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第22話 侵蝕嗜好、寝食を忘れる程に

 隊長が送ればせながら支部にやって来たころにはおおかた修復は済んでいた。スコップで襲撃者の灰を纏めてゴミ袋に詰めていたノアが気づいて、「なんで肝心なときにいないんだ」と非難混じりに状況を説明する。


 エイダはハイネマンが、「ほら、やっぱり浄化機構は実在するではないか! お前らが信じないのはやつらのまやかしのせいと己の怠惰さのせいだ!」などと得意げに言い放つと考えていたが、思いのほか彼女は冷静だった。

 近隣住民へ被害が出なかったことと、無事に皆が刺客を撃退したことに安堵し、また、やつらが何時再び襲撃してくるか分からないし気を緩めるなと進言したのち、意外にもエイダに頭を下げた。


「全うに生きている私がお前に謝罪するのは癪だが、けじめは付けねばならない。お前は未だ我が部下ではない民間人だ。やつらの狙いは私であったが、そのせいでお前を巻き込んでしまった。申し訳ない」

「いえ、怪我もしていないし、したところでどうせ杖で修復できるし」

「その通りだが、そのウィルミア人特有の思考は望ましいものではない。杖は使わずにすめばそれにこしたことはないからな。わざわざ破壊を容認するなど、都市の守護者の考えではない。ジェシカ、お前にも常々言っているな? 最近は闇雲に吹き飛ばすことを自制しているのだろうな」

「もちろんそのような現状」床を見据えたままジェシカは言う。

「なら此度の襲撃に関しては何も言うまい。お前たちは我が部下としてよくやった。これは反撃ののろしだ。浄化機構も我らの恐ろしさの一端を知ったことであろう」

 いつもより眉間の皺が浅く、どこか誇らしげな様子だった。


 そのとき、入り口で声がした。

「邪魔するぞ、ハイネマン」

 声の主はエイダの見たことのない解呪師だった。

 濃い色のサングラスをかけた、小柄で、歳若い男性だ。

 なんだか妙な歩き方だ。ふわふわとしていると言うか、夜勤のワイアットが常にそうであるように、酔っ払っているような。舟を漕ぐように顔を前後に揺らしながら、その人物は隊長のもとにやって来た。


「今回は大変だったな」

「これは大隊長。ご足労ありがとうございます」

「融合症状が発生したとフリードから先ほど連絡があった。支部が攻撃されたとの報告も受けている。だがま、大丈夫そうだな」

「ええ、我が部下たちが敵を打ち破りました。ああ、エイダ、紹介しておこう。この湾口地区を統括するムーン大隊長だ」

 大隊長はエイダを一瞥して、「ん。おたくは確かこの支部の重要顧客である、そう高等遊民、アデレード・ボマーだったな。あいつもおたくには興味を示すことだろう。此度の事案と同じくらいにな」

「あいつ? まさかラヴジョイ局長がいらしているのですか」ハイネマンは面倒そうな顔で言った。

「ん、そのはずだが、どこかへ行ってしまったよ。局長の方向音痴というか彷徨癖は詮方ないことだ。ま、ひとつよろしく頼むよ、聴取に協力のほどを」


 大隊長の言葉を聞くなり、

「すいません隊長、片付いたのでちょっと出てきます」

「ぼくも仕事があったんだった」

「わたしもこれで……」

 と、隊員たちは逃げるように支部を出て行ってしまった。


「どうしたんですか? 局長って誰?」

 エイダの質問にムーン大隊長がゆらゆらと揺れながら答える。

「呪いの研究においていいサンプルだとのことで、本部開発局のラヴジョイが視察に来たいと言い出してな。いつものことだよ。ウィルミアじゅうの面白そうな呪いに手を出している、ま、マッドサイテンティストというやつだな、あれは。改造とかされないように気をつけてくれ」

「改造って」

「危険そうだと思ったら抵抗して良いので。オレもいろいろ忙しいから、これで失礼するよ。そのうちラヴジョイが来るはずだ」

 ふらふら揺れながら大隊長は去っていった。


「なんだかつかみどころのない方でしたね」

「そう見えるが、大隊長は相当な使い手だ。お前の感知能力でも常人にしか見えなかっただろうが、それは偽装だ。あの人は宮殿護衛隊や遊撃部隊の精鋭レベルの解呪師だからな。失礼な口を利かないように気をつけろ」

「局長という方もですか?」

「あの人はお前と同じレベルの社会不適応者だ。せいぜい仲良くしろ」

 隊長が頭を押さえながらそう言ったところで、表で悲鳴が上がった。


 隊長とエイダが様子を見に行くと、恐るべき化け物が暴れていた。

 身長五メートルほどの巨体、腕は四本、下半身は馬、顔はライオンというキメラ、四本の手には巨大な剣を持っており、口からは炎を吐き、目からは光線を放ち既に周辺一帯を火の海にしていた。


「なんということだ。こんな厄介そうな呪いが突如出現するとは」

「ハイネマン隊長、どうにかしてください。私は解呪師ではないので」

「お前に言われずとも――」


 と、隊長が剣を抜こうとしたとき、怪物はいきなり真っ二つになり、血や臓物、骨を撒き散らして吹き飛んだ。

 周辺の火も、あっという間に消え、崩れていた建物や死傷者も、ビデオの逆回しのように即座に再生する。


「いやぁ、だめだなあ、調子悪いや。こんなんじゃ部下たちに顔向けできやしないねぇ」

 血に塗れた白衣を翻し、眼前に出現したのは、一人の痩せた女性だ。

 恐ろしく髪の毛の量が多い。真っ白い長髪が腰までに伸ばしっぱなしになっている。

 右手に解呪武具であるメスを、左手に杖を携えている。どうやら目にも留まらぬ速さで、彼女が怪物を始末し、被害を復旧させたようだ。

「ラヴジョイ局長」隊長が相手の名を呟く。難局を片付けてくれたはずの相手に対し、なぜそんなにしかめ面なのかエイダが疑問に思っていると、


「呪いの侵蝕が緩慢極まりない! やっぱりちゃんとした設備がない場所の手術じゃあこれが限界か!? いいや、このわたしの才覚に限界なぞないはずだ! よぉぉし! 再挑戦だぜ! やるぞ! おっと、そこのお嬢さん! いい実験体になりそうだぁ! さあ手術だ!」

 と、いきなり局長はそこらを歩いていた女性の首を引っつかむと、脳天にメスを突き刺したのだ。


 目にも留まらぬ速さで局長が女性の頭や肉体を施術すると、出現したのは先ほどの怪物を上回るサイズで、腕は八本、上半身はゴリラのようで毛に覆われており腕は大木の幹のような太さ、下半身からは蛸のような触手が無数に生え、顔は蜘蛛のようで目が無数に付いている。

 さっそくすべての目から光線を放つそれを見て、局長はまだ不満そうな顔だ。


「うーん、まだ侵蝕が足りない! そうだ! 五人ほどを合成してもっとでかいのを作ってやろう! よーし、こっからが私の腕の見せ所だ! となればあいつもいらないな!」


 二体目の怪物を先ほどと同じく一瞬で解体し、次なる犠牲者をきょろきょろと探しているところで、さすがにハイネマンが局長をぶん殴った。

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