたり、重くなった服を絞ったりと終始落ち着きがない。


 この国の葬式は雨の中で執り行い、止むまで傘を差してはいけないという風習があった。

 そのためか、タバコが思うように吸えない彼女にとって、葬式は思った以上に堪えるらしい。だからこそ、戦場で生きる彼女は死者を出さぬよう己を磨き上げてきたのかもしれない。


「……貴様の父は、まだ見つからないか?」


「ええ、まぁ……」


 ノスタルジアに到着して告げねばならない相手がいた。

 本来、この場を執り仕切るのは国王ベールである。しかし、彼と英雄ユースの行方が消失したと聞いたとき、カナリアは驚愕と同時に安堵もしていた。


「きっと、父さんたちは知ってたんだと思います。だから、何かしらの方法を──」


「カナリア」


 珍しくアドニスが呼び捨てで止めた。静かに首を振る彼女を見て、カナリアはハッと自分の失言に気付く。

 言おうとしていたことは、おそらく”摂理の法度”。冗談でも言っていいことではない。特に、今は。


「あの、ヴァンのことは──」


 失言から離れるべく、カナリアは弟の話へと切り出した。


──これが三つ目。ヴァンの失踪である。


「ああ、その辺についても話しておくか」


 思い出したかのように答え、アドニスは口元を手で摩る。

 いつもの癖だと思われるが、これは同時に他の人間に聞き耳を立てられないようにする細工でもあった。


 それだけ、ヴァンの話は秘匿事項に当たるのだと、彼女は小声で告げた。

 曰く、メタトロニオス大聖堂での騒動で、彼の姿を見た者は多く、変貌を遂げたという事実も軍部に知れ渡っているという。


「民間人からの情報で、”鉄の竜”を見たという噂も絶えない。ノスタルジア国を襲撃しに来た件も相まって、これ以上隠し続けるのは難しい。軍部からでも、近いうちに公表されるだろう──」


「えっと、つまり……?」


「どのような経緯であれ、彼は街を破壊した張本人。十中八九、指名手配される」


「そんな──」


 衝撃的な事実を告げられ、カナリアに動揺が走る。

 中世西洋を思わせる世界だからと、軍部の調査力を侮っていた。さすがにあれだけ暴れたヴァンを見逃すほど、世間は甘くない。


「貴様も怪しまれているのだぞ、アイン」


「……?」


 鎧兜の中にある灯火が雨で消えないよう努めていた僕に、アドニスが声を掛けてきた。


「王子が率いていた信徒たちを捕まえ吐かせた情報だ。あの場に貴様も居合わせていたのだろう?」


 すべてお見通しというわけである。

 彼女は何も言わず黙っている僕を一瞥して、「ふぅ」と溜息をついた。


「ここに来た理由は他にあった。ベール国王に後ろ盾の協力を煽りたかったが……それが叶わぬ以上、貴様らが今後ともこの国──いや、”この大陸”に居座れるか分からんぞ」


「────」


 煽り立てる言葉に、頭を悩ませる。

 いずれ情報は全土に知れ渡る。指名手配犯の身内というだけでも手錠沙汰なのだと、彼女は暗に述べていたのだ。

 捕まるに至らなくても、迫害の的にされるだろう。僕たちの未来は、立ち込める暗雲と同じように暗いものとなっていた。


「……少し、考えさせてください」


 カナリアは消え入りそうな声色で呟き、アドニスから背を向けて立ち去る。


「ああ。じっくり悩め」


 背後からの言葉が、次第に強まる雨と共に冷たく降り注ぐのであった。




 トボトボと、アテもなく森の中を歩くカナリア。

 雨音が強まり、風が吹く。


「……風邪、引いちゃうよ」


 僕は見てられなくなって、青火を炊いた。

 俯いたまま彼女は何も答えず、ただひたすらに歩幅を小さくして歩く。

 どれだけ時間が経っただろう。いつの間にか森を抜け、かつての”西の果て”に来ていた。


 当時、僕たちはここで初めて悪魔と対峙した。ヴァン、ミラと共に奔走した記憶が蘇る。

 あの頃と違う点を挙げるのなら、崖下の海が荒波を立てているのと、水平線も霞が掛かって見渡せないというぐらいだろうか。

 景色だけが変わっているはずなのに、こうも寂しく、広いと感じる。


 今のカナリアの心の有様を描いているようだった。


「──あれって」


 しかし、一つだけ目に止まるものがあった。

 この場に似つかわしくない、ポツンと立つ小屋。

 ちょうどいい。雨粒が大きくなっているし、王宮まで戻るにも、遠くて時間が掛かる。


「あそこで雨宿りしよう?」


「……うん」


 カナリアは頷いて小屋の方へ歩き進めた。


「カギは……付いてないね」


 軒下に着き、さっさと手足を生やして扉に近寄って、開いているか確認する。

 小屋の扉は、ギィっと音を立てて静かに招いていた。


「入ろ?」


 呆然と突っ立っているカナリアの手を引いて、小屋の中へ入ってゆく。


 中は新築同様で、木材の匂いが強く立ち込めていた。

 入ってすぐのところにはテーブルとイスがあるが、これまた素人の手で拵えたような作りであった。

 この国の家具類はあまり釘や金具を使わない。貴族たちが持つような一級品ならまだしも、民家にある家具類は精巧な作りで鉄を使わず組み立てられている物ばかりである。それでも、その手の職人たちが工夫を施して、個性を出していた。


 しかし、このテーブルとイスは、あまりにも味気がない(シンプル)

 機能だけしてればよいという考えが浮き彫りになった代物。


(まぁ、無いよりかはマシか)


