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第23話 リセットボタンに指を乗せて

 局長は狼藉を働いた後、一応真面目に襲撃者の遺灰や隊長の呪いを分析し、融合症状が出ているのはおそらく間違いがないと断定した。


「まああれだねぇ、恒常的なものではないね。襲撃はウィルヘルミナの呪いの一部で、それに部分的に隊長の呪いが乗っかるだけみたいだ。それで指向性が変化し、この支部を襲った。特異的なケースと見ていいだろうし、今のところはそんなに頻繁に此度のような襲撃が発生することはないと思う。でも一応投薬で抑えた方がいいかもね」

「ウィルヘルミナには抑制剤が効きづらいという話だったが」

「うーん、あれはちょっと深めに彼女を蝕んでるからねぇ。なので隊長が定期的に服用してれば、ウィルヘルミナ以外への襲撃は防げると思うよ。ただ今後どうなるか分からないねぇ。もしかすると浄化機構の幹部クラスが出てくるかもしれないし、都市への攻撃が激化する恐れもある。あとは他の隊員を巻き込んで融合症状が出るかもだから、報告はこまめにしてくれると嬉しいかなぁ。でもいざとなれば上位部隊がどうにかするでしょ。そんなところかなぁ」


 一通り話した後、局長はエイダをじっと見た。


「なんですか?」

「いいや、君にちょっと興味があってねぇ。ひどく贅沢な私生活含めて。できれば本部で精密検査してみたいのだけど」

「嫌ですね」率直にエイダは断った。

「そんな心配しなくても大丈夫だって! 一応解呪師には手を出さないようにしてるんだぜ私は! ほとんど弄ったことはないよ! そんなことして自然な状態を観察できないのは嫌だからねぇ! エイダはしかし、自分の力に気づいているのかな?」

「気づいていますが使う必要がないので」

「果たしていつまでそう言っていられるかなぁ? この街は表面上平和に見えても、危機の連続だ。何が起こるか分からないさ。まあ、今回は顔見せだけってことにしておこう。それじゃあ、私は他の支部も回らないといけないのでここらで失礼するよ。また近いうちに会おう。色々やることもあるしさぁ」



 数十分後、ラヴジョイ局長は湾口地区を魔窟へと変えた。


 筋肉の優れた成人男性をすれ違いざまに巨大な狼を思わせる、しかし全身から触手と刃物が突き出た五十メートルほどの怪物へと変えてしまい、続けざまに腰の曲がった老婆を、七十メートルほどの豚をモチーフにし、しかし背中に大砲を生やした怪物へと変えた。同じようなキメラが数十体、そこいらを闊歩し、都市を蹂躙している。


「いやぁ、湾口地区はいいなぁ。いい素材がたくさんだ。あとは最後の仕上げだ。これまでの作品をいくつか融合させてみよう。あぁ、楽しいなあ」

「そこまでだな、ラヴジョイ局長」


 既に瓦礫と化している街にひとり、ふらふらと進んで来た人物が局長の背中に呼びかける。


「おや、ムーン大隊長」歓喜の表情のまま振り返り、声の主の名前を呼ぶラヴジョイ。「意外だなぁ。遊撃部隊を寄越すと思ったのに。彼らなら造作もないことだろうけど、あなた一人じゃちょっとした運動だよねぇ。これからもっと作るつもりだし」

「お前はもはや解呪師ではないな」平坦な声で大隊長は言った。「もとよりトチ狂ったやつだったが、そろそろ潮時だろ。かつてのお前は一週間に三十人ほどの市民を、七メートルほどの怪物に変えるだけで済んでいた。だが今や、毎日百五十人ほどを五十メートルから百メートルほどの怪物に変えている。これはもう、都市に対する脅威とみなすほかない。

 総長そして陛下の許可は得ている。我が湾口を滅ぼした罪、その身で購ってもらう。ま、妥当な結末だな」

「おいおい! 何を言ってるのさ! この都市のような恰好の実験場、好きにせずにはいられないじゃないか! どうせ杖を一振りすればすべては元通りさ! それにしたってちょっとした作業感あるけどそれが仕事なのだからしょうがないよねぇ! それに私がこうして侵蝕を研鑽することでいずれは兵器転用が可能となり、そして最後は東を併合し、再び帝国をひとつにすることさえ夢じゃないのに!」

「存外、古臭い思想だなラヴジョイ、再統合を唱えるとは。それがいつか叶うとて、お前が見ることはないだろう。これよりオレが断罪するのだからな」

「ハッ! 殺すっていうのかい!? だけどいつかは蘇らせてくれるのだろ? 私の天才的頭脳は帝国に不可欠だからねぇ! それにあなたがそれを成し遂げられるはずがない! あなたの呪いはよく知ってるよ、ハイネマンの部下の〈伏目〉の子と似たような、目を瞑っていてもすべてを見通す力だろう? それに加えて剣の抹消力。確かに驚異的だが、私もただじゃあやられないぜ!」


 ラヴジョイの肉体がぐにゃりと歪んだ。呪いが彼女の体細胞を異形化し、増殖させようとしている。そのつもりになれば、自らが作りだしたどれよりも恐るべき怪物に姿を変えることができる。それがラヴジョイが保持し、そしてその身を蝕む呪いだ。


 大隊長がサングラスを外した。両目はしっかりと閉じられている。


「お前も知らなかっただろうが、オレは一度も呪いを災禍(カラミティ)化させていない。()()()()()()()()()()。もう少しまともで呪いも大人しいお前が望ましい。お前のような好奇心の強い研究者は厄介だ。味方のような顔をして最後は裏切りがちだから。好奇心が猫を殺すというが、まさにそれだな」

「何を言っているんだ? まぁいいさ、まずは私の作った怪物たちと――」

「おはよう、ラヴジョイ、さよならだ」


 ムーン大隊長が目を開けると――世界は消え去った。



 自室のベッドで目を覚ましたオーウェン・ムーン――〈白日夢のオーウェン〉は、固く目を閉じたままで起き上がり、出勤の準備をする。


 今見ていた夢はひどい有様だった。ラヴジョイが完全にイカれたマッドサイエンティストであり、街の人間を無差別に怪物に改造していた。

 さすがに変人の彼女とはいえ、あそこまでやるはずがない。ま、夢は夢だ。すぐに忘れてしまうだろう。


 もし()()()()()()()にもあそこまでヤバい存在がいても、自分が目覚めればそれで終わりだ。


 この世界は自分が見ている夢だ。閉じた瞼の裏で繰り広げられている白日夢だ。


 その、たった一つ、明確な事実を確かめながらサングラスをかけ、湾口地区の大隊長ムーンは解呪師の制服に袖を通し、居眠り運転の車が蛇行走行をするようにふらふらと歩き出した。

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