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テンプレートナイト  作者: アラカゼ
8/10

8

 朝の山は霧に覆われていた。

 こんな霧では道が分からないのではないかと思ったが、パロマは躊躇することなく先に進んでいった。

 藪の中でも迷わなかったのだ、恐らく何かしらの魔術でサポートしているのだろう。

 この日も、相も変わらず黙々と進み続けていた。

 丁度霧が晴れた出した時に、運良く見晴らしのいい場所に出ることが出来た。

 思ったよりも高いところまで登っていたらしく、目の前には麓を眺め降ろす雄大な眺望が広がっていた。

 しかし、良く見ると麓の景色に違和感を覚えた。

 向かって右側の地面は、褐色にやや緑の混じった色だった。これは散々苦労させられた藪の色だろう。しかし、向かって左側の地面は黒く煤けていた。まるで野焼きか何かで焼け焦げたような色だった。

「地面の色、おかしくないか?」

 俺は地図を確認していたパロマに訊ねた。パロマは顔を上げ、俺の指差す先を見て言った。

「…戦火の影響、魔王の爪痕です」

「燃えたのか」

「いえ、あれは焼け焦げた跡ではありません。あの土地は死んでいるのです」

「死んでいる?」

「魔術的な要因で、ほとんどの生き物が活動できなくなっているのです。長く留まると人間も身体を蝕まれ、手足の痺れや咳など、病気のような状態になります」

 化学兵器みたいなものか。

 魔王の軍勢というのは環境ごと破壊しているようだ。

 話が終わると、パロマは再び歩き出した。メリッサがそれに続く。俺は見晴らしの良い景色に後ろ髪を引かれつつも、その最後尾に付いた。

 夕刻まで歩き続け、いい加減気力も萎えてきた頃、突然パロマが足を止めた。

 だが、キャンプにはまだ早いように思えた。

「どうした」

「静かに」

 そう短く言ったパロマの顔は緊張しているのか、強張っていた。

 直感的にまずい事が起きたのだと分かった。

「…敵です。後方から。すぐに追いつかれます」

 やっぱりか。

「どうする。逃げられるのか?」

「もう洞窟が近い。逃げ込めば更なる追手が掛かります」

 個人的には逃げ出したいところだが、そうすると結局狭い洞窟で追い付かれる羽目になりそうだ。

 ここで倒すしかないという事か。

「魔剣を使うぞ」

「…わかりました。魔力を消耗しすぎないように注意してください。メリッサ、荷物を置かず、いつでも走れるように」

「は、はい」

 俺は荷物を放り出し、魔剣を鞘から抜いた。

 振り上げられないほど重い訳でもなく、かと言って苦も無く振り回せるほど軽くもない。木製バットよりも安定した、バランスのとれた重みを感じた。

 それまで静かだった山に、ガサガサと言う木々を揺らす音が聞こえ始めた。

 最初に森で魔物に襲われた時のことを嫌でも思い出す。

 音が近づいてくる。

 どうやら、今度のは木の上を飛び渡って来ているらしい。

 視界にある木の枝の一つが大きく撓んだのが見えた。

「来るぞ!」

 思わず声を上げていた。

 その声に反応するかのように、化け物が木の上から俺を目掛けて飛び掛かってきた。

 咄嗟に魔剣を振る。

 飛び掛かってきたのだ、外れるはずがない。

 しかし、どういう訳か魔剣は空を斬り、俺の身体は空振りした反動で半回転した。

 地面に着地した化け物は飛び跳ねて俺から距離を取った。

 その姿は以前の魔物とは明らかに違うものだった。

 どちらかと言うと人に近い形をしていた。だが、動きがおかしい。関節が妙だ。

「人形使いです」

 パロマはそう言うと、杖を掲げ、呪文のようなものを唱え始めた。

 謁見の時よりもはっきりした声で、聞きなれない外国語の詩を朗読しているかのようだった。

 敵はパロマの詠唱を待つつもりはないようだ。さっきとは別の木の枝が大きく撓んだ。

 一匹じゃないのか。

 それと同時に距離を取っていた化け物も飛び掛かってきた。

 俺は咄嗟に飛び出そうとする足を寸での所で止めた。今パロマの射線上にでる訳にはいかない。

 身を守る様に魔剣を構えて攻撃に備えた。

 一匹目が身体ごと魔剣にぶつかる。ガキン、と金属がぶつかるような音がした。

 身動きの取れない俺の横っ腹目掛けて二匹目が突っ込んできた。

 これは、駄目だ。当たれば死ぬ。

 そう思った瞬間、赤い光と共に二匹目の化け物が吹き飛んでいた。

 やや鈍い破裂音のようなものがした。

 パロマの魔術だ。

 俺は魔剣を思いっきり振り下ろし、剣に張り付いていた化け物を両断した。

 何とかなったか、と思ったのも束の間、まだ木々の揺れる音は続いていた。

「まだいるのか?」

「恐らく魔剣の魔力を目印に攻撃しています。私は本体を倒します。その間なんとか耐えてください」

 マジかよ。完全に囮じゃないか。

「あ、あの私は」

 メリッサがおろおろして言った。

「いざとなったら荷物でも何でも投げて助けてくれ」

「はい!」

 出来れば代わりに魔剣を持ってくれ。

 パロマは気付けば居なくなっていた。これも魔術なのだろうか。

 そんな事を考える暇など与える気はないとばかりに、木の上から次々と化け物が姿を現した。

 今度は三匹。いや、まだいる。

 数を揃えて一斉に掛かる気らしい。

 まずい。まず過ぎる。

 既に三匹もいる。数が揃う前に突撃しても囲まれるだけだ。

 躊躇している間に化け物は五匹になっていた。

 どうする?

