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女は馬車でここまで来たと言った。
御者と使用人と一緒にいたが、化け物に追われた所為で逸れてしまったらしい。しかし、彼らとは運良くすぐに合流することができた。
彼らは化け物と女の後を追って来ていたのだろう。殊勝なことだ。
女はビビアーナと名乗り、助けたお礼がしたいので自分の家へ来て欲しいと言った。
礼よりは先に詫びが欲しいところだとも思ったが、現状を把握するのにはこれ以上ない機会だと思い直し、俺は馬車に乗せてもらうことにした。
俺は馬車に揺られている。
というか揺れ過ぎである。馬に直接乗った方がマシなのではないだろうか。
気を紛らわすためと情報を得るために、俺は馬車の揺れで舌を噛まないように注意しながら口を開いた。
「ここはどの辺りなんですか? 恥ずかしながら、あなたと出会う前から道に迷っていまして」
俺は不用意に警戒されないように言葉を選んで話した。しかし、それは無意味なことだったようだ。
「そのお召し物、この辺りでは見ないものです。あなたは、異世界から来られたのではありませんか?」
ドキリとした。ビビアーナにこちらの浅慮を見透かされたのだ。
異世界。こちら側の人間が言葉にするとより一層の違和感がある言葉だった。
初めから分かっていたのか?
だとしたら、そうと知っていて盾にしたのか。
「先程は咄嗟の事で、貴方を巻き込んでしまい申し訳ありませんでした。改めて謝罪と感謝を申し上げます」
「…ああなると分かっていたのか?」
「はい。異世界の人間は総じて強い魔力を備えていると聞いておりました。それでも、確信があった訳ではありません。最悪、あなたを巻き添えにするだけの結果になったでしょう」
それでも生き残る可能性に賭けた、という事だろう。
ここはそういう判断が必要な世界なのかもしれない。
「俺以外にもいるという事か?」
「今は居りません。これまでの記録に残っている異世界からの訪問者は九人。あなたで十人目です」
今は居ない、か。
居たところで仲良くなれると決まっている訳でもないが、心細さは増した。
しかし、十人目か。
「妙に詳しいな」
「ええ。私どもは、あなたの来訪を心よりお待ちしておりました」
お待ちしていた?
それだとまるで。
「俺が来ると分かっていたのか?」
「いいえ。しかし、待ち望んでいたのです。今、この世界は魔王の脅威に晒されています」
魔王。
ああ、そう。そういう話。
異世界だしな。
「かつて、この周辺には15の国がありました。そのほとんどが、魔王の軍勢に侵略され、今では我が国を含め6国を残すのみとなっています」
すでに半数以上が滅ぼされている。かなり終末的な状態に思えた。
「それで、俺に魔王を倒せと言うのか?」
魔王と言うわかり易いキーワードが来たのならば、次はこう来るだろう。そう思っての言葉だった。
「まさか! 強い魔力を持っていると言っても、精強な魔王の軍勢を相手にお一人ではとても…」
正に勇み足だった。
ちょっと恥ずかしい。
「…あ、そうですか」
「いえ、もしあなたが魔王を倒せるのでしたら、我が身の全てをなげうってでも懇願致します」
良く考えなくても、武器も握ったこともないような平和ボケの国で、碌に身体も動かさないで生活してきた男が、魔王なんて倒せる訳がない。
「いや、無理強いをしないでくれ、と。そういう意味で言ったので…」
そういうつもりで言ったのだ。本当だ。
「…あなたを家にお連れしているのは、命を救っていただいたお礼を差し上げたいからです。ですが、魔王討伐ではないにせよ、あなたに勝手な希望を抱いているのもまた事実です。戦局が膠着し、既に一年が過ぎようとしています。あなたには、それを打破する切っ掛けとなって欲しいのです」
下心があることをビビアーナはあっさり認めた。
だが、その方が分かり易いとも言える。
訳のわからない場所から突然やってきたなんて言う上に、強い魔力を持っている。向こうからしたら、こちらは武装した不審者そのものだろう。
そんな男を馬車に同乗させ、家に連れて行くと言うのだ。下心があって当然だろう。
そう考えると、俺の前に居たという先人たちはとんでもない苦労をしたはずだ。たまたま後から来た俺は、そんな彼らの苦労の上に立っているのかもしれない。
それにしても、先程からビビアーナは事情に詳しすぎる。
何と言うかこれではまるで、国政に関わっているような。
「見えてきました。ご覧ください。あれが私の父が治める国、ウラスブークです」