 僕はカナリアをイスに座らせて、辺りを散策。

 なにか暖のとれるものがないか探すが、暖炉もなければ釜戸もない。


(仕方ない)


 僕は早々に諦めてカナリアの元に戻り、テーブルの上に座ってベンテールをあげた。

 暖がとれるか分からないけれど、自分の灯火を使えば気休めにはなるだろうと踏んだ。

 暗かった小屋にひとつの明かりが灯る。


「……ありがと」


 そんな心遣いを、彼女は無理やり笑みを作って感謝を述べた。

 嬉しい反面、悔しさが僕の中で燻る。彼女の暮れる傷心に、少しでも温もりを与えたかったが、逆に気遣いをされてしまった。


「──そういえば、ここって」


 打ちつける雨音が天井から鳴り続ける中、カナリアはふと、視線をあげた。


「魔女様の家、だよね? ていうか壊れたはずじゃ……」


 呟きながら過去の記憶を掘り返す。


「あの時、アインをミラのところに行くところだったんだ……父さんとケンカして、泣いて、逃げて、それで──」


 戦って、生き延びて、王都に行くように言われて──

 彼女はそこで遠い目をして、涙が溢れた。


「なんで、こうなっちゃったんだろう……アインは街を守ったのに。ヴァンはミラのことが悲しかっただけなのに……」


 テーブルに突っ伏して、流れでた涙を僕から隠す。

 襲い掛かる不条理に、僕たちはどこまでも無力。それを痛感させられた。


「────」


 不意に、カナリアの腕に何かが当たったのか、くしゃりと音を立てた。


「これって……」


 彼女も気付き、赤く腫らした目を指で拭ったあとで手に取る。

 それは、木と木の間に挟まった一通の手紙だった。


 カナリアがそれを手に取り、目を通す。


「……読めない」


「?」


 読めないとはどういうことだろうか?

 僕は手紙に綴られている文字を覗きこんだ。


(これ、”日本語”だ)


 長年の時を経て忘れているのだろう。所々、文脈がめちゃくちゃだし文字も下手なものだった。

 しかし、確かに日本語である。もちろんこの世界での文明ではない。


 僕は青火に変換して冒頭だけを読みあげた。


「しんあいなる、とも──」


「アイン、読めるの?」


「なんとなくだけど」


 カナリアから手紙を渡され、僕は手紙の内容を引きつづき声に出す。

 手紙には、こう書かれていた。


──親愛なる朋へ。誰かに読まれるわけにはいかないので、この文字で書く。お前なら解読できるだろう。

 俺とベールはお前を探しに行く。訳ありだ。この手紙を読んだらお前も分かりやすい合図をよこせ。


「『あと、前の家は娘が壊してしまったみたいだから直しておいた。許せ』」


 宛先不明、差出人不明。まるで合言葉のような置き手紙。しかし、『娘が壊した』と聞いてカナリアが顔をあげた。


「父さん──」


 僕から手紙を取り上げ、読めないのに見つめはじめる。

 次第に涙を浮かばせた。悲しみからではない、ある種の希望を見つけたかのように。


「魔女様を探しに行ったんだ。王様と一緒に……」


 父たちは逃げ出したんじゃないかと不安に思ったこともあるだろう。

 しかし、手紙に込められたメッセージは図らずも娘を慰め、ある閃きへと至らせた。


「そっか……行けばいいんだ……」




 そこからのカナリアは迅速だった。

 手紙を元の場所に戻し、僕を担いで小屋を飛び出す。森を駆け抜け、アドニスの元まで直走る。

 ひと時の雨宿りのおかげか、降る勢いが弱まっていた。


「アドニスさん!」


 未だミラの墓所の前で突っ立っていた彼女を呼ぶ。

 待ってくれていたのか。服はもうずぶ濡れで、真紅の髪が服に張り付いていた。

 まぁ、お互い様であるが。


「どうした。そんなに焦って」


「わ、私──」


 振り返る彼女に向かって、カナリアが走って疲れている肺に大きく息を吸い込んだ。


「ヴァンを、探します!」


 雨が、やんだ。

 雲の隙間から陽射しが入り、カナリアを照らした。体中から滴る雫がまるで宝石のような輝きをみせて。


「探す? どこに行ったかもわからないのだぞ?」


 カナリアの決意に、アドニスが問う。だが、少しニヤついた。

 彼女も確信している。


 これが最善の答え。

 大陸(ここ)にいられないなら、旅立てばいい──


「私を縛る枷はもうありません……いえ、枷なんて本当はなかったんです」


 以前は、父に縛られていた。夢への一歩として王都に向かい、様々な経験もした。

 けれど、彼女の本当の”願い”はまだ叶っていない。


 カナリアの背中に、美しい白翼がみえた気がした。


「私は、私の”夢”を叶えます」


「弟を探すのが夢か?」


 首を横に振る。


「もっと遠くを見てみたい。色んなことをもっと知りたい。そりゃヴァンも心配だから探すんですけど……でも、だからって自分に嘘をつきたくない。着飾りたくないんです──」


 胸に手を当てて述べたあと、瞳をまっすぐ向けてハッキリと告げる。


「私はもう、迷いません!」


「──よくぞ言った、カナリア・フル・ヴァルヴァレット」


 アドニスが懐からタバコを取り出して火をつけた。

 清々しい表情を浮かべて、うまそうに煙をふかす。


「行ってこい。その準備ぐらい手伝ってやろう」


 なんだかんだ、彼女も先生なのだ。面倒見がいい。


「はい!」


 カナリアは元気に返事をした。

 空にはまだ雨雲が残る。だが、それでも差し込んでくる光が僕たちを包み込んだのだ。


第一部 〜完〜

これにて本当に一部が完了しました。引き続き、第二部をよろしくお願いします!

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