第32話 放浪
西リンダリアを何十年ぶりの災厄が襲ったのはそれから一ヶ月ほど経過したころだった。
エイダがそれの発生に気づいたのは夜中で、もちろん眠いので何をするでもなく放置していた。
朝起きるとテレビではそれが報道されていた。ウィルミアの中央地区では恐るべき荒廃が始まっていた。
高層ビル群は崩れ去り、百年が経過したように植物に覆われている。さながらガリブ隊長の受け持つ大橋のようだ。どこからか怪物たちがぞろぞろと結集し、街は混乱の極みだ。さすがにインフラがいくつも停止し、市民たちも日常を過ごすどころではなくなっていた。
会見で答えているのはラヴジョイ局長とウィルミアの公社の長、リンドバーグ長官で、この呪いとの戦いは困難を極めるとのことだった。
災厄はウィルミアだけに留まらなかった。大陸西側の各地で陥没孔、巨大な鳥獣、広大な都市の廃墟、数千人単位の異なる言語を喋る人々などが突如出現し、なんと東側にまで一部は飛び火しているとのことだ。
ジゼルはすでに出勤したらしくいなかった。エイダはどうすべきか考えた。
その結果、この家を出ようという結論に達した。
置手紙で、簡潔にジゼルへ感謝を述べ、いくらかの謝礼を残して、街へ出た。
通りはひどく静かだった。ここには災厄が食い込んできてはいないようだったが、人々はどこかへ避難したのか、あるいは家の中にこもっているのか、姿を見ることはできない。
エイダは東へ向かった。再び、荒野へと歩みを進めている。
自分の体に力が満ちているのを感じる。竜がわずかばかりに覚醒し、それに自分も共鳴しているからだと思われた。
あの竜を討伐することは可能だが、これはウィルミアの人々への試練だとエイダは考えた。
帝国の人間が、再びあの竜へ挑む、建国時の再現だ。その儀礼的挑戦を超えたとき、帝国の人間はまたひとつ強くなるのだろう。
エイダの前に、路地から現れた一体の獣が立ちはだかった。巨大なライオンのようだったが、神々しく翼が生えている。
そいつが破壊したのか、ショーウィンドウが粉砕されている店が目に入る。路上に一本の解呪用の剣が投げ出されていた。
エイダがそれを拾うと同時に、怪物は彼女目掛けて飛び掛ってきた。
「私が今後も恒久的に不敗で、数々の栄光を築いていくのは既に確定的なのです」
その言葉通り怪物の首は、一秒後には落とされていた。
ジョアンナならば「またひとつ勝利を積み重ねた」と言うのだろう。
恐らく湾口地区でも今頃、戦いが始まっている。
ハイネマン隊長と彼女の部下たちならばきっと大丈夫だろう。
エイダはひと気のない街を横断し、忌まわしく呪いが点在する荒野へ足を踏み入れた。
剣が彼女の栄光を約束するように輝いている。




