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俺の騎士叙爵を受けて、ウラスブークはにわかに慌ただしくなったようだ。それまで気取られぬよう水面下で進めてきた計画が一気に実行段階へと移行したとあっては当然なのだろう。
魔術城壁破壊後の攻勢へ転じるために王国主力部隊を動かす必要がある。城内の、特に軍人達は素人目から見てもハチの巣を突いた様な大騒ぎとなっている。
そんな光景を横目に、俺達は先行してウラスブークを発つ。
同行者は二人。魔術師と荷運び役の使用人。
魔術師は、王との謁見で俺に何やら魔術を使い、その後俺の部屋で色々と話をしたあのパロマだった。
使用人の方は、荷運び役だと聞いていたので屈強な男が来るのかと思えば、年若い女だった。メイドと言って差し支えない。流石にメイド服は着ていなかったが。
実際は同行者の二人以外にもバックアップとして少数編成の部隊が付くらしい。しかし、まとまって行動しては目立ちすぎるので、作戦中彼らと接触することは恐らくないと言われた。
出発前にビビアーナがわざわざ厩まで見送りに来ていた。
どういった経緯にせよ、俺は彼女の騎士である。ビビアーナはその体面に拘っているようだった。
王族というのは、そうでなければやっていけないのかもしれない。
「パロマ、彼のことを頼みます」
「身命を賭して」
「メリッサも、彼をよくお助けするよう」
「はい、お世話は任せてください!」
静かに答えたパロマとは対照的に、使用人のメリッサは歯切れよく、そしてやや耳障りな大声で返答した。
メリッサは直ぐに荷積みを再開した。かなり重そうな荷物を軽々と馬車に積んでいる。
どこからあんな力が出せるんだ。
俺には持ち上げることすら困難なように思えた。
「我が騎士よ。ご武運をお祈りします」
軽装と言えば聞こえは良いが、俺の格好は騎士と呼ばれるには貧相な装備だった。立派なのは腰の剣くらいなものだ。もちろん、俺の体力面を考慮してのことだが。
「やれることはやりますよ。碌に詳細も聞かされてないけどな」
俺が聞かされた作戦の概要は、ウラスブークの主力部隊を囮として別ルートでクヤッジスード砦を目指す。それだけだった。
「道中でその都度パロマから伝えるよう言ってあります。何分、城は人が多いですのでご容赦を」
スパイの類のことを言っているのだろう。
魔王の軍勢でもそういった者のを使うのだろうか。もしくは、敵は身内にも潜んでいるということだろうか。
「その魔剣はあなたにとってはさぞ重いものでしょうが、あなたの力でもあります。その身と剣は一心同体と、そう考えてください」
「承知しています」
我が姫君は、慣れない腰の重みが更に重くなる一言を添えてくれた。有り難い事だ。
「ではまた」
また、か。
正直、生還率は高いようには思えない。
叙爵で与えられた魔剣にしたって、碌に素振りする時間すらなかった。
どうなるか分からない。勝算は無いようにも思える。
そういった状況でも、やれます、やりますと言わなければならない。元の世界でもそんなことはしょっちゅうだったことを、ふと思い出した。
これはどの世界でも当たり前の事なのだろうか。それとも異常なことなのだろうか。
考えたところで、どうせ死んでも理解できない。一度死んでる俺が言うのだから間違いない。
荷を積み終えた馬車は、ウラスブークを後にした。