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中国誤事

中国誤事 人間一事塞翁が馬

作者: ナカタサン

元の意味

人間万事塞翁じんかんばんじさいおうが馬:幸福と思われることがのちに不幸につながったり、不幸だと思われたことが幸福につながったりする。

前漢時代の思想書、淮南子えなんじからの出典。

とりでに住む翁の馬が逃げ出したが、駿馬を連れて戻って来た。

息子が駿馬に乗って遊んでいると、落馬して骨折してしまった。

戦争が起こり多くの若者が戦死したが、骨折した息子は兵役を免れ生き残ることができたという事から。

人間じんかんとは世間の意。単に塞翁が馬とも言う。

同義語で、禍福かふく(災いと幸福)はあざなえる縄の如し。


それは古代中国での出来事であった。


長安ちょうあんの遥か北、の国との境界のとりでに占い好きの一人の老人が住んでいました。

老人には大切に育ててきた馬とかわいい息子がおり、ごくごく普通の暮らしをしていました。

ある朝息子が飼い葉をやろうと馬小屋を覗くと、繋いでおいた馬が居ません。

慌てた息子は大声でわめきながら寝ている老人を叩き起こしました。


「父さん、大変だ。馬が、馬が居なくなってる。馬泥棒が入ったに違いないよ。」


このあたりの馬は強靭きょうじんで俊敏な良馬が多く、高値で売れます。そのため馬泥棒が出ることもありました。

その騒ぎに近所の人々が駆けつける中、馬小屋と馬をつないでいた切れた綱を見た老人はのんびりとした口調で言いました。


「息子よ、この綱を見てごらん。擦り切れたように引きちぎれているだろう。これは泥棒が切ったんじゃないよ。

きっと古くなった綱が切れて、そのまま草を食みに出て行ってしまったんだろう。」


「じゃあ早く探しに行かなくては。」


飛び出そうとする息子をぐっと引き止め、老人は言います。


「その必要はない。あの馬は賢いし、その辺りを走って満足がいけばきっと自分から戻ってくるさ。

それにわしの占いでも『吉』と出た。あの馬はきっと帰ってくる、何も心配はいらないんだよ。

お前はいつ馬が帰ってきてもいいように小屋の掃除だけはしておいてくれ。」


残念がる様子も無く馬を探しに出かけない老人に、本当に大丈夫なのかと懐疑的かいぎてきに思いながら帰っていく近所の人々を見送ると、老人は家でごろりと横になります。

そして数日後、遠くに逃げた馬が多くの馬を引き連れてこちらへ帰ってくるのを見た息子が喜びの声を上げます。


「父さん、本当に帰って来た。それも他の馬をたくさん連れて来たよ。」


「だから言っただろう。さあ、また逃げられる前に早く馬を繋ごうではないか。」


そう言った老人親子が馬に駆け寄り綱を架けようとすると、声をかけてくる者が居ました。


「ちょっと爺さん、いったいうちの馬に何をしようというんだ。」


「うちの馬だって、どういうことだ。」


驚いた老人が声の方向に目を向けると、馬団の後ろに商人らしい男が立っていました。


「この馬は全て私がの国で仕入れた馬だ。欲しいならきちんと代金を払ってくれよ。」


「いやしかし、この馬は数日前にわしの所から逃げ出した馬なのだ。」


「何かそれを証明できるものはあるのかい。」


そう言われても自分の馬だと証明できる物などありはしません。

困り果てた老人が一縷の望みをかけて来てもらった近所の人々から事情を聴いた商人は言いました。


「ふむ、そういうことだったのか。だがこの馬は私がで正当な対価を払って手に入れたものだ。

爺さんが買い戻したいと言うなら、特別に安い価格で売ってあげよう。私もさほど得にはならないが、仕方ないさ。」


商人が提示した安値で馬を買い戻し、さらに駿馬しゅんめらしいもう一頭を買い足した老人。

手痛い出費でしたが、この馬を都で売ればわずかながらもまだもうけが出ます。

近所の人々から「馬が戻って良かったな。」などと言われ釈然しゃくぜんとしない老人は、この一件についてまたしても吉凶を占います。

『凶』でした。すぐさま馬を売りに行こうと不安そうに言う息子を押しとどめて老人は言います。


「今は軽々(かるがる)しく動くべきではない。きっと今売りに行けば途中で野盗やとうにでも出会ってしまうかもしれん。

それになにやら隣国りんごくの動きがきな臭いと商人殿が言っておった。戦争になれば馬がもっと高く売れるに違いなかろうよ。」


しぶしぶそれに従う息子が新しく買った馬の調教中に落馬し、足の骨を折ったのはそれから数日後の事でした。

老人がさぞや落胆らくたんしているだろうと近所の人々が見舞いに来ると、老人は落胆らくたんした様子も無くにこにこと笑っていました。


「爺さん、息子が怪我けがをしたっていうのに、どうしてそう上機嫌なんだ。」


この爺さんついにけ始めたか、と眉をひそめる近所の人々に老人はさも当然のように言います。


「わしの占いによると、今回の怪我は『吉』だった。息子は今は痛い思いをしているが、戦争に行くことはできない。

戦争が始まれば、死なずに済んだと今日の日を嬉しく思うはずさ。」


程なくして老人の言う通り隣国りんごくとの戦争がはじまり、多くの若者が兵士として取られる中老人の息子だけはとりでに残りました。

老人と息子は胸をなでおろし、生きている幸せをかみしめたのです。

しかしそう時間も置かず戦争はあっけなく終わりました。

戦争に取られていった若者たちは圧倒的な勝利に多くの褒章ほうしょうを持ち帰り、とりでは祭りのようにき立ちました。

そのため口惜くちおしさをつのらせた老人の息子は大いに気落ちし、高熱を発してしまったのです。

そのただならぬ様子に慌て、息子を癒すための薬を探し求め歩いていた老人は、とりでに立ち寄っていたいつかの馬商人を見つけて呼び止めます。


「商人殿、久しぶりでございます。実は…。」


老人から話を聞いた商人は瞑目めいもくして考えると言いました。


大事おおごとになったな、爺さん。戦場でもひどく骨折した兵士がよくそのような事になるのだ。

きっと息子殿は折れた骨が周りを傷つけ、そこに毒がたまったのだろう。

このまま放置すれば毒を出している骨を削るか、足を切り落とすしかなくなる。」


驚きなげく老人をよそに、商人は持っていた荷物をあさると一つの薬瓶くすりびんを取り出します。


「おお、あった、この薬だ。

これは戦場で売るはずだった薬なのだが、味方があまりにも鮮やかに勝ちすぎて売れずに残ったものだ。

本当はとても高い薬なのだが前に馬を買ってくれたよしみだ、相場よりもずっと安く売ってあげよう。」


馬を買ってしまったために手元にお金の無かった老人は、泣く泣く馬を手放した代金でその薬を買いました。

息子は薬で元気を取り戻しましたが、老人の家は元より貧しくなってしまいました。




中国誤事

人間一事塞翁じんかんいちじさいおうが馬:何事(一事)も悠長ゆうちょうに構えていると好機や大切な物を取り逃してしまうという事。

もしくはとりでの老人の一件で一番儲けたのは商人であることから、誰かの不幸は誰かの幸運につながっているという事。

誰かの災いが他の人の幸福につながる事から、禍福は糾える縄の如し、他人の不幸は蜜の味などとも言う。



元の意味の参考文献:語源由来辞典

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