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第26話 石味

 ハイネマン隊長は仇敵である浄化機構の密偵、サイロッドと対峙していた。


「前回の襲撃はいかがだっただろうか、ハイネマン? 挨拶代わりだから、楽しめるほどではなかっただろうな。しかし、本番はこれからだ」

「新たな趣向を用意しているとでも言うのか?」

「いかにもだ。クロフォードを退けた部下たちを賛美していたが、やつなど末席に過ぎぬ。やつの他にも多数の精鋭、強力な呪い、恐ろしい怪物、帝国の全住民を抹殺するほどの新兵器などがあと六分ほどで準備でき、それをもってすればお前など虫けら同然だ」

「ふん、大層な話だがお前たちの致命的な弱点を忘れているようだな、サイロッド。未だ貴様らは実体を持たず、市民を間接的に操作することしかできないではないか」

「確かにな」


 サイロッドは頷く。これこそが浄化機構の矛盾である――その非実在性は強みであり弱みだ。

 実体がないがゆえに誰も手出しはできない。しかし、だからこそ未だ都市へ致命的な一撃をもたらすことは叶わずにいる。

 現世にサイロッドやソルディ司令などの幹部クラス、精鋭〈抹消隊〉や秘密兵器〈業火〉、そして機構の支配者〈五十人委員会〉が出現するには、ハイネマンの呪いをさらに拡散する必要があるのだ。

 無論容易ではない。ハイネマン隊長の人知れぬ献身により、組織の活動は妨害され続けているし、仮に実体化が成し遂げられても、それは都市が浄化機構の恐ろしさを認識することに他ならない。


「まあ、楽しみにしているがいい、今後の我らの作戦を。それまで仮初の平和を享受するのだ」

「戯言を。お前など今この場で葬ってくれる」


 支部にリジェルがやって来ると、洗面所で怒声が聞こえた。見に行くと隊長が狂乱し、罵声を浴びせながら鏡に拳を打ち付けている。血と硝子の断片が飛び交う光景を、リジェルは見なかったことにした。


 しばらくすると来客があった。


「毎度どうも私です」そう言いながら、エイダが支部に入ってくる。

「ようエイダ、今日はどうしたんだ? 最近呪いが落ち着いてきたと思ってたが、また何かあったのか?」

「ええ、私のほうで呪いを制御する修行を積んだところ、ほとんど完全にコントロールすることができるようになったので、リジェルを実験台にしたいのですが」

「ほう、なぜオレなんだ?」

「あなたは全能。そのインパクトに抗う。私もいずれは全能遊民へとなる」

「何を言ってるのか分からんわ、まあ気晴らしに良さそうだが、ここじゃまずい、海辺へ行こう。隊長がなんか発狂してんだ、あんたと遊んでるのを見られたら何をするか分からんのでな」


 海岸へやって来るなりエイダは「私を攻撃してください」と言い放つ。


「いや、無理だから。こちとら呪いから市民を防護するのが仕事、攻撃なんてできるはずないんですわ」

「攻撃と言うと語弊があった。あなたの魔人に、私を対象とした願いを叶えさせる。そうすれば、私の強さが証明できる」

「また妙なことを言い出したな。そうだな、害にならない願いならまあいいだろう。じゃあ、お前に飴玉をひとつくれてやろう。それなら呪いで市民を攻撃したことにはならないし、違法な財産を獲得したともみなされないだろう」


 リジェルはさっそく呪具であるランプを出現させ、魔人に「エイダに飴玉を進呈する」と願った。

 しかし、いつまで経っても飴玉は出てこない。


「おかしいな。魔人よ、どうなっている?」

『分かりません。確かに願いは叶えたはずなのですが』

「こんなことは初めてだな。エイダ、何かしたのか?」

「ご名答。私が自らの抗呪の力を用いて抗ったのです。それゆえに願いは消失し、飴玉は虚空へ消えた」

「そんなことができるのか?」

「できる。なぜなら私だから。そして抗ったのならそれは我が物に」


 エイダの手には、リジェルのものと同じようなランプがあった。


「なるほど……オレの呪いを模倣しているってのか?」

「いかにも。他にも昼勤の皆と、夜勤のラモラックの呪いはすでに獲得した」

「確かに、誘発体質の人間のうち何人かは、他者の呪いをどうこうする力を得ることがあると聞いたな、前に。だけどまったくそのままってのは驚きだ。こいつはエイダ、あんたは本当に大した解呪師になれるかもしれないわな」

「なりません。私は働かない。しかし、解呪師として優れた能力を持っているということは既に明確になった」


 エイダはランプをこすり、煙の中の魔人に「リジェルに飴玉をあげよう」と願った。

 リジェルの手の中には、昨年販売され極めて不評だったがためにすぐ生産中止になった「石味」の飴玉がいつのまにか出現していた。

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