10
無意識に寝返りを打とうと体を揺する。
しかし、全く身動きが取れない。
おかしい、そう思って目を開けた。
「お目覚めですか、我が騎士」
ビビアーナが目の前にいた。
「ああ…」
俺は何の気なしに返事をした。
何でビビアーナがいるんだ?
その事に気付いた瞬間、寝ぼけていた頭が一気にさめた。
周囲に視線を走らせる。
俺は拘束されていた。妙な金属のようなものを巻きつけられて立った状態で固定されていた。
後ろを振り返る事すらできなかったが、背には板のようなものがあり、それに固定されているようだ。手は胸元で固定され、足は真っ直ぐ閉じた状態で全く動かすことが出来ない。身をよじる事さえできなかった。
辺りには、ビビアーナの他にも多くの人間がいた。しかし、どの人間も何やらレールのようなものが付いた装置に向かい忙しく作業をしていて、こちらに気を止める者はビビアーナの他に居なかった。
いや、一人いた。近付いてくる。
最早、ビビアーナより長い時間を共にした小柄な魔術師。パロマだ。
「パロマ、これはどういう事だ。ここは何処だ。作戦はどうなった。何故、ビビアーナがここに居る」
パロマがビビアーナに視線を送った。
「構いません。話してあげてください」
「はい」
短くビビアーナに応えたパロマは、俺を真っ直ぐに見つめた。
「ここは洞窟を抜けた先にある山中の高台です。クヤッジスード砦から一つ山を挟んだ場所に位置します」
あの洞窟の先がここだと言うならば、目的地は最初からここだという事になる。
「作戦は嘘だった…?」
「作戦は現在進行中です。我々はクヤッジスード砦を攻略する為にここにいます」
どういう事だ。目的地だけ嘘だったという事か?
何故そんなことをする必要がある。
困惑した俺の顔を黙って見ていたビビアーナが口を開いた。
「あとは、私が何故ここに居るか、でしたか。私がこの場に居る作戦上の意味はありません。私は義務の為に居ます」
義務だと?
いや、それより。
「聞きたいことはそう言う事じゃない。俺達が何日も掛けて辿り着いた場所に、何故お前が居るかだ。…俺は何日も眠っていたのか?」
「あなたが倒れたのは昨夜の事です。眠っていたのは半日程度でしょうか。私は主力部隊と共に街道を通って来ました。途中から周囲探索の偵察隊に紛れてここまで来ましたが、悪路を進んでいたあなた方に追い付くのはそう難しい事ではありません。私、これでも足には自信があるのです」
そういえば、出会った時にビビアーナの健脚ぶりは目にしていた。
思い返せば、あれだけ酷い道を通らされたのだ。ビビアーナの言う通り追い付く事自体は難しくないのだろう。
「ここで俺に追い付くために、俺達は無駄に険しい道を行かされたのか?」
これにはパロマが応えた。
「無駄ではありません。あなたの動向を極力敵に察知される訳にはいかなかったのです」
「だが、俺は二度も襲われた」
変わってビビアーナが応える。
「ええ。出来れば戦闘は避けたかった。その為にパロマを付けたのですが、相手も魔術師を差し向けてくるとは思いませんでした」
「魔術師…?」
そんなのと戦った記憶はないが。
「人形使いのことです。洞窟に入る前、山中で遭遇した相手です」
パロマが倒した本体が、魔術師だったということか。
「洞窟の中の、あの魔物も敵の魔術師の仕業なのか?」
「あれは魔術によって調整された使役獣です。強力ですが、あまり長時間命令に従い続けるようには出来ていません」
「あれを一人で二匹とも仕留めるとは思いませんでした。移送には檻が必要なので、ここへ運ぶのは二匹が限界だったのです。もし魔術師の襲撃がなければ、あなたは魔力の消耗で倒れることなく乗り越えたかもしれない。そう考えると、我々にとって魔術師の襲撃は幸運だったのかもしれません」
なんだって?
