第18話 ミイラ取りがミイラ、ミイラがミイラ取り
エイダは駅をぶらついていた。特にどこかへ行く予定があるわけでもない。ラッシュアワーが終わろうとしている朝の時間帯、急ぎ足で改札を通る勤め人をぼんやりと見ていると、三十半ばくらいの、面長でハンサムな解呪師が声をかけてきた。
「よお、あんたハイネマンのとこの新人か? この前ウィルヘルミナといるのを見たぜ」
「いえ、私は六番隊の重要顧客です。誘発体質なもので、今のところ加入するつもりはありません。エイダといいます」
「そうか。俺はエドワード・プライスっていうんだ、ここの隊長をやってる。これからどっか行くのか? 仕事か?」
「私は働かなくともお金が入る立場なので。駅を見に来ただけです」
隊長はその台詞でどうやら、エイダが若くして不労所得を得ているものと解釈したようだった。ある意味間違いではない。
「気楽でうらやましいな。まあ、俺の自慢の駅を見てってくれ。駅ってのは都市の心臓だ、人間と血液と考えるとな。人間が循環することが都市の健全な維持にかかせない。その要がこの場所だ。人が多いだけに呪いもやっかなものが多い、重要な拠点だよ。つまり俺たちの仕事ってのは……」
「隊長」
話しているプライスに声をかけたのは、金髪碧眼の痩せた青年だ。
「どうした、ジャック」
「ジブリールがまた声を上げちまいまして、地下街で大勢死にました。復旧は終わったんですが、遅刻したから責任取れっておっさんが騒いでます」
「なんだって? 一時死亡証明書でも出してやりゃいいだろ。それにすぐ復活させたんだろ? その程度のタイムロスで遅刻するくらいなら、もっと早く起きれば……」
「いえ、復活させようと思ったら知り合いに出くわして、長話しちまってそのせいです」
「そうなのか、だがよ、そういう世間話も大事じゃないか。その知り合いってのもしばらくぶりに会ったか何かだろ? そこでただ挨拶してさよならってのは、違うもんな」
「いえ、三日前に会ったばっかりです」
「そうか。まあしかしだ、そのおっさんもちょっとはゆっくりすべきなんだよ。この街の人間はあくせく働いてばっかりだからよ。そう思うだろ、エイダも」
「まったくその通りです」
「そうだエイダ、俺の部下を紹介しようじゃないか。こいつは〈ミイラ取りのジャック〉。あとさっき話に出てきたのは〈毒舌のジブリール〉っつって、声を聞いた相手を殺す呪いにかかってるやつなんだ。喋るなって言ってるのにな」
「それが、天井から虫が落ちてきて、びっくりして悲鳴を上げちまったんです、あいつ」ジャックが言う。
「しょうがねえな、よくあることさ。他にも面白いのがいろいろいるぜ、エイダ。〈猫戯らしのパトリック〉ってやつがいて、こいつは猫に好かれる体質なんだが、あるとき動物園で他のネコ科動物にも効くか試したら、なんか知らんがライオンが大暴れして多数の死者が出ちまった。〈鬼門のオスカー〉は特定の方向へ行くと不幸が起こると言って動きたがらないやつだが、真面目な男さ。そうそう、一度も出勤して来ない〈幻象のアイリス〉から賃上げ交渉の手紙が来て、どうするか悩んでるんだが……」
「アイリスはさすがにこれ以上給料を上げるわけには行かないんじゃないですか。だったらオレの給料を上げてくださいよ」
「おいおいジャック、お前はことあるごとにそう言うけどな……」
そのとき入り口のほうから悲鳴が聞こえた。見ると、夥しい数の地虫がどこからか湧き出し、黒い絨毯のように広がっている。
隊長とジャックは足首まで虫に埋まりながらも世間話をしている。
「いかに優秀なやつでも、そう簡単に上げられるわけじゃないんだぜ、ましてやお前は新人だろ」
「いえ、オレは入って結構経ちますよ」
「何言ってるんだ、まだ二ヶ月くらいだろ?」
「半年は行ってますよ」
「そうだったか? だってあれだろ、お前はシェリーの同期じゃないのか?」
「シェリーのちょっと前からいますよ、いやまあ、半年ってのは違いましたね、でも四ヶ月はいますよ」
「それにしたってまだ入ったばっかりじゃあないか。それでいきなり賃上げってのもな。そう思うだろ、エイダ?」
彼女は既にいなかった。地虫たちは腰の辺りまで到達しようとしていた。




