エピソード105 鎧騎士VS鉄の竜
◆◇◆◇◆◇
聖堂を出たところで”あるもの”が目に入った。
ヴァンが持っていた護衛騎士のみに許される紋章の入った鞘が、地面に転がっていたのだ。
おそらく、何らかの拍子に飛ばされてしまったのだろう。
折剣自体は現在、ミラの元にある。
自らの手で大事な人を刺してしまった過ち。ヴァンの事を考えれば胸が詰まる思いだ。カナリアが言う”暴走”というのも頷ける。
僕だって、ミラとは大事な仲間だ──同情なんて生優しい気持ちではない。
だけど、それでも止めなくちゃならない──
(借りるよ)
僕は灯火でミラに告げ、鞘を手に持って駆けだす。
向かう先はヴァン。
(今どこに──ッ!)
探し回る必要はなかった。空の彼方から閃光が轟音と共に輝きを放っていたからだ。
(っ、ヴァン!)
視界で彼の姿を捉えた。
しかし、変貌した姿に驚きを隠せない。
鋼鉄のツバサ。巨砲の右腕。腰から生えてうねる、尻尾のように連結した鉄屑。左腕に関しては傷だらけの生腕が伸びていたが、皮膚の至る所が鉄に侵食されていた。
気を取り戻した時、嫌な予感はしていた。
手を翳すヴァンが言い放った『”力”を寄越せ』という言葉。灯火の中にある筈の”可能性”の欠片の消失。そして、あのカケラの元手は、”かの悪魔”のもの。
どのような手口を使って奪われたのかは不明だが、今の彼はまさしく”鉄の竜”。
怒りのまま暴れれば、カナリアの言う通り、この国の住人たちは無事では済まない。
村にいた時、アフェクがヴァンを見た途端に言ったセリフが脳裏を過ぎる。
『わたしにはこれから起こることは分からない。だが、おそらく凶事だ』
彼には何か感じ得たのだろう。この状況を予測は出来なくとも、何かが起きると──
「ウォォォオオオ──‼︎」
”鉄の竜”が雄叫びをあげる。
更なる変貌が、彼を進化させる。
鋼鉄のツバサが生える背中部分の下。腰辺りから左右に二本の筒が現れた。
(まさか──)
二本の筒を前方に構え、さらに右腕も構える。
閃光が三つの筒の中から収束し、放たれた。
バスターカノン──ロボットものの漫画やアニメでよく見かける仮想の武器、または兵器。
巨大な閃光を放つ先は、あろう事か”街”だった。
並ぶ家々が、聳え立つ建物が、軒並み破壊され、燃え尽くす。
(なにやってんだよ──ヴァン!)
怒り任せに問い掛けても何も解決にはならない。
あれだけカナリアに啖呵切っておいて、暴れ狂う”鉄の竜”を止める手段がない。
白も、青も、緑も、この場では彼を止める手段にはなり得ない。
──結局、僕は小さな魔法生物にしか過ぎないのか……?
諦めが徐々に蝕んでくる。
立ち向かうための心が、次第に腐食されてゆく。
──ただ、見てるだけしか出来ないのか……?
巡らせる思考が躓きはじめる。
首を振って知恵を叩いても、空中にいる彼を止める手段が思い浮かばない。
奪われた”可能性”のフラグメントの消失も大きい。アレの強奪こそが、僕の飛躍的な成長を妨げていた。
──ただの凡人が、夢を見すぎだ。何も出来はしない。
本当に。本当にそうなのだろうか……
ふと、脳裏にある光景が過った。
『私も、私もまことのこと──』
幻想で追体験した、綾瀬の最後に見た姿。
それが、倒れ伏すミラの姿と重なった。
もしこのまま何もしなければ──そう考えた途端、バチバチと灯火に火花が散った。
(──違うだろ!)
僕は即座に灯火に手を伸ばした。
ここで諦めるなんて違う。間違っている。
──どうすればいい。
──どうすればヴァンを止められる。
──力を貸してくれ、みんな!
灯火の中に眠る心の欠片の数々。
【自由】、【信頼】【勇敢】、【命脈】、【慈愛心】、【憧れ】、そして【もうひとつ】──互いが共鳴し合って輝きをみせた。
『兄ちゃん達には勇気をもらったんだ。今度はぼくも戦うよ!』
『アインには助けてもらったんだもの。レラもがんばる!』
まずは【勇気】が蝕む諦観を打ち破り、【命脈】が大気中のマナを掻き集め、俯いていた顔を上げさせてくれた。
『自身が思い描く、最も強い自分。それが憧れへの近道だ』
『情けないから、アタシが協力してあげる!』
次に【憧れ】と【慈愛心】が変化をくれる。
小さかった体が、成人男性ほどの大きさに象って、再構築された。
鎧兜だけでなく、籠手や脚鎧などの白い鎧が生まれ、体を覆う。
『アタシたちの大切な息子──お願い』
『きっと救ってくれると、信じています』
【信頼】が心に熱をそそいでくれた。
腕に、手に、力が籠る。
『ヴァンは苦しんでる。だから助けてあげて。私も力を貸すから!』
『アナタは独りじゃない。私たちが付いています』
そして【自由】が白銀の翼を与えてくれた。背中から羽化するように羽根が伸びる。
【もうひとつ】も、持っていた鞘に宿って輝きを放つ。
『心の想いを伝えるには、言葉が必要だ。彼に直接言ってやれ。わたしも付き添ってやる』
【青のセフィラ】が笑いかけ、頭の灯火が青火に変色。
(ありがとう……みんな──)
変貌を遂げたのは彼だけじゃない。
心を繋ぐ力が、灯火を介して僕自身にも変貌を遂げさせた。
白騎士の誕生──
かつてルースリスが体現した漆黒の鎧の姿を模倣し、鎧騎士と成った。
僕は地面を蹴って跳躍し、翼を羽ばたかせて空へ。
「ガァァアア!」
”鉄の竜”が二発目の閃光を放とうとしている。
すでに彼の目前にあたる風景は大火となっており、破壊の暴虐を露わにしていた。
二発目も撃てば、今度こそ国全体が焦土と化してしまう。
「はぁぁぁあああ!」
そんなのは、僕が許さない──
下から飛翔する勢いのまま、鞘を構えて突撃した。
「──ッ!」
突きあげた鞘の攻撃。察しが良いことに、”鉄の竜”は右腕を盾に防いだ。
血走った眼と青の灯火がぶつかり合う。
「ジャマを、するなぁぁ‼︎」
「ヴァァァン‼︎」
赤色と青色の波動が生まれ、空を轟かせる。
今ここで、正気に戻させる!
