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馬車はウラスブークの外壁門をくぐると、そのまま街の大通りを抜け、城の厩へと乗り付けた。
俺は宮廷の待合室へ通され、そこで王女ビビアーナの着替えを待ってから謁見の間に向かうことを伝えられた。
俺も窮屈な正装にさせられるかと思ったが、この薄汚れた普段着のままでいいらしい。
そういえば何故普段着なのだろう。仕事帰りならスーツのはずだ。
何とはなしに、待合室の良く磨かれた鏡を覗いた。頭髪の後退がいつもより若干マシなように思える。部屋がやや暗い所為だろうか。
鏡の前でそんなことを考えていると、見知らぬ男が来て、謁見の準備が済んだので付いてくるようにと言われた。
男は正装のようで、ビビアーナが来ていた服とも違った雰囲気だった。どちらかと言うと、この正装の方が現実の服装に近いように思えた。そんなことを考えながら、男の後に付いて長い廊下を進んでいると、両脇に兵士が立つ大きな両開きの扉が目に入った。
ここが目的地のようだ。
兵士によって扉が開かれる。俺は男の先導で謁見の間に入った。
謁見の間は想像していたよりも広く、想像していたよりも多くの人間が待ち構えていた。
正面奥には玉座があり、ひげを蓄えた男がその頭に冠を載せて座っていた。あれが王様なのは間違いなさそうだった。
玉座からやや離れた椅子には、煌びやかなドレスを身に纏った女がいた。化粧で最早別人のように見えたが、目鼻立ちから察するにあれが恐らくビビアーナだろう。
出会った当初は、まさか王女とは思いもよらなかった。良くある話にも思えるが自分の身に起きると話は別である。人は結局、外見で判断するしかないのだろう。
俺は玉座から続く長い絨毯を歩かされ、部屋の中央辺りで止められた。両脇には絨毯を取り囲むように、関係者なのか何なのか、数十人の人間が立ち並んでいた。もちろん武装した衛兵もいる。
視線が俺に集まっていることが分かる。針のむしろだ。
跪いた方が良いのだろうか、と思っていると、玉座の冠を被った男が立ち上がり、やや威圧感のある良く通る声でこう言った。
「そのままで構わない、異世界の者よ。大方の経緯はビビアーナから聞いた。娘を魔物から救ってくれたそうだな。感謝する」
救ったというか、化け物ミキサーに突き落とされそうになっただけというか。
軽口を叩こうかと思ったが、流石にそんな雰囲気ではない。
黙ってやり過ごそうかと思ったが、王は俺の言葉を待っているようだった。
「…えーと、成り行きでそうなったと言いますか。王女様だと知ってのことではありませんでしたので」
「それは尚素晴らしい事です。あなたにとってはこの地にいる者の全てが見ず知らずの者。にも関わらず、身を挺して守っていただきましたこと、感謝は元より尊敬の念に絶えません」
しどろもどろと弁明のようなことをしていた俺に、すっかり着飾った姿のビビアーナが口を挟んだ。
フォローというよりは、退路を断たれたような気がした。
「さて、そなたは異世界から来た。それに相違ないな?」
相違ないか、と言われてもこちらは状況をほとんど把握できていない。
はっきり言っとこう。
「わかりません。自分の置かれた状況がいまだに理解出来ていません」
「魔術師よ」
「…はい」
王の呼び掛けに応え、ローブを纏った小柄な人間が前へ出た。女性だった。
「この者が異世界からの者か、その真偽を見極めよ」
「畏まりました」
魔術師が真っ直ぐこちらへ歩いて来る。
「失礼します」
目の前まで来た魔術師はそう言うと、手に持った杖の柄の先端を俺の胸辺りに押し付けた。
何をされるのかと警戒していると、囁くような小声で何やら口にしている。
呪文だろうか。
耳を澄ましてみても、何を言っているか聞き取れない。
言葉と言うよりは歌に近いような気がしたが、やはり歌とも違う。
そんなことを考えていると、ふいに体が熱くなった。
何をしたんだ。
そう思った時には、魔術師は既に杖を引いていた。
体の熱は徐々に抜けていった。
踵を返した魔術師が、そのまま王の前まで進み跪く。
「間違いありません。彼は異世界の者です」
「よろしい。では、王女ビビアーナを救った事への恩賞と異世界の者への兼ねてよりの慣習を合わせ、この者に王女ビビアーナの騎士の地位を授ける」
は?
「まあ。お心遣い感謝いたします、国王陛下」
ビビアーナが慇懃にお辞儀をした。
出席者からもおお、という歓声が上がった。名誉なことらしい。
だが、つまりはビビアーナの下に付けということだ。助けた礼に部下になれ、など腑に落ちるはずがない。
このままでは成り行きのままになる、とにかく意思を示さなくてはならない。
「いや…」
「叙爵の儀は後日執り行う事とし、謁見はここまでとする」
俺が何か言おうと口を開いた瞬間、王が鋭い視線を俺に向けると共に、例の威圧感のある声で閉会を宣言した。