第29話 寄生者の入射角
バスに乗ってエイダは夕刻、ウィルミア都市部の東端へ到達した。隣にいたアリスが口を開いて、
「エイダ、またしても接続点が来ようとしているわ、入射角に注意することね」
「何の話?」
「どういった時間帯にどういった態度で接続点へ突入するかで、あなたの運命はまた違った様相を見せるということよ。蝶の羽ばたきが嵐になったり嵐が一匹の蝶の羽ばたきに収束するように、あなたの行動しだいでいずれは都市全体に深甚なダメージが及ぶかもしれないし、千年の繁栄を享受することになるかもしれないのよ」
「そんなことを考えて行動しなくてはいけないと?」
「しなくてはいけないということではないのだけれど。あなたにとっての白兎はどこから現れるかは把握しきれないということね。物語のブレイクスルー、異なる世界への侵入、その時点まではあり得なかった事態が連鎖的に引き起こされる。それを意識していないと死ぬということよ」
「なるほど」エイダは生返事を返した。
街へ入ると、さっそく解呪師が戦闘を繰り広げている。オーソドックスなゾンビとの戦いだ。猫背の女性が両手の剣で果敢に切りつけ、ほどなくして生ける屍たちは灰と化した。
「すみません」エイダは彼女に話しかける。
「何だ、何か用か?」相手は剣を納めながらぶっきら棒に聞いた。
「あなたは昼勤の解呪師ですか?」
「そうだが?」
「ではそろそろ仕事は終了の時間ですか?」
「そうなるが」
「それなら、これから帰宅するんですか」
「ああ。それが何なんだ? 用件を言ってくれ」
「家に泊めて欲しいんですが」
「何だと?」
「っていうか滞在させてください。その間、食料はただで供給して欲しいし、それとは別にお金を使わせて欲しいと私は考えているんですが」
「意味が分からん。なんで初対面のお前にそんなことをしなければならないんだ?」
「つまり嫌だということですか」
「嫌に決まってるだろ」
「しかし、あなたが嫌だと思うことと、実際に滞在させないということとは別ですよね?」
「いや、同じだろう。わたしが嫌だと言うことはつまり滞在を許可しないということだ」
「滞在を許可しないということと、私が実際に滞在できないということは別ですよね」
「なぜ別になると思うんだ? お前の思考はどうなっているんだ? そういう呪いなのか」
「ええ、まあ、そういうふうにしてもいいかと。入射角をちょっといじればできると思いますので」
「何を言っているのか分からないが、そんな馬鹿げた話を聞いてられないな」
相手はそう言って帰ろうとするが、エイダはその後ろを付いていく。
「おい、何を付いてきているんだ?」
「ですから、滞在させていただこうと」
「許可しないし、お前など家に入れるものか!」
「しかし、それはあなたがそうしないと考えてらっしゃるだけで、実際にそうはならないかもしれないではありませんか」
「だからさっきから何なんだ! お前がどう考えていても滞在は不許可だし、お前は滞在できない。金輪際不可能だ。お前のような馬鹿げた考えがまかり通ることなど、太陽が西から昇ろうとあり得ん。そんな虫のいい話など考えていないで自分の家に帰れ」
「いえ、滞在します」
「『します』じゃない! まったく、この都市の若いのの倫理観は本当にイカれてるな!」
「私は有徳かつ洗練された人格の持ち主です」
そうして、女性とエイダはアパートの前に来て、そこでもまた、家に入れない、いや、そう言っても実際にそうならないかは別だ、という問答が繰り広げられ、それがひと段落したところでエイダは中に入り、女性が金銭を手渡すという恐るべき事態が起こった。
そういう経緯でエイダはこの女性、ジゼル・モンターギュの家に滞在することとなった。




