第21話 襲撃計画 後編
そのとき支部にいたのは、ノア、ジェシカ、シガード、そして用もないのに暇だからと訪れていたエイダの四人だった。まず、刃物を持った暴漢が二人ばかり飛び込んできて、ノアの「お前ら! 左足が左側に付いているぞ!」の一言で彼らは動転し、シガードに切り伏せられ灰と化した。
「こいつらからウィルヘルミナの呪いの気配がする」灰の山を見下ろしてシガードが言った。「だけど変だな、姉さん以外を刺客が狙うのはあまり見たことがない。どうなっているんだ?」
「呪いに何らかの変化があったものと思われます」エイダが席に着いたままで言う。「具体的には、ハイネマン隊長のそれに近い気配を感じるんだけど」
「隊長の? もしかして融合を起こしてるのかな」
「融合?」
「ああ、複数の呪いが合わさることさ。特に近しい人間の間に起こりやすいと言うね。とくれば……彼らはもしや」
「出てきやがれ、解呪師ども! 〈浄化機構〉が貴様らを粉砕してやろう!」
外から回答が聞こえた。シガードは苦笑いする。
「そういうことみたいだ」
「なんでリジェルが休みの日に来んだよ。あいつのランプで一掃すりゃ早いのに」ノアがぼやく。
どうやら武装勢力によって支部は包囲されているらしかった。
「シガード、これもう災禍化させてかまわないよね? 近隣住民に被害が出ないうちにやつらをやっつけるために」
ノアの問いにシガードは頷いて、「ああ、いいんじゃないかな。エイダ、君はここで待っててくれ」
「すぐに片付けます」ジェシカが目を伏せたままで立ち上がり、剣を抜いた。
三人の呪いが形を変えるのをエイダは感じた。凪いだ海のように静かで、肉体に馴染んでいたそれが、漣のように脈打っているのを。
〈浄化機構〉の軍勢は二十人ほどの荒くれ男だった。得物は半数が拳銃、もう半数が剣やナイフ、包丁などの刃物だったが、現役の解呪師を前にしては不足と言わざるを得なかった。
支部から飛び出してきた三人。ガンマンが狙いを定めて発砲するが命中しない。特に、目を伏せたままの少女は、すべてが見えているかのように素早く動き、男たちを剣の一撃で吹き飛ばす。
栗色の髪の少年は、演説でもするかのように両手を広げて大仰に語り始めた。隙だらけだが、誰も引き金を引くことができず清聴している。
「あんたら、今日はいつもと違い、本当にすごいものを見せてやるぜ。話に聞いたことはないか? レミュエル一世の右手、〈豪腕のザカライアス〉が得意とした秘技についてだ。竜の翼をもぎ取ったという技さ」
「ま、まさかこの小僧がその技を使えるとでも言うのか?」
「馬鹿な、千年前の技が伝わっているだと? よしんばそれがどのようなものか明らかであったとして、こんな若造に使いこなせるはずがない」
「だが、やつの気迫、あるいは……」
少年は奇怪な構えを取った。剣を天に掲げたかと思うと、肘から先をだらりと下げ、背中に剣を垂らす形となった。
「こけおどしに過ぎん! こんな小僧があの技を使えるはずが……」
「い、いや、何だこの気配は……」
「風が……風が吹いている……だと?」
男たちは取り付かれたようにノアを見つめるしかできなかった。彼の剣から、微風が吹いている。否。これは闘気だ。少年から放たれるにはあまりに膨大な闘気。それに気づいたときはもう遅かった。
ノアが体を曲げ、渾身の力で剣を振るったとき、男たちは驚嘆の声を上げることすらできず。
暴風に飛ぶ木の葉のように舞い散って、粉砕された。
「――アルバラ屠竜剣〈陣風〉」
シガードはノアが秘技を使うのを横目で見ながら、最後の敵を切り伏せた。
「どうやら、こいつらはただのごろつきが、〈浄化機構〉を名乗っただけのようだな。隊長から普段聞いていたような陰謀、暗躍、支配――それができるタマじゃない。あとはどこまで上層部が実体化しているかだな。こいつらの指揮官、黒幕、そんなやつが出現していたらちょっと厄介だ」
「してるみたいだぜ、シガード」
ノアが支部の屋根の上を見て言った。
そこにいたのは、古めかしい正装の、眼鏡をかけた優男だった。
「あれは強そうです」男を見ず、しかし伏せた目で直視しながらジェシカは言う。「三人でもてこずるかもしれませんね。まともに戦えば」
「初めまして皆さん。わたしはクロフォード特務官。ソルディ司令の命により、我らに逆らうという愚を冒したハイネマンを始末する――そのために来たのですが、どうやら彼女は不在のようだ」男は柔らかな声で屋根の上から言った。
「そのくらい調べとけって。あんたらが隊長が普段言うような組織なら、俺たちの家族構成、昨日の晩飯のメニューから、ヘソクリの隠し場所まで全部知ってるんだろ?」嘲るようにノアが言う。「それにハイネマン隊長を殺すって? あんたらの根源は隊長の呪い。隊長を殺しちまったら、あんたらは消滅するはずじゃないか」
「どうやら勘違いしているようだ」クロフォードはにやりと笑いながら言う。「我々はハイネマンの妄想の産物などではない。この都市に古えより存在しているのです。ハイネマンただ一人が、我々という妄想を信じる呪いにかかっているのではない。彼女以外が、実在する我々を信じない呪いにかかっているのです」
「何だって?」シガードは困惑したように顔をしかめた。
「例え誰も信じぬとしても、やつが我々の真実を吹聴して回るのは好ましくない。百人のうち一人でも、ハイネマンと同じく呪いの及ばぬ者がいるかもしれませんしね。
もちろん我らが力を用いれば、その程度の情報操作はどうにでもなります。しかし、目障りなハイネマンを消しておくにこしたことはありません。なので、まずは諸君を始末し、やつの帰りを待たせていただきましょう」
「彼の言うことはどこまで真実だと思いますか?」ジェシカがシガードに聞いた。
「さあ、どうだろうね。もし、本当にそんな強大な呪いがウィルミア全体にかかっているならぼくらにはどうしようもない。それに本当に隊長の言うように強大な組織なら、浄化機構に対しても手出しできそうにはない。だから、ひとまずは目の前の彼をやっつけて、今日のところは終わりでいいんじゃないかな」
「ハ、ハハハハ! これは笑わせてくれる! 一介の解呪師ごときがこのわたしを倒すと? いいでしょう、わが力をたっぷりとその目に――」
次の瞬間シガードが振り向き、支部に背を向けて仁王立ちとなると、屋根の上で大爆発が起こってクロフォードは吹き飛んだ。
特撮のヒーローが、悪役を倒したときにそうなるように。
すべての過程を省略して、背後で起こる爆発・佇む主人公・勝利、という要素だけが抽出されていた。
これがもし、クロフォードよりも強力な戦士が相手だろうと。
より厄介な、複雑極まりないトラブルだろうと。
すべては背後の爆発とともに解決する。
それが彼――〈幕引きのシガード〉であった。




