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第9話 ウィルミアのウィルヘルミナ

「これで良しと! 今回の呪いは解かれた。もう大丈夫だ」

「ありがとうウィルヘルミナ。これでもうあの呪われた剣で道行く人々に斬りつけることもなくなった」


 湾口の大橋近く、青い海からの潮風を受けながら解呪師と依頼者の少女は佇んでいた。エイダが斬り付けた人々は修復済みだったが、路上の鮮血は未だにそのままだった。


「〈人斬りロイク〉さながらだったぜ」

 ロイクは他者をところ構わず惨殺する呪いにかかっている解呪師だ。毎回、修復する手間がかかるし、教育上少々子供に悪影響が及ぶのではないか、と難色を示す者もいる。しかし彼は、どこからかウィルミアに集結する盗賊、人さらい、暗殺者、テロリスト、その他の悪漢の形をとる呪いの討伐においては、さまざまな功績を上げる英雄であり、功罪が相殺され勤務を続けている。


 海沿いから二人が街のほうを振り返れば、乱雑なビル群が立ち並ぶ。初夏のウィルミアは既に猛暑に襲われ、陽炎が都市を包んでいる。ビルの向こうには巨大な岩山が聳え立ち、その頂上には皇帝の住まう宮殿が見えた。山頂周辺は薄っすらと雲に覆われている。


「宮殿は最も呪われた場所だよ。さしものあたしも適わないくらいね」〈禁忌〉の解呪師は言った。「初代皇帝があの岩山の上で竜の王を殺し、そこから呪いが始まったんだ。今は宮廷解呪師が押さえ込んでるけど、そうじゃなきゃあの上は年がら年中大嵐が吹き荒れるそうさ。あんたに資質があるなら、宮廷の護衛隊に入るのも手かもねぇ」

「そんな面倒そうなのに私が入るはずがない」エイダが言うと、さもありなん、とばかりにウィルヘルミナは頷く。


「そうかい、だけど〈呪われ〉がそのままで働こうと思ったら、いずれ解呪師になるしかないのさ」

「私はともかく、ウィルヘルミナの呪いは完全に解けないの?」

「あたしレベルになると社割含めても解呪料が馬鹿高いから、このままでいいよ。それにこいつがあればどんな呪いだって怖くはないからねぇ。エイダ、あんたはあたしの顔がはっきり見えてるんだろ?」

 エイダは頷く。解呪師は愉快そうに笑った。

「ってことはあんたは少なくとも隊長やシガード、〈金字塔のリジェル〉並みの力を持っているってわけだ。それをうまく使えば金持ちになれるだろうに、もったいないねぇ」

「労働を経由しての金持ちにはなりたくないから」

「そうこなくちゃな! 気に入った」ウィルヘルミナはエイダの肩に手を掛けながら言う。「そんな怠惰なあんたに飯を奢ってやるよ。何がいい?」

「高級焼肉」

「おいおい、あたしに気を使わなくていいから、あたしの財布には慈悲を与えてくれると嬉しいなぁ」

「思ったんだけどウィルヘルミナとウィルミアって似てて混乱する。改名したほうがいい」

「親がくれた良い名前なんで無理だよ」

「じゃあ街を改名する」

「皇帝にでもなりな、そしたら街の方をウィルヘルミナって名前にしちまいなよ」

「ならその後であなたにウィルミアって改名するように命じる。歯向かえば死刑」


 二人は与太話をしながら、安いランチが食べられる店を探すため歩き出した。

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