あの魔物達は、こいつらが嗾けたというように聞こえた。
「…ビビアーナ。お前はあいつらに襲われていただろ」
「ええ。そう命令をしましたので」
最初からか。
初めて会ったその時から、仕組まれていた。騙されていた。
ビビアーナに対しても、他のウラスブークの連中に対しても、俺は決して心から信頼していた訳ではない。
訳ではないが…。
拠り所を求めざる得ない状況、それを利用された。ざまあない。
表面で取り繕ってやり過ごそうとするからこういうことになる。
縛り付けられ全く身動きが出来ない状況の所為か、怒りよりも脱力感の方が強かった。
俺は多分、既に諦めている。
一呼吸おいて、敢えて避けていた質問をする。
「俺はこれからどうなる」
「あなたはここからクヤッジスード砦の中心に設置された魔術城壁の心臓部に向かって、魔剣と共に射出されます」
射出だ?
何の冗談だ。
「山があるとか言ってなかったか」
「直線上に射出装置を設置すると、遠見ですぐに敵に露見してしまいます。弧を描く射線で撃ち出します」
先程から周囲で行われている作業は、その射出装置とやらの準備という訳か。
それにしても無茶が過ぎる。人間バリスタかよ。
「やることは結局砦の攻略。魔術城壁の破壊。嘘は言っていないと?」
「あなたの目には、私達がさぞ不誠実に映っている事でしょう。どのような言い訳をしたところで騙していたことには変わりありません。せめてもの誠意のため、私はここに来ました。我が騎士よ。あなたには剣の才能が有り、危機を乗り越える胆力も備わっていたようです。もし、状況が許したのならば、さぞ素晴らしい騎士に。物語に紡がれるような立派な騎士になられたことでしょう」
「寄って集って騙しておいて良く言う」
「詳細を知っていたのは極僅かな人間です。…メリッサには、知らせていませんでした。彼女は薄々感づいてはいたようですが。彼女は心優しい娘です。恨むのならば、この私を」
恨めか。
出会い方の所為か、初めからいけ好かない女だとは思っていた。
いや、その出会いからして仕組まれていたのだから、まさに疫病神と言ったところか。
俺はそれきりしばらく口を開かなかった。
パロマは作業に戻って行った。
ビビアーナは、ずっと傍に控えていた。彼女なりの誠意なのかは知らないが、実際やることもなく暇なのだろう。
俺が沈黙に堪えられずに再び口を開くよりも先に、作業の方が終わったようだった。
胸の前で固定された手に魔剣を握らされる。ここで抵抗してもまるっきり無意味だとは分かるが、流石にこちらからしっかり握ってやる気にはなれなかった。
柄を包む拳の上から、縄のようなものをきつく巻きつけられた。これで指一本動かせなくなった訳だ。
最後にパロマがやってきて、何やら俺の拳と魔剣に魔術を使った。
「あなたと魔剣を繋ぎました。これであなたの意志で魔剣を抜いた時と同じ状態になります」
そう言えば、そういう仕組みだったな。
俺は固定された板ごと担ぎ上げられ、レール状の装置へと運び出される。
俺の後をビビアーナが付いて来ていた。
「…なあ、俺は死ぬのか?」
「放たれた時の衝撃で死ぬことはありません」
魔術城壁を破壊するまでは、死なれたら困る。当たり前か。
「ですがその後は…生還の見込みはありません」
着弾時に運良く生き残っていても、拘束された状態で敵陣に放り込まれるのだ。そうそう生き残れはしない。
俺がレールの上に乗せられてからの作業は手早かった。複数の魔術師が、それぞれ呪文を唱え装置を作動させていく。周囲から圧力のようなものを感じ始めた。
ビビアーナが最後に祈りの言葉のようなものを口にした。
「ウラスブークの繁栄のため命を賭す我が騎士の魂に永久の栄光があらんことを…」
これから死ぬ人間に栄光って何だよ。お前は知らないだろうが、死んだ後だって碌なことがないんだよ。
パロマが準備が整ったことをビビアーナに伝えた。
少し間を置いてから、ビビアーナは号令を出した。
「…放て!」
俺は仰向けで固定されいて顔を見ることは出来なかったが、きっと目を背けず、こちらを真っ直ぐ見つめて言ったに違いない。そう思えた。
