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ぼんやりとした意識の中、微かに声が聞こえた。
「…いか」
目覚める前の微睡に似たような感覚だが、どこかおかしい。
イカって何だ。
「…ホシいか」
何がおかしいのかと考えてみる。
干しイカ…?
そうか。おかしいと感じていること自体がおかしいのだ。俺は何かを見てすらいない。
起きなければ。そう思って、あるかもわからない瞼を開いた。
「…まだ夜か」
思わずそう呟いてしまうほど、辺りは暗闇に包まれてるように見えた。
目を凝らすと、暗闇に慣れていく時のように徐々に視界が開けてきた。
目の前には、何故か少女と思しき一人の人間が立っていた。
「ちからがホシいか」
少女はそう言った。
「何で片言なんだ」
「…目覚めたのですね」
俺の指摘を受けたからか、片言の少女は突然流暢になった。
「普通にしゃべれるのなら最初からそうしてくれ」
「それは仕様上難しいです」
なんだこいつ。
それより、やはりおかしい。辺りを見回すが、暗闇に慣れたはずの目に映るのは正面に立つ少女だけだった。何もない空間に自分と少女だけがいる。明るいような暗いような。奥行きがあるようでないような。とにかく、変だった。
「何だここは…」
「覚えていないのですか、貴方の身に起きた事を」
「俺の身に…?」
その瞬間、深夜の横断歩道で信号を待つ自分と、そこに猛スピードで突っ込んでくるトラックという情景が頭を過ぎった。何故か俯瞰だったが、直感的に自分が死んだという事だけは理解できた。
「ああ、死んだのか」
妙に納得がいった。死んだ今だからはっきり言える。どうでもいい人生だった。だからなのか、別段感情と言うものが湧いてこなかった。
「すると、ここは死後の世界なのか?」
そう自分で口にして、酷く気持ち悪く感じた。
俺は死後の世界なんて信じていない。テレビの電源が消えるときのように、ぷつりと、何の反応もなくなって、それで終わりのはずだ。ここはおかしい。
「死後の世界と言えなくはないですが、正確には違います。死とは、観測点の消失です。何も認識できなくなる状態です」
少女が俺の期待した答えを口にしていた。
「しかし、あなたは自身と空間、そして私を認識しています」
「じゃあ、ここは何なんだ」
「あなたは当選しました」
「…当選?」
「あなたが望むのならば、力とそして機会を授けます」
「それで、力が欲しいか、なのか」
どうも会話になっていないような気がする。
「望みますか?」
「勝手な事を言うな。まずは詳細を教えてくれ。力と機会ってのは何だ?」
「力とはエネルギーです。魔力が当てはまります」
「は? 魔力?」
一気に胡散臭くなってきた。
「機会とは、あなたがこの場から抜け出す事です。ただし、あなたは既に存在しません。指定地点での活動を要請します」
言葉は流暢だが、内容は片言に戻った気がする。恐らく、生き返りはするが少女の指定した場所に行くことになる、と言っているように思える。かなり直感に頼った当てずっぽうな意訳だが、つまりは異世界へ転生ということだろうか。
ないな。
やっと終わったんだ。転生なんて御免だ。
「悪いが断る。当選はなしにしてくれ」
「わかりました。…あなたの申請は拒否されました」
「…ん?」
例の片言で俺が断ったことを言っていると思いたいが、どうもニュアンス的には俺の意見が拒否されたように聞こえる。
「それはどういう意味で言ってるんだ?」
「意識覚醒が規定以上進行しています。既に指定地点での再構築が始まっています」
「は?」