エピソード106 その後
一部最後が少し納得いかなかったので前ページを少し改稿して続投します。そこまで長くないです。
怒り狂う”鉄の竜”が流星の如く去ってゆく。
その一部始終をまるで劇場でも観ているかのように、建物の屋根に立って眺める二人の悪魔──内の一人が踵を返した。
「オイ、もー行くのかよ」
「ええ、得られた情報を元に修正を加えなくてはなりませんので」
「へいへい、そーかよ」
糸のように目を細めて、神父”キムラヌート”は尻目でもう一人の悪魔の背中を一瞥した。
”ケムダー”。彼の狙いは、おそらくヌートが望むものの横取り。しかし、それにしては些か妙な働きをする。
猫背な彼の背中からは、何も読み取れない──
「貴方も充分にお気をつけて」
最後に世辞のひとつも投げておいて、今度こそその場から立ち去る。
ヌートの気配が消えてから、益荒男は鼻を鳴らした。
「テメェこそ、後ろには気をつけな──」
もはや聞いている者すらいない。彼は「ヒヒヒ」とギザギザの歯を剥き出しにして笑う。
これから起こる出来事に、心を踊らせながら。
「さぁて、どうするよ──"器"と愉快な仲間共」
見下ろす視線の先には、ヴァルヴァレットの娘と鎧兜が街の火消しに協力して奔走している。
つまらない事後処理に早々飽きがきて、ケムダーは次第に空を見上げた。
「テメェも動くんだろ? なぁ、”ツァーカブ”」
かつて離反した仲間の名前を口にして、彼は落ちゆく夕陽と共に闇へと消えてゆくのであった。
一方、ノスタルジア国──
「呼んだか、ベール」
宮殿にて小さな玉座に腰掛ける国王ベールの元に、かの英雄”ユース・ヴァルヴァレット”が無礼にもズカズカと入り込んだ。
常に片手には酒瓶を携えており、隙あらば一口煽る。ボサボサの黒髪と無性髭も依然として変わらず、紅潮した頬に酸っぱい息を吐く姿は相変わらずだった。
「ユース、よく来てくれた」
「御託はよせ。お前からの呼び出しなんざ、どうせロクな事じゃねぇ」
一口、酒瓶を煽る。口の端から葡萄酒が零れ、真紅の絨毯にシミを作った。
小国とはいえ、国王の御前であるまじき行為を繰り返しても、咎める者は一人もいない。否、咎めるも何も、周りに誰もいないのだから当然である。
国王ですら、寛容なことに触れもしないのだ。
だからこそ、ユースは嫌な予感を察していた。
いつもなら小言の一つは飛んでくる。兼ねてより、共に世界を救った仲間である。常日頃の行いに対する嫌味など、数え切れないほど述べられた──にも関わらずだ。
「ベール、何があった」
いつになく神妙な面立ちの彼を見て、ユースは酔うのを辞めた。
こういう時ぐらいは、真面目に付き合ってやるのが朋というもの。
国王は、しばらく俯いてから口を開いた。
「……かつての”約束”を、覚えているか」
「──っ! まさか!」
その一言で驚愕する。
彼が戦友と交わした過去の約束を持ち出すような出来事など、一つしかなかった。
「何かの間違いじゃ──」
「────」
「そんな……!」
訂正を要求するが、静かに首を横に振って答えるかつての仲間の姿に、ユースは持っていた酒瓶を落とした。
酒瓶は、絨毯を転がってその中身をぶち撒ける。まるで血溜まりのように、紅い液体で汚すのであった。
「故にユースよ、共に来てくれ」
ベールの誘いを耳にして奥歯を食い縛る。
どうして、いつもこうなっちまうんだ──
彼の中で渦巻く後悔の念は、誰にも伝わることなく胸の奥へと仕舞われた。
「──わかった」
剣のように鋭い双眸を閉じて、ユースは承諾した。
この世界は、いつも俺たちから大事なものを奪っていく──
二人の息子と娘の姿を最後に思い描きながら、男二人は宮殿を後にした。
その夜、ノスタルジア国では大きな問題に直面することになる。
国を統べる王と、かの英雄が忽然と姿を消えてしまったのだ。




