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第24話 遊ぶ民

 ウィルミア湾を横断する橋の建造が始まって半世紀近く経つが、湾の中ほどまでしか架かっておらず、そのまま放置されている。片側四斜線の幅広い橋は蔓植物でびっしりと覆われ、動物や昆虫がどこからか集まって来る。無論呪いのせいであるが、橋じたいにかかったそれが解呪されることはなく、橋に引き寄せられた小規模なものを、横断橋警備隊の人間が細々と駆除しているのが現状である。


 エイダはいたずらにここを訪れた。

 繁茂する植物を掻き分けて、橋の中ほどまで行くと、ジェシカと同じくらい小柄な、グラブ人の女性がいた。着ている解呪師の制服は草に塗れている。


「誰あんた」相手はぶっきらぼうに聞いた。

「私はエイダ・ボマーです」

「わたしはガリブ、横断橋警備隊の隊長だよ。ここに何しに来たの?」

「ただ来ました」

「ただ来ないで欲しいんですけれど。あんたは解呪師?」

「違います」

「そうなの?」


 ガリブ隊長は怪訝な顔になった。エイダの突発的来訪もさることながら、彼女の体から強い抗呪の力を感じ取ったからだ。大抵そういう人間は他の職場ではあまり歓迎されないことが多く、解呪師になるしかない。


「まあ、あんたならちょっとの呪いで気分が悪くなったりすることはないだろうけど、早々に立ち去って欲しいですわね。ここは草木と蟲と動物しかいないから。食われてもわたし等は責任取れないし」

「しかし隊長の近くにいれば安心なのでは」

「負担が増えるだけですわ。帰って」

「しかし」

「何」

「私は既に、ここに来るまでに結構なエネルギーを使ったので、ここで何もしないで帰るというのは、そのエネルギーを完全に無駄にすることにならないでしょうか。ならば、ここで何かを得てから帰るほうが、消費したカロリーも浮かばれるというものではないかと思うのですが」

「わけの分からない理論をほざくお嬢さんだな。人間、日々エネルギーを消費するのが自然なことだと思いますわ。無駄にするとか考えてたら何もできないでしょう、仕事だって」

「私は仕事をしていないです」

「ああ、学生なの、エイダは」

「いえ、学生でもないです。高等遊民です。冷凍ピザとチキンで得たエネルギーを無駄にするのは惜しいことです」

「あんたの生活が、人生がもう無駄になっていると思いますわ」ガリブ隊長は呆れてかぶりを振った。「じゃあもう、わたしが送っていくから、それでいいでしょう。今からお帰りなさい」


 エイダはしかし、また少々考え込むそぶりを見せて、隊長が半ば無理やり連れて行くことになった。


「お忙しいところすみません、ガリブ隊長」エイダは形ばかりの謝罪を口にする。

「本当はそんなこと思ってもいないんでしょう」蔓草を掻き分けて前を歩いていた隊長が言った。

「思っていないですが、言うのが社会人として当然かと」

「社会に出ていないのに社会人ぶるんじゃありません。あんた、どこに住んでるの?」

「湾口地区です。普段は南六番隊のハイネマン隊長にお世話になっています」

「その隊長に同情しますわ。うちの部下も手のかかるやつらばかりだけど、あんたはそれ以上だ」

「湾口の駅の部隊とか、サボってばかりの変な人ばかりでもっと大変そうでしたよ」

「それでもあんたよりはマシでしょう」

「そんなことはないと思います。なんなら今から一緒に駅に行って比べてみましょうか?」

「いや仕事中だし。あんたは無職の人間特有の、人民は皆おしなべて自分と同じく、いくらでも時間あるって思考になっていますわね」

「仕事などやめてしまえばいいのに。さすれば時間のことなど気にならなくなる」

「消費カロリーは気にするくせによく言うよ。それに、誰もが高等遊民になってしまったら、この帝国はかつての古代グラブ王国のごとく、呪いに飲まれてしまいますわ」


 エイダに呆れながらガリブ隊長が藪を掻き分けると、牙を剥き出した獣が目に留まった。大型馬並に巨大な狼だ。

 剣に手をかけるが、すぐに獣が死んでいることに気づいた。外傷はなく、突然生命を絶たれたように四肢を投げ出していた。


「エイダ、こいつを見て。こういう肉食獣がいるから、この場所には近寄らないほうがいいとわたしは言ったんだけど」

「大丈夫です」エイダは獣の屍を一瞥するとそう断言した。

「いやね、あんたみたいな怠惰な生活で肉体の衰えた者が出くわしたらいちころでしょ」

「大丈夫ですって隊長。なぜならこいつは私が来るときに倒したからです」

「なんですって? どうやったと言うの」


 隊長は茂みを進みながら問うが、追従しているはずのエイダの返事はない。

 不審に思って振り返ると、彼女の姿はなかった。


「エイダ? どこに行った? 遊んでる場合じゃないんですわよ」

 呼びかけながら少しばかり戻ったところで、突然、首筋に冷たい指が当てられた。

 慌てて振り返るがそこにも誰もいない。


「このようにやったのですが」少し離れた藪の中から突然エイダが現れた。

「びっくりした! 何瞬間移動してるのよ!?」

「どうやったのかガリブ隊長がお尋ねになったので実践したのですが。ここら辺は木蔭になっているので〈影踏み〉も容易で、しかる後あの狼に晴天の〈霹靂〉的衝撃の事実を打ち明けお亡くなりになってもらった。〈毒舌〉を吐けばもっと楽だったと思いますがそれはまだ持ってないので」

「何を言っているのか分からないんですわ」

「ガリブ隊長もどんな呪いを受けているのか教えて欲しいのですが」

「そんなことをあんたに教える必要はないでしょう。ほら、もう橋のたもとだからさっさとお家へ帰りなさい」

「はい。さようなら」


 隊長はエイダを見送りながら、本当に彼女があの大狼に忍び寄り、気づかれる間もなく倒したのなら、労働意欲さえあればいい解呪師になれるかもしれない、と一瞬思った。しかし、実際に自分の部下になるのを想像して、いや、あれはだめだな、と思い直した。

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