「お前がやりたいのは、こんな事じゃないだろ!」
「黙レェェ!」
迫り合いが弾かれ、互いに間がひらく。
その間に僅かな刹那──”鉄の竜”が右腕の形状を変化させた。
剣だ。歪な形を成した鉄の剣を剥き出しにし、再度ぶつかり合う。
「くっ──」
成りたての体に未だ慣れず、押され気味になった。
その隙を逃す彼ではない。
「くたばれ!」
脇の隙間から筒が伸びてきた。
腰に備わった”バスターカノン”を、この至近距離で向けてきたのだ。狂気の沙汰が成せる技である。
「──”白”」
咄嗟に”時止め”の魔法を使おうとした時、彼がニヤリと嗤った。
「”クリファ”!」
「ッ──」
どくん。と脈打つと同時に力が抜けてゆくのを感じる。
この力はヤツの──
「”勝利の戦利品”!」
しかし完全ではない。返しに”緑”を発動。
アディシェスが持つ『心を奪う空間』。それを読み取り、解析し、耐性を持たせた。”本物”だったら、こうはいかない。これで魔法の発動は持続する。
それよりも怒りが湧きたった。
「そんなんになってまで、見失ってんじゃねーよ!」
心まで悪魔に囚われてしまったのか。
彼に対する失望が僕の拳に力を込めさせ、撃たれる前に殴りつける。
「────」
斜め下に殴り飛ばされ、思い通りにいかない結果にしばし唖然とする”鉄の竜”。
彼にもう一言、告げてやらねばならない。
「ミラは何て言った!」
「っ!」
そこで初めて彼の顔に変化が生じた。
血走って睨むだけの目が、驚きと恐怖の色を帯びる。
「ミラは最期に何て言ったんだ!」
さらに繰り返す。
”青”に乗せた言葉が彼の中で反響し、やがて苛立ちを露わにした。
「黙レ……黙レだまれダマレぇぇ‼︎」
鋼鉄のツバサを羽ばたかせ、上空に立つ僕に向かって突貫。右腕の剣もどきを突き掲げて、真っ直ぐに。
僕は鞘を構えて翼を動かす。かつてのカナリアがやっていた流星──やや翼を畳んで斜め下へと降下した。
「消エ去レェェ‼︎」
「思い出させてやるよ、この一撃でぇぇ‼︎」
剣と鞘が交差し、交わることなく互いの体を突き刺す。
鉄は僕の鎧を簡単に貫くが、代償に”鉄の竜”の胸元には鞘先が突く。
「──白銀の灯火よ‼︎」
絶好のタイミングで、僕は”幻想”を発動させた。
鞘先が輝き、彼もとろも光に包み込まれた──
…………
………
……
…
白い光が収束し、辺りの光景が元通りになる。
体を貫かれた僕は、幻想を維持し続ける事ができなかった。
首がもげ、鎧兜だけが溢れ落ち、落下してゆく。
(ヴァン、届いたかよ……)
下から見上げると、彼は動かぬまま涙を流していた。
「ぁ、ぁぁ……ぁぁあああああ‼︎」
そして産声をあげた赤子のように慟哭し、ツバサを羽ばたかせて空の彼方まで上昇し、まるで流れ星の如く消えて行ったのであった。空にあった僕の鎧は、粒子となって還えっていく。
力を使い果たした僕は、その様子を眺めて目を閉じた。
このまま落ちてしまえば、鎧兜がひしゃげてしまうだろう。
しかし、不思議と不安な気持ちにはならなかった。
何故なら──
「──アイン!」
下から声が響く。
地面に激突するかと思われた瞬間、鎧兜をみごとキャッチしたのはカナリアだった。
頭からダイブしてのキャッチ。地面と擦れてボロボロだ。
そう、僕には仲間が付いている。
「だ、大丈夫!?」
「うん、なんとか」
さっきまで泣いていたのだろう。赤く腫れた目が僕を見つめて離さない。
静寂が訪れ、彼女に声を掛けた。
「カナリア、ヴァンに届けたよ。みんなの想いを──」
「──っ、うん。うん……!」
またも涙を浮かべながら何度も頷いて、鎧兜を抱きしめた。
徐々に喧騒が戻ってくる。燃え盛る火を消そうとみんなが躍起になっているからだ。
この国、街、人々に降り掛かる脅威から、僕は護った。
見上げれば、雲ひとつない夕暮れ空に、一つの流れ星が弧を描いていた。
世界は、それでも回っているんだと言わんばかりに、寂しく映すのであった。




