第19話 その方法でしか無理
ウィルミア港にひとつの危機が訪れていた。海から恐るべき巨人が上陸しようとしていたのである。そいつは身の丈七十メートルはあり、全身が分厚い鎧で覆われ、両手には大剣を所持、いかにも凶悪そうな容貌だった。このまま上陸した暁には、都市を破壊し、混乱に陥れることは火を見るより明らかだ。
港の労働者はこの手の危機には慣れっこだったが、今回のは少々手ごわそうなので、いざとなれば逃げる準備をしたほうがいいな、と思っていたら、その必要はなかった。
何の前触れもなく、晴れた空から霧雨が降ってきた。強大な怪異を前に霧雨が降ってきたら、答えはひとつだ。
常に周囲に霧雨が降る呪いにかかっている遊撃部隊の精鋭、ライオネル・ドーソンが、奇しくも巨人と同じく両手に握った得物を掲げて現れ、海へ向かって対峙した。
決着は言うまでもなくライオネルの圧勝だった――ライオネルは解呪師であるが、巨人は対ライオネル用兵器というわけではなく、その差は歴然だった。ライオネルが絶妙に角度を調整した剣圧を放ち巨人を一瞬で五千を超える断片へと変えた。
「フッ、他愛もない。呪いなどわたしにかかれば赤子の手を捻るも同然。超イージーモード的容易な仕事で給料を貰う。それがわたしという存在」
と勝ち誇る〈霧雨〉だったがにわかに彼の表情は曇った。突然日食が始まったのである。
巨人を滅したときに日食、とくれば、答えはひとつだ。
それは猛毒ウミウシが出現する前触れだったのだ。
このウミウシは通常のそれとは違い、被害者がどれほど毒に強くてもほとんど意味がないという悪夢的な特徴がある。ましてや、遊撃部隊の精鋭ライオネルといえどそこまで毒には強くないので、つまりかなり猛毒ウミウシには弱く青菜に塩といった状態である。
だからその場から逃げようとしたが、足元からウミウシが突然出現してライオネルを毒で冒し、死に至らしめた。
果たしてこのままウィルミアは猛毒ウミウシによって死の都と化してしまうのだろうか。
そんなことはなかった。なぜなら、「雨に関連する呪いを持つ解呪師が巨人を倒したとき日食とともに現れる猛毒生物」を専門としている〈切札のアルカディア〉という伝説的な解呪師がその場に現れたからだ。
アルカディアは身の丈一八〇センチを超える長身で、ラプタニアの英雄譚やライトノベルに出てきそうな女騎士然とした風貌だった。得物は大包丁で、これで絶対に猛毒生物をばらばらにするという強い意識が感じられた。
結果はもちろんアルカディアの勝利だった。なぜなら、アルカディアは猛毒生物の退治を専門としているので猛毒はもちろん通用せず、猛毒を除けば通常の怪物的なウミウシでしかないそいつはあっという間、具体的には三秒でおだぶつであった。
「なんという脆弱。貧弱。これほどの弱さは逆にプレミアム級、ビンテージ級であると言えなくもないのではないだろうかと私は思ったのであった」
と、英雄的な感想を述べたアルカディアであったが、しかし勝利の余韻もすぐに消えてしまう。
なぜなら、「雨に関連する呪いを持つ解呪師が巨人を倒したとき日食とともに現れる猛毒生物を倒した勇士を好物とするヤギ」の存在を思い出したからである。そのヤギが出現するのは金曜日だけなので、「雨に関連する呪いを持つ解呪師が巨人を倒したとき日食とともに現れる猛毒生物」を倒すときは必ず金曜日を避けなければならないのだが、うっかりアルカディアはその金曜日に猛毒ウミウシを屠るという致命的なミステイクを犯してしまった。
その代償は高くついた。
ヤギはすぐに現れ、アルカディアを二秒で捕食してしまったのだ。
人々は混乱し、怯え、このヤギを出現させてしまったアルカディアと彼女の属する解呪公社へ抗議活動を行い、街は混乱し、交通は麻痺してしまい、多額の経済的損失が出た。
しかし、悪いことばかりではなかった。
ウィルミアの東地区でまさにこのとき、「雨に関連する呪いを持つ解呪師が巨人を倒したとき日食とともに現れる猛毒生物を倒した勇士を好物とするヤギの骨で作られた武器でしか倒せない悪霊」が猛威を振るっていたからだ。
さっそくヤギを屠り骨から剣を作り、悪霊が討伐された。
東地区は歓喜に沸いたが、喜んでばかりもいられない。
なぜなら「雨に関連する呪いを持つ解呪師が巨人を倒したとき日食とともに現れる猛毒生物を倒した勇士を好物とするヤギの骨で作られた武器でしか倒せない悪霊」が打ち滅ぼされたときにだけ活動を行う邪教が昔から存在していたからだ。
長き雌伏の時を経て一般市民の仮面を捨てた邪教徒は恐ろしかった。
剣、斧、槍、拳銃、サブマシンガン、薙刀などで武装しては邪神に血を捧げようと人々を殺傷したのだった。
人々は絶望し、嘆き、どうしようもないので不貞寝した。
ところが、伝説に詠われていたのは絶望だけではなかった。
「雨に関連する呪いを持つ解呪師が巨人を倒したとき日食とともに現れる猛毒生物を倒した勇士を好物とするヤギの骨で作られた武器でしか倒せない悪霊が打ち滅ぼされたときにだけ活動を行う邪教」は、彼らを倒すことを運命付けられた聖女によって滅ぼされるという言い伝えが東地区にはあったからだ。
人々は救いを求めこの聖女を探したが――
「――と、いうわけで、『雨に関連する呪いを持つ解呪師が巨人を倒したとき日食とともに現れる猛毒生物を倒した勇士を好物とするヤギの骨で作られた武器でしか倒せない悪霊が打ち滅ぼされたときにだけ活動を行う邪教を倒すことが運命付けられた聖女を唯一殺すことができる殺し屋を唯一倒せる杭の材料になる牛の角を唯一加工できる爪を持つ虎が倒されたときだけ復活する悪魔を屠る運命の少年を探し出せる能力を持った探偵に連絡できる唯一の男を知っているたった一人の情報屋がいる場所へ行くための道を塞いでいる怪物を唯一倒せる能力を持った戦士を復活させるのに必要な薬の材料になる石が取れる貝の場所を知っている老人を満足させるために必要なお菓子』を買いに行くようにあなたに頼みたかったんですが、頭をぶつけてコブになってるって? じゃあちょっと無理だろうし、別の方法を考えなくてはいけませんね。うーむ、困った」
「いや、大丈夫ですよ」
「え?」
「説明を聞いてる間にコブが引っ込んでしまいましたので」