 突然、何か大きな物が耳元を掠めた音がした。巨大な影が視界の端から現れ、それはそのまま正面に居た化け物を何匹か押し潰した。

 石だ。と言うより岩だ。

 思わず後ろを振り返る。

 メリッサが両手を前にして前傾姿勢になっていた。

 投げたのか?

 あの岩を?

 しかも荷物を背負ったままだ。

 いや、呆気にとられている暇はない。数が減った今がチャンスだ。

 俺は覚悟を決めて残った化け物に斬りかかった。

 しかし、化け物は俺の渾身の一振りをあっさり躱した。

 駄目だ。解りやすい攻撃は避けられる。

 俺の攻撃を躱した化け物はメリッサの投げた岩の上へ飛び乗った。

 咄嗟に閃いた俺は魔剣を岩の下側に滑り込ませた。そのまま岩を斬り上げ、上に乗っていた化け物を両断した。

 思った通り、魔剣の切れ味は凄まじく俺の腕力でも岩を難なく切り裂くことが出来た。そしてこれも思った通り、意表を突いた攻撃なら化け物は案外簡単に倒せるようだ。

 活路を見出したかに思えたが、残っていた化け物は怯むことなく飛び掛かってきた。

 こう間髪置かずに来られては意表も何もない。剣を振り回すが、化け物の妙な動きが捉えられない。

 そうこうしているうちに減らしたはずの化け物の数は再び三匹までに増えていた。

 波状攻撃のつもりだろうか。

 戦力の逐次投入は愚策と聞くが、やられてる方は堪ったものではない。

「くそ」

 思わず悪態をついた。

 ジリ貧というより詰みだ。

 次々飛び掛かってくる化け物を逐一魔剣を振り回して追い払う。しかし、化け物は徐々にタイミングを合わせてきている。

 こういう時だけは妙な直感が働くのか、次の攻撃は三匹同時なのだと分かった。

 何とか視界に捉えていた二匹が同時に飛び掛かってきた。恐らく死角からもう一匹が来ているだろう。

 もう無理だ。

 俺は自分の腹と背中に化け物の爪が深く突き刺さるのを覚悟した。

 だが、腹にも背中にも痛みは感じなかった。

 目の前で化け物が糸の切れた人形のようにぐったりと地面に倒れていた。

 後ろを振り返ると、案の定もう一匹の化け物が俺の真後ろ、あと半歩までの距離にいた。これもまたぐったりと地面に崩れていた。

「助かったのか?」

 いや、気を抜かない方が良い。

 俺は周囲を警戒しながら、地べたの化け物を三匹同時に見ることが出来る位置まで移動した。

 動かないのなら今のうちに斬っておいた方が良いのだろうか?

 俺と同じように呆然として立っているメリッサに聞いたところで答えは分からないだろう。

 パロマはどうなった。

 これが彼女のお陰ならば、本体とやらを仕留めたという事なのだろうか。

 緊張の中、数分が経過した。もしかしたらもっと短かったかもしれない。

 あれ以降、木々が騒がしくなることもなく、山中の森はしんと静まり返っていた。

 ついに、ガサガサと葉を踏み散らす音が聞こえた。

 状況から考えて、恐らくパロマのはずだ。しかし、俺は魔剣を構えたままじっと様子をうかがっていた。

 木の間から人影が覗いた。小柄でローブを纏い、杖を突いていた。パロマだった。

「倒したのか?」

「はい。何とか…」

 それを聞いて、俺はようやく魔剣を鞘に納めた。そして、地面にへなへなと腰を降ろした。

 歩いて来るパロマも流石に疲労困憊といった様子だった。

「御無事で何よりです」

 メリッサもその場で座り込んでしまっていた。

「二人とも立ってください。ここに留まるのは危険です。このまま洞窟に入ります」

「…まあ、そうだよな」

 俺は腰の魔剣を鞘ごと抜いて、杖代わりにして立ち上がった。

 そして、座り込んでいるメリッサの元に行き手を差し出す。

「さっきは助かった。立てるか?」

「はい。ありがとうございます」

 メリッサは俺の手を掴み立ち上がった。荷物の量からしてとんでもない力で手を引かれると思っていた俺は、杖代わりの魔剣と足とで全力で踏ん張る気でいたが、彼女はそれほど強く俺の手を引きはしなかった。手を貸した意味はなく、単に気を使わせただけだったのかもしれない。

「あれは、あのままでいいのか?」

 俺は地面に点々とうずくまる化け物たちを指して、パロマに尋ねた。

「戦いの痕跡を隠蔽したいですが、人形の数が多すぎます。後続の部隊が仕事をしてくれることを願います」

 そういえばバックアップがいたのか。

 時間を稼げばあの状況からも助けてくれたのではないかと一瞬思ったが、パロマの口振りからすると結構距離を開けての追従のようだ。

 俺は重たい荷物を背負い直すと、既に歩き始めているパロマの後を追った。

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