エピソード104 エルウィン
変貌した護衛騎士から逃れ、エルウィンはとある場所に向かった。
そこは、かの国王が眠る寝室──
「はぁ……はぁ……」
肩で息を整えながら、なけなしの力を解除して眩ませた姿を晒した。晒すと言っても、他に誰もいないのだが。
『彼女が無事、貴方に靡くのであれば良好。否であるならば──速やかに殺しなさい』
記憶が蘇り、”キムラヌート”と呼ばれる男から告げられた命令だった。
出来れば妃に迎えたかった。恋心など、自分には持ち合わせていないと思っていたエルウィンにとって、非常に惜しい路線変更である。
何故、彼女に惹かれたのか──
それは、今は亡き母に似ていたからに他ならなかった。
◆◆◆◆◆◆
エルウィンの生い立ちは実に複雑である。
父である国王が、あろう事か侍女と子を成したからだ。
貴族が子孫を残すのと、王族が子孫を残すのとではワケが違う。世間的に超えられない壁がどうしても付き纏ってしまう。
そんな中、国王と侍女の間に生まれたのがエルウィンであった。
母はすぐに亡命。生まれたばかりの子を捨てて姿を眩ませたのだ。
そして過ちを犯した父は、罰と称してこの棺の中に閉じ込められた。
永遠の理想郷──あたかも神の揺り籠に召されると祭り上げて、程よく厄介払いしたのだ。
そして他の王族の兄弟が彼を第一王子に仕立て上げたのだ。次の人柱になる為に。
父の遺品──と言っても死んでいる訳ではないが──を漁っていると、一つの絵が出てきた。
それは、亡命した母の肖像画。
生まれて間もない彼にとって、母の姿を再認識したのは十の頃だった。
時が流れるに連れ、エルウィンの心は諦観に満ちていった。
いずれやって来る人柱。自分の人生に、何の価値があるというのだ。
第一王子になってから、自分の我儘が叱られる事なく受け入れられたのが滑稽で仕方ない。
何も努力しなくても欲しいものが手に入る。その代わり、何も残せない。
人より価値観がズレてしまうには、当然であり必然であった。
そんな中、彼の前にグルツが現れた。
諦観を指摘され、彼もまた自分の人生に価値観を見出せない様子からして、”同類”だと直感した。
生まれて初めて、心を許せる朋に出逢った。
変わった虚栄心の使い方をする彼との時間は、不思議と不快ではなった。
こんな己にも、残せる何かがあるのではないのか──
次第にそんな思想が過ぎる。そこに皇女ミラの登場だ。
母の肖像画に似た女が目の前にいる。心が揺れないわけがない。
なんとしても彼女を手に入れたい。
そう心から願ったのも、生まれて初めてであった。
そこに更なる転機が訪れる。
”キムラヌート”だ。
メタトロニオス大聖堂に突如現れた彼の名に、心当たりがあった。
世界には”十の悪魔”が存在する。父の書庫で読んだ書本に記されていたのを記憶してある。
『──我々は、貴方様をお迎えにあがりました』
何かしらの思惑があるのは目に見えていた。
しかし、このまま追い払っても自分の未来が変わることはない。
”悪魔”に魂を売った者は、いずれ破滅を迎える──
信徒たちが口酸っぱく唱えている言霊。”破滅”という言葉ですら、エルウィンが欲していたものの一つに過ぎなかった。
『今日は機嫌がいい。貴様の思惑、乗ってやろうではないか』
そう答え、彼を王室に招き入れた。
『──で、己は何をすればよいのだ』
『お話が早くて助かります王子。しかし、進言に参った私が言うのも何ですが、怪しいとは思われないので?』
二つ返事で了承したのだから、相手が困惑するのは道理。
エルウィンは自分の手のひらを見つめながら口にした。
『……己には何もない。行く末には何も干渉も許されず朽ちてゆくのみだ。故に、何かしらの”事”を起こす。その力が欲しい』
口にして、手のひらを握り締める。
『なるほど。ええ、なるほど──』
胡散臭く二度、悪魔が頷いて納得した。
『私が貴方様に願うのは一つ。この国の”偶像”──端的に言って”神”に至って頂きたい』
