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出発の日の目的地は、国境に比較的近い宿場町だ。俺達は馬車でそこに向う。
車中で色々聞き出してやろうと意気込んでいた俺は、十数分後には完全にダウンしていた。馬車酔いだ。
やたら揺れる馬車。休憩は数度。地獄だった。
陽の落ちる頃に、ようやく宿場町へとたどり着いた。
乗り物酔いというのは、気力も体力も全て奪い尽くす。
この日、俺はお約束の酒場へ繰り出すというイベントをこなすこともなく、さっさと床に就いた。
***
宿場町で一泊した俺達はここで馬車を降り、御者とも別れた。この先は徒歩である。
俺達は主力部隊とは別のルートでクヤッジスード砦を目指している。つまり、それは街道を使わないという意味である。
本来なら主力部隊との足並みを揃える必要があるはずの作戦で、身軽なはずの俺達が先行させられた理由がここにある。
街道ですら内臓がぐちゃぐちゃになるような素晴らしい馬車の乗り心地だったのだ。その街道を外れれば当然のように獣道すらない。
しかも、馬車に積み込んでいた重たい荷物を担いで行かなくてはならない。荷物持ちのメリッサがいるとはいえ、俺も手ぶらという訳にはいかず、真っ直ぐ立つことも出来ないような重たい荷物を背負わされた。それでも彼女の半分にも満たない量なのだが。
パロマは護衛も兼ねているので三人の中では一番身軽だったが、それでも小柄な身体に似つかわしくない大きなリュックを背負っていた。
俺達は街道とは別の小道を使って宿場町から出発した。
行く先の景色は比較的開けているように見えたが、それは錯覚だった。木がまばらだったので、遠目には丘が続いているように見えたのだが、実際は背の高いイネ科のような草に覆われていたのだ。深い藪とでも言えばいいのか。とにかく草を掻き分けて進まなくてはならず、進行速度はとんでもなく落ちた。
先導するパロマに置いて行かれないように、ひたすら進み続ける。
油断すると、一体自分がどちらを向いているのかさえも分からなくなりそうだった。
何度か休憩をはさみはしたが、それ以外は黙々と進み続けた。そして陽が沈みかけた頃、先頭のパロマが足を止めた。
「今日はここで休みましょう」
やっとか。
しかし、休むと言っても藪のど真ん中だ。
ここへ来るまでに幾らか開けた場所もあったが、わざわざここでという事は敵の目を避けるためなのだろう。
「じゃあ、野営の準備しますね」
メリッサが荷物を降ろし始めた。元気で溌剌としていた彼女も流石に疲れているのか、声のトーンが落ちていた。
荷物を降ろすだけでも、周囲の草がバキバキと音を立てて折れた。
「こんな藪の中でどうやって寝るんだ?」
「藪をどかせばいいんですよ」
ああ、刈り取ればいいのか。
そう思い、試し斬りがてらに魔剣を振ろうと柄に手を伸ばしたところでパロマから制止の声が掛かった。
「待ってください。魔剣は抜かないように。魔術の中には魔力を感知するものもあります」
「それに、切ってしまうと痛いですよ。寝る時とか。あと荷物にも刺さってしまいます」
「あ、そう…」
なんだかがっかりだった。
そういえば、硬い草を鋭利に切るだけで簡易トラップになると聞いたことがある。底の分厚い靴でも踏み抜くこともあるとかなんとか。
ではどうするのかと見ていると、メリッサがバキバキと藪を根元から押し倒し始めた。
なるほど。
「俺も手伝おう」
「お願いします。根元の方は横からよく踏んで柔らかくしてくださいね」
結構、手間が掛かりそうだ。
陽は完全に暮れ、月が出る頃にようやく寝床が整った。
手元をパロマの魔術で照らしての作業だった。灯り程度の魔術なら感知されることも少ないらしい。敵が近くにいる場合は、魔力の感知よりも灯りの方で先に気付かれることがほとんどだと言う。
パロマが荷物からキャンプ用品の簡易かまどのようなものを取り出し火を起こした。周囲に火が移らないようになっている魔術的な加工のされたアイテムらしい。
魔術は便利だな。
かまどを囲って簡単な夕食を済ませた後、俺はようやく聞かなければならない話を始めた。
「ここなら人に聞かれることもないだろ。いい加減教えてくれ。俺は一体何をさせられるんだ?」
「基本的にはあなたに知らされた通りです。このまま街道を避け、クヤッジスード砦を目指します」
「着いたらどうする。いや、それより本当にこのまま進むだけなのか?」
このまま砦まで藪が続いているなんて事はないはずだ。
「クヤッジスード砦の周囲は山地が広がっています。少数の人間が密かに近づくには都合が良い条件ですが、砦の周囲には監視の目があるのは間違いありません」
「だろうな」
「…偵察隊が、クヤッジスード砦付近まで続く洞窟を山中に発見しました」
元々あまり大きくない声を更に小さくしてパロマは言った。
こうまで敵に動向を悟らせたくない理由はそれか。
俺たちの動きから洞窟の存在が敵に発覚してしまえば、それでこの作戦は失敗となる。
「砦までの行き方はわかったよ。だが、辿り着いた後はどうする。魔術城壁を壊すと言ったって、何の考えもなしに出来ることじゃないだろ」
「魔術城壁は高い密度でクヤッジスード砦の全周囲に展開しています。まずは魔剣で魔術城壁に穴を開ける必要があります。ですが、穴は直後に塞がり、そのことは敵にも伝わるでしょう」
「素早く元を断たなきゃならないってことか」
「その通りです」
完全に潜入作戦じゃないか。
成功したら英雄扱いなのは、こう言う事か。
「魔術城壁の発生器は城壁上部の通路に沿って設置されています。一度に全ての発生器を破壊することは困難です。そして、城門のある正面城壁の発生器もまた厳重な警備で辿り着くことすら困難です。警備の少ない城壁上部の発生器を素早く破壊し、同時に別働隊からの集中砲火を浴びせ、そこから無理やりこじ開けます」
「強引だな…。魔術城壁は魔剣で斬れるとして、普通の、石の城壁も魔剣で斬るのか?」
「いえ、城壁は魔術で破壊できます。私の役割です」
魔術が強力だからこその魔術城壁か。
それを突破できるこの魔剣は更に強力だという事になる。
まだ色々聞き出したいことは尽きなかったが、どうせ明日は日の出前に発つことになる。話はここまでにする事にし、俺は早く休むことにした。
***
空が明るみ出してすぐに俺達は出発した。
この日も相変わらずの藪の中だったが、昼近くまでになると景色が変わりだした。
徐々に藪が減っていき、気付けば山中に入っていた。背の高い草の所為で見晴らしが悪く気付かなかったが、俺達はずっとこの山に向かって進んでいたらしい。
草を掻き分けなくて良くなったと思ったら、今度は岩や上り坂、そして落ち葉の所為で歩調の方は多少マシになったという程度だった。
しかし、視界が確保出来ると言うのは良いことだ。自分がちゃんと進んでいるという事が分かる。
俺達はそのまま日暮れまで歩き続け、この日は山中で野営となった。