最終話 栄光のアデレード
リンダリアの人間なら誰もが〈栄光王〉のことを知っている。
都市を襲った災厄は結局すべてを飲み込んだ。
それまで誰かがどうにかして解決してくれていた、厄介な呪い、荒廃、怪人、魔獣。それらが都市を飲み込み、混乱が大陸を包み、文明が崩壊しかけたとき〈栄光王〉は荒野より現れた。
一振りの剣だけで災厄を――どうやったのか今日には伝わっていないが――全て取り除き、大陸に新たな王国を築き上げた。
生き残っていた旧帝国の皇子を伴侶とし、生涯を戦いに捧げた英雄としてのみ伝わっているアデレード・ボマーについて、今日ではその人となりは明確ではない。しかし、彼女が常に自信に満ちていたこと、ありとあらゆる災厄が、彼女の手にかかれば消えたということから、性格もまた英雄的な、清廉なものであったと予想される。
今日、かつてウィルミアと呼ばれていた場所は栄光王の名をとってアデレードと呼ばれている。
建国を終えた王は、再び戦いへ身を投じるために、彼方へと旅立ったとされている。
その行方、そして結末は定かではないが、きっとそれもまた栄光に満ちたものであったろう。
以上のような歴史の教科書の記述を見ながら、ドリスは自分もこんな英雄的な人生を送れたら、と思っていた。しかしそれは目下のところ、不可能であった。ドリスは今日も学校をサボり、それでいて何をするでもなく、公園のベンチで教科書を読んでいる。無気力な青春。今日も適当にそこらを散歩して、日が暮れるころに帰るのだろう。
そう思っていると、隣に誰かが腰掛けた。それは黒髪の、眠そうな目をした少女だった。
「久々に戻ってきたのだけど、王国民が繁栄を享受しているようで何より。それでもあなたは随分と退屈そうだけど」
少女はドリスにいきなり話しかけてきた。
「え、えっと、どこかでお会いしました?」
戸惑いながらドリスは聞くが、少女は首を横に振る。
「初対面、しかし、そんなあなたにも、私が偉大で不世出な才覚の持ち主であることは明らかだし、実際、数世紀でこれだけの繁栄を齎したことは、その証であるのです。世界は穏やかに、静穏なるままに進んでいく。あなたも、平静に、自分の能力を把握しながら生きていけばいいと思う。私はそうした。なりゆきだけど。しかし、挑戦しないといけない場合もある。私はこれから異なる世界で悪しき勢力を破壊し、再び栄光に満ちていく。私は偉大」
少女は立ち上がり、歩いていく。ドリスはそれをただ見ている。
風に吹かれて消えていく少女の小さな背中は、なぜだか栄光に満ち、英雄的に見えた。
〈終〉




