第6話 ウミウシ投擲
さっそくリジェルは仕事を始めるなり有能さを見せ付けた。大剣を振るい、面倒そうな呪いを魔人に頼んで即座に消したり、おまけに支部の掃除を真面目にやったりと八面六臂の活躍、これに気を良くした隊長は彼に〈金字塔〉という仰々しい二つ名を与えた。
「いずれ、お前は私の後釜として隊長職を務めることになるだろう」支部の応接間でハイネマンは言った。「それまで研鑽を積め。一解呪師としてのみならず指導者としても私の背中をしっかりと見ておけ」
「どっちもあんまり見たことがないですわ、隊長が大活躍しているのを」
「私が奥ゆかしく見せ付けていないからだ。解呪が英雄的ショーではなく地道な仕事だと理解しているからな。ああ、分かってるとは思うが、何度も言ってるように〈全能〉の力を濫用するなよ。膨大なカネを得たり都市機能を麻痺させたりとか。私が大隊長に大目玉食らうんだからな」
「無論理解してますよ。それにしても、今日は皆、出払ってるようですわな」
「そうだ。何か知らんが呪いの発生件数が今日はだいぶ多くて、このままだと冷房の効いていないヒートアイランドの只中にこの私自らも出ていかねばならない。この街は人口密度が高すぎる。無謀な都市計画を先導した浄化機構が憎い。これにより市民の思考能力を低下させさらにはアルコールの大量摂取で間接的な殺害を行う陰謀だ」
「また陰謀論か隊長、ほどほどにしてくれよ。それよりオレも出なくて良いんですか?」
「もちろん出て行ってもらう。依頼先を今印刷するからとっとと解呪しろ」
「ああ、行ってきますわ。仕事終わりに一杯やるのを楽しみにしながらな。〈三日月のように鋭く、夜のように冷たく。今宵あなたにミストラル・ビール〉」
リジェルが出て行ってすぐにノアが帰ってきた。
「何なんだよこの暑さは、都市に呪いがかかってるんじゃないの」
「だとしても依頼がなければ我々は動けないがな。アザラシ共は退治し終えたのか?」
ノアは頷いた。ウィルミアにかかっている古き呪いの一つが、レミュエル一世の時代から続く巨大アザラシ、その他怪物の出現だ。呪いは時が経つにつれ弱まってきてはいるが、今日でも通りに体長五メートルほどの怪物じみた個体が突然出現しては交通の妨げになっている。慢性的に出現する怪物の討伐は、古くから解呪師の代表的な仕事だった。
「俺が消しゴムを取り出し、これで鉛筆で書いた字を消すことができると解説したら奴らは発狂したぜ。そのまま心臓麻痺とか起こして死ぬと思ったら暴れて被害が拡大し、またロイド巡査長に怒られたけど笑ってごまかした。ああ、そういや隊長、ボマーさんに会ったんだって?」
「あんな小娘にさん付けなどするんじゃあない。生意気極まりない放蕩者だ」
「親が金持ちなのは良いことだよ。貧乏もまた呪いだな。貧困ってのはなかなか……」この話を続けるとハイネマン隊長がお得意の陰謀論を持ち出してくるのに気づいたノアは急遽話題を変える。「それにしてもあの新人のリジェルはかなりできるようだね」
「多少不遜なところはあるが有望なほうだ。全能者をうまく使えばこの支部の評判も上がるだろうな。まずは今取り掛かっている巨大ウミウシ討伐を成し遂げられるかどうかだ」
「ウミウシって、あの海にいるぐにゃぐにゃしてて紫の液を出すやつ?」
「それはアメフラシだ。まあどう違うのかあまり私も知らんが、とにかく巨大なウミウシがここから数ブロック先に突如出現し、口から火を吐いて街を混乱に陥れているのだ」
「変なのばっかり出現するなあ、マジでこの街は呪われてるよ。俺が戦ったアザラシ共なんて口から酸を吐き飛ばして来て服が溶けちゃうし」と、ノアが肩口の溶けた箇所を示すと隊長は言語道断、と言わんばかりに顔を顰めて、
「未熟な。そんなものも避けられないようでは解呪師失格だ。最近の若者は日ごろ不摂生な生活をしているから反射神経が……」
と、隊長が声のボリュームを増し始めていたところで壁を突き破ってウミウシが飛び込んできて、二人ともその下敷きになってしまった。
壁の穴から慌ててリジェルが入って来て、「ヤバい、力任せに吹っ飛ばしたら支部に突っ込んじまうとはな。隊長とノアが圧死しちまったか。まあ治せば良いわな」
と修復杖を用いて壁と二人を元通りにして何食わぬ顔で、「やあ隊長。ウミウシを討伐したぞ」
「馬鹿野郎、上司を潰す奴があるか! 図体だけの無能が! 現代社会の闇!」
「ああ」ノアが、激昂する隊長に言った。「面目も丸潰れだな」




