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俺は行きと同じく案内の男に謁見の間を連れ出され、控室とは別の滞在用の部屋へ通された。
部屋は趣味の良さげな家具が置かれていて、寝泊りする分には何の不自由も無いように思えたが、自分の置かれた状況を考えると、とてもくつろぐ気にはなれなかった。
しばらくして、ビビアーナが部屋を訪ねてきた。
服装は謁見のときのドレスのままだった。
言いたいことは山ほどあったが、まずは悪態が口をついて出た。
「あんたの国では自分の子分にすることが謝礼になるのか」
「お気に召しませんでしたか」
開口一番の悪態に、ビビアーナの表情は曇った。
少し悪い気もしたが、構っていられない。
「…慣習がどうのと言っていたが、あれはどういう事だ?」
「ここへの道中、馬車でもお話ししましたが、異世界から来たのはあなたが初めてではありません。我がウラスブークでは、異世界の者を保護してきたのです」
「保護?」
「はい。あなた方は、身一つで放り出されたも同然。強い魔力を持っていても使い方も知らず、こちらでの生活手段がないと聞きます」
確かにその通りだ。
「異世界の者にこの国での身分を与え、生活の場を提供してきたのです。最も、いきなり騎士というのは流石に稀ですが…。勘違いなされないよう言っておきますが、あれはお父様が判断なさったこと、私から要求したことではありません。もちろん、私としてはあなたを歓迎したいと思っていますが、今なら叙爵の前です。断ることも出来ましょう」
王が俺を騎士にしたがる理由。今のところ、思い当るのは一つだ。
「魔王絡みか…。ちなみに、断ったらどうなる?」
「褒賞とはいえ、王の好意を無碍にするのですから、それなりのお覚悟を」
「極刑か?」
「まさか。ですが、国外追放は有り得ます」
野垂れ死ねと言っているようなものだな。
異世界、魔王、王女に騎士。
完全に出来過ぎだ。
とにかく何を判断するにも情報が足りない。当初の目的通り、出来る限りのことを聞き出すしかない。
「騎士になるにせよ、ならないにせよ、まずは色々聞いておきたい。時間はどの程度とれる?」
「それでしたら、私よりも適任がおります。呼んできましょう」
ビビアーナはそう言って部屋を出て行った。
しばらくして待たされた後、部屋を訪ねてきたのは、小柄なローブ姿の人間だった。
謁見の時の魔術師だ。
「あんたが俺の質問に答えてくれるのか?」
「王女よりそのように仰せつかりました。魔術師パロマです」
魔術師か、丁度いい。
「謁見の時、何をしたんだ?」
「あなたの身体がどの程度魔力の影響下にあるのかを調べました」
「魔力の影響下?」
「通常、人間の場合は当人の魔力の強さに関わらず、身体の6割程度が魔力の影響下にあります。ですが、あなた方異世界から来た者は9割以上が魔力の影響下にあります」
「それはこちらの人間では有り得ないことなのか?」
「この国の民は他国と比べても魔術と密接な生活をしていますが、身体の9割以上が魔力の影響下にあるという報告はこれまでありません。そこまでの影響下にある存在として記録にあるのは精霊や霊獣などです」
精霊か。ファンタジーだな。
ともかく、通常ではありえないということは分かった。
「そもそも魔力というのは何なんだ。俺の居た世界には無かった」
「それを正確に説明する言葉を私は持っていません。魔力の解明は即ち根源の解明です。我々魔術師が目指す知の極致です。ですが、一般的に言うとなれば、魔術の糧。変換可能な力。何処にでもあるが触れることは出来ず、しかし、魔術を介すことで確かに存在することを証明できるもの」
魔力はエネルギー。確かこの世界へ来る前にいた少女がそう言っていた。
「俺も魔術が使えるのか?」
「可能性の話ならば、使えると言えます。しかし、その習得には多くの知識と才覚が要求されます。一朝一夕で扱う事は難しいでしょう」
まあ、そうか。
「そういえば、化け物に殺されそうになったときに、相手を吹き飛ばしたんだが。あの時お姫様に、あれは魔力が原因のように言われた」
「魔力の強い者が時折見せる自衛反応の話だと思われます。魔術と呼べるものではありません。自身の危機を前にして反射的に魔力の解放が行われ、魔力の影響下にある相手の身体の部位もしくは物体がその奔流に押し飛ばされる現象であると言われています」
「魔力自体が防御、もしくは攻撃に使えるってことか」
「圧縮した空気を破裂させるような現象です。理論的には連続しての反応はないでしょう。あてにされない方が良いかと」
「そうなのか…」
じゃあ、俺が強い魔力を持っていたところであまり役には立たない気がする。
何で王は俺を騎士にしたがる。
「魔王について聞かせてくれるか?」
「…はい」
パロマの説明を要約するとこうだ。魔王とは、魔物を統べるもの。ビビアーナを襲った化け物も魔物らしい。魔物と呼ばれる存在は、古くからこの世界にあったが、大抵単体、もしくは少数による出現がほとんで、国を脅かすような存在ではなかった。しかし、魔王が現れ、組織的な動きを見せるようになると話は別だった。数と力、その両方を持った魔王の軍勢は強力で、周辺国は次々と滅ぼされていったらしい。
「俺の出番はなさそうなものだが」
「あなたが必要とされる理由は、魔剣にあります」
魔剣。お次は魔剣か。
パターンからすると。
「その魔剣は俺にしか扱えない、という事か?」
「はい。異世界の者にしか扱えません」
「その魔剣が必要なのか」
「魔剣は元来精霊が用いていたものでした。人の身では振るう事の出来ない代物です。ですが」