発射の衝撃は凄まじかった。お世辞にも砲弾への配慮がされているようには思えなかった。
空が瞬く間に流れ、気付けば落下軌道に入っていた。ジェットコースターで落下するときのような浮遊感でそれが分かった。
自然と止めていた呼吸を再び始める。
俺を固定している板が、緩やかに回転しだした。城壁に囲まれた砦が一回転するごとに見えた。薄い光の膜のようなものに包まれている。その中央に塔のような物が見える。
発射時より減速していたが、それでも速度は凄まじい。何か感慨にふける間もなく、俺は砦を包む光の膜を切り裂いていた。
その直後、俺は全身にありったけの力を込めた。
身体を揺さぶる衝撃と共に、光が内と外とで瞬いた。
朦朧とする意識の中、目を開き見上げると、塔のような装置に穴が開いていた。
俺は生きていた。
魔力の解放が上手くいったようだ。だが、そのお陰ですぐにでも気を失いそうだ。
拘束は解かれていない。周りからは火の手が上がっている。
こりゃ、助かりっこないな。
虚ろな意識の中で、周囲に人が集まってくる気配がした。
気力を振り絞り、目を開く。最後に敵の顔を拝んでおくのも良いだろう。
魔王の軍勢だったか。
どんな化け物かと思いきや、俺を覗き込む顔は人間のもの見えた。
耳鳴りの中で話し声が聞こえる。
「こいつがやったのか?」
「空から落ちてきたぞ」
「まさか異界の人間か?」
「ウラスブークめ、また魔王を呼び込むつもりか!」
「殺せ!」
普通の人間じゃないか。
顔の筋肉はほとんど動かせなかったが、俺は笑っていた。
結局、魔王どうこうというのも嘘だった訳か。
連中は、魔王がウラスブークの仕業みたいなことを言っている。居ることは居るのか。
何だかもう良く分からんな。
もういい。寝よう。
***
ぼんやりとした意識の中、微かに声が聞こえた。
「…からだ」
聞き覚えのある声だった。
「…ワコレ、からだ」
今回は記憶もはっきりしている。
俺は死んだ。
痛みをあまり感じなかったのは、殺される前に意識が飛んだからだろう。こういうのは幸運と言っていいのだろうか。
兎も角、とりあえず瞼を開こう。
「俺達の冒険はこれからだ」
目の前の少女がそう言った。
「今終わったところだ」
相変わらず不自然な空間だった。暗闇の中で、灯りもないのに少女が見える。
暗闇で曖昧になっているが、視界の端がぼやけているような感覚がある。
「毎回ここに引き戻されるのか」
「ようこそ。お帰りなさいませ」
「先に言っておく、もしまた転生させるつもりなら即刻辞退する」
「当選を拒否ですか」
「そうだ」
「申請を受理しました」
とりあえず今度は勝手に転生されることはなさそうだ。
しかし、ここは一体何なんだ。
死後の世界、輪廻転生、そう言った類のものはまるっきり信じていなかった。
だが、それはこの場所を起点として実際行われている。
何より俺自身が転生を体験した。
あの世界は何だったのか。
魔力とやらが確かに存在していた。
だとすると、時間的にも空間的にも異なる世界だという事になる。
過去や未来に行ったところで魔力なんてものは出てこないだろう。地球ではない、どこか別の星であったとしても同じことだ。
ならば、平行世界とやらだろうか。
しかし、平行世界と言うのは複数の宇宙が存在することを指摘するものであって。
「都合よく分岐した世界が存在するという解釈ではなかったはずだ」
少女が俺の頭の中の言葉の先を一言一句そのままに継いで言った。
驚いて少女を見つめた。
俺は言葉を発していない。
考えを読まれた?
いや。
「…お前は俺なのか?」
少女は応えず、笑みを浮かべていた。
はっきりした肯定を望まず、しかしそれを示唆するものが欲しい。俺は無意識にそう願っていたようだ。
それ故の少女の反応だった。
これは走馬灯だ。
最後までご覧いただきありがとうございます。
短編のようなものを書いてみようと思ったらこんなんになりました。
なろうの投稿がよくわかってないので不備があるかもしれません。
ていうかトップページすぐに表示されるあらすじでネタバレしてて良いんでしょうか…。