『神だと?』
『なにも森羅万象を意のままに、とは言いません。この国の信徒が貴方を奉る、その柱になって欲しいのです』
『……いいだろう』
悪魔が語る詳細に、またも二つ返事で答える。
この段階ですでに、彼の頭脳には筋書きが描かれていた。メタトロニオス大聖堂にて、玉座に座る演出を。
『一つ問う』
『何なりと』
エルウィンは悪魔との契約に関して前向きに検討はしていた。
ただ、相手は人を誑かす悪魔。願ってもみない方法で叶うのは御免被りたい。
『己の望みは二つある。一つは"力"。もう一つはノスタルジア国の皇女を手に入れたい』
二つの望みを耳にして、悪魔は渋い顔をした。
『──いいでしょう』
『訳ありか?』
『いいえ、とんでもない。ですが条件があります』
ヌートが指を立てて条件を提示する。
『式を執り行いましょう。彼女が無事、貴方に靡くのであれば良好。否であるならば──速やかに殺しなさい』
『皇女の殺害──それが貴様らの狙いか』
『ええ、まぁ。我々も一筋縄ではいかないのですよ』
眉を下げながら肩を竦める神父に、エルウィンは片目を閉じた。
『わかった』
『よろしいので?』
『何が備わるかは知らんが、"力"を行使しても良いのだろう? 見事、成し遂げてみせよう』
王子の問いに、ヌートは『ええ』と頷いた。
『では、貴方には虚数単位”十一”の地位を与えます。虚の王、真名”ロキ”よ──』
神父が手にする聖書。その書本を広げて怪しい光がエルウィンの胸に宿るのであった。
式典では見事”王”に返り咲いた。
しかし、二つ目の願いは遂に叶わなかった。
『”外殻”──偽り給え虚飾者』
授かった”力”を行使し、エルウィンは真っ先にミラを捕らえた。
『離してください!』
『────』
拒絶されることに慣れているものだと思っていた。しかし、こうも心が掻き乱される。
煩わしい女だ。
いつしか憎悪が増していき、冷淡な思考がエルウィンを支配する。
『あくまで彼奴と共に居たいと願うか。ならば──』
『っ!』
暴れる彼女に光を当て、眠りに堕とさせる。
そして護衛騎士とグルツが戦っている最中に、玉座に座らせた。
『愛しき妃よ、己の温情に感謝するがいい。愛しき者の手によって眠れ』
手に入らないのであれば捨てればいい。
悪魔に提示された通り、エルウィンはミラの命を奪う段取りを作り上げたのであった。
◆◇◆◇◆◇
そして現在に至る。
計算外だったのは、あの護衛騎士が異常を来した点。
異形に変わりゆく姿を見て、エルウィンは図らずも心から賛美した。
「父上殿……」
棺に眠る父を見て、彼は膝を着く。
真に欲した願いは、悪魔に告げたものではない。
「もうすぐ、この国が終わりを迎えます」
本来であれば、自らの手でこの国を壊してやりたかった。
父を排斥した貴族らに、知る由もない愚民たちに、破壊の鉄槌を心から願っていたのだ。
これが、エルウィン・アラバスタル・ウートガルザの狙いだった。
何かを残したいと思ったのも、何かを変えたいと感じたのも、全てはこの国に対する鬱憤でしかなかった。
しかし、それも今日まで。
あの変貌した護衛騎士ならば、代わりに己の願いを成就させてくれよう。
冷酷にもミラを殺すという選択が出来たのも、本心がこの為であったが故である。
「永遠の理想郷……そこに、民を連れて行きます」
エルウィンは水槽に触れて、父の頬にあたる箇所を撫でた。
ついに触れることは許されなかったが、それでも満たされた笑みを浮かべる。
──突如、強い光が静かに寝室を崩壊へ導く。
あの護衛騎士の放つ巨砲なのだと察した頃には、棺が割れていた。
あれだけ触れたかった父を抱いて、エルウィンは想い馳せる。
『王子──』
「我が朋よ──こんな茶番に付き合わせて、すまなかったな……」
『良いってことよ』
聞こえるはずのない声が耳を撫で、エルウィンは現国王と共に、光へ消えてゆくのであった。
エルウィン、グルツ、二人の幕引きでした。