「魔力の影響下というやつか」
「そうです。魔剣を扱うには、魔術的に見て魔剣と一つとなる必要があるのです」
全身が魔力の影響下にあればそれも可能という事なのだろう。魔力の影響下という言葉がいまいち解りにくいが。
「その魔剣は何が出来るんだ?」
「魔剣は魔力に由来する一切を切り裂くと言われています」
「凄い切れ味が良いってこと?」
「魔力によって切れ味を増す程度の細工であれば、我が国の魔術加工技術でも可能です」
魔術加工技術、なんだそれ。また新しいのが出てきた。
「ですが、魔術によって補強された装備や、魔術によって発生した事象そのものまでを破壊することは難しいでしょう。本来ならば、魔術には魔術によって対抗するしかありません。しかし、魔剣はその限りではないのです」
「魔剣を使って破壊したいものがある、そういう訳か」
「はい」
なるほど。話が見えてきた。
剣を与えるのだから騎士にするのが順当。しかも、魔剣自体は手放したくないから国に従える騎士というのは余計都合がいい訳か。
見返りは、この世界、この国での生活と身分の保証。
「ちなみに…」
そう言いかけた俺の言葉を遮り、部屋にノックの音が響いた。ビビアーナが再度部屋にやってきた。
「お話は順調ですか?」
化粧を落とし、ドレスからも着替えていた。部屋着だろうか。
「肝心な部分を聞いているところだ。俺に魔剣で破壊させたいものは何だ?」
「そこまでお話は進んでいましたか。それでしたら、私からお話ししましょう。私たちが魔剣を必要としている理由、それは魔王の軍勢占領下のクヤッジスード砦、その魔術城壁の破壊です」
魔術城壁。察するに魔術的に強化された城壁といった所か。
「元は隣国の国境の砦でした。魔術城壁はその国が得意とする分野の魔術知識の粋を集めて作られた非常に強力な物でしたが、どうやったのか魔王はこれを破り、占領下に置いたのです。それ以降、その砦から我が国の領土へ幾度となく魔王の軍勢の進撃がありました。国境の戦線で我々は辛うじて優勢を保ち、魔王の軍勢をクヤッジスード砦に押し留めていますが、それも時間の問題でしょう。強力な魔術城壁を前にこちらから攻勢を仕掛けることが出来ないのです」
その突破口としての魔剣か。
という事は、待てよ。その砦の壁を壊さなきゃならないってことは。
「それは、俺が最前線に出るってことじゃないか」
「そうなります。ですが、単身で突撃を強要する訳ではありません。魔術師たちの知恵と協議を重ねて至った方策があるのです。それに、そもそも切り札である魔術城壁を破壊するものが正面からやってくるのを見逃すような相手ではありません」
「どうするつもりなんだ?」
「ここからは今のあなたに教えることは出来ません。この話自体、知っている者は極僅かなのです」
最重要軍事機密と言ったところか。
どうもこの世界の戦争事情は、思ったより進歩しているようだ。魔術だの騎士だの言っていると中世レベルなのかと勘違いしてしまうが。
「大方の事情は理解できたと思う。ところで、この国では騎士ってのはどの程度の身分なんだ?」
「どの程度、ですか…。まず、市井の者ではなく貴族にあたります。領地を持つことになるのですが、多くの騎士は領地を直接統治することはありません。仕える家の持つ領地の一部を預かるという形で、統治はその家に任せ、自身の領地分の収入を得ます。あなたの場合は、王女の騎士となるので、王国が直轄する内の私の領地の、その更に一部があなたのものとなります」
なるほど、思ったより面倒は少なそうだ。
「騎士になったら何をすればいいんだ?」
「まず、あなたにはクヤッジスード砦の攻略に参加してもらうことになります。これは避けられません。その後の話でしたら、砦攻略成功の暁には最大の功労者として前線に出ることは少なくなるでしょう。そうなると、王女の騎士ですので、私の護衛として付いてもらうことが多くなるかと思います。もちろん、あなたが更なる地位を望むのでしたら話は別ですが」
聞いた通りの条件なのだとしたら、破格のものだろう。
だが、砦の攻略が成功するという事は、魔剣の戦略的重要性を証明することになる。ビビアーナの言うように一回きりでお役御免、というのは難しいように思えた。
「…考える時間は貰えるのか?」
「叙爵は恐らく明日中に執り行われるはずです。事は迅速に進めなければなりません」
「そうか…」
流石にのんびりはしていられないか。
「気休めですが、あなたの決断によって守られる国と民がいることはお忘れ無きよう」
守れる命があるか。励ましのつもりなのだろうが、こっちとしては余計なプレッシャーにしか感じられない。
「そろそろ私は自室戻ります。パロマも他の仕事があるでしょう。他にお話がなければ下がらせますが、よろしいでしょうか」
「…ああ、わかった」
俺が返事をすると、二人は連れ立って部屋から出て行った。
部屋には俺だけが残された。
ビビアーナから最後に言われた言葉の意味を考えた。
命を懸けるだけの意味がある行為。そう言いたいのだろう。
だが、俺自身は自分の命すらどうでもいいと思っている節がある。
実際、既に一度死んでいるはずなのだ。
他人の命にどれだけの執着があるというのだ。
逃げて朽ちるか、挑んで死ぬか。格好を付けるとこんなところか。
まあ、死ぬことが確定している訳ではない。どちらにしても生き残る目はあるはずだ。
生きたいのか、ただ死にたくないのか。
消極的なのは一度死んだところで変わらないらしい。
ただ、この世界には、俺を知る者の目はない。それだけが、唯一気楽になれるところだった。
翌日。俺は騎士になった。