第16話 二人称の群像
あなたは帝都ウィルミアの湾口地区南六番隊に所属する解呪師だ。週に三日、学校が終わった後の夕方に入っている。
今日支部へ行くとハイネマン隊長がまた怒っていた。彼女はいつも何かに対してイラついているか、そうでなくても愚痴を言っている。この日はどうやら、常連のアデレード・ボマーがまた何か失礼な口を利いたことに対して憤慨しているようだった。
「あの小娘ときたら、ただでさえ自分の親に多大な迷惑をかけているのに私に対してもあの態度。都市の腐敗に拍車をかける悪徳、許しがたい蛮行……」
あなたは熱を帯びる隊長を尻目に支部を出た。
この日はジェシカとともに任務に当たった。古参の解呪師であるあなたにとって彼女は孫ほど歳が離れている。常に目を伏せた彼女の顔を見たことはほとんどないが、時折その鳶色の両目を見ると、幼いころに亡くした妹のことを思い出す。
妹の命を奪った呪いと戦い抜くことが、生涯をかけたあなたの使命だった。
その役割は既に終盤に差し掛かっているが、あなたの闘志が揺るぐことはない。
駅近くの陸橋下を歩いていてあなたは疲れ、壁に持たれかかった。
「サム、あなたは体力がなさすぎます」ジェシカが呆れたように言った。「まだ二十歳なのに」
あなたは自分が去年までひきこもり生活を送っていたのでしかたがない、といった反論をしながら息を整えた。
「分かっているとは思いますが隊長の前でそれを口にしないほうが良いですよ。エイダのせいで怠惰な者への憎悪が加速しているので。馬鹿娘が二人もわたしの部下とは末期的だ、とこの前も言っていました」
エイダとは違い、自分は自らの意思で社会復帰を果たした努力家である。隊長に非難されるいわれはない。あなたはそう呟いたが、ジェシカはそれに同意してはいないようだった。
あなたは五分ほど休んで再び歩き出した。
駅前で同僚の〈管巻きブラッド〉が駅警備隊のプライス隊長とともに駄弁っていた。近づくと話が長そうなので素通りしようとジェシカと合意したが、発見され声をかけられた。
しかたなく挨拶しに行き、二人のサボりを注意すると、隊長が「サム、あんたは力を入れすぎてるぜ、うちの部下やブラッドみたいにもっと気楽にやんなよ」と言ってきた。
あなたは、給料をもらっている身なのだから仕事にはしっかりと従事すべきだと告げたが、二人にとってはどこ吹く風だ。こんなのだからこの都市に怠惰な気風が蔓延し、ひきこもり、ニート、エイダのような高等遊民が増加しているのだ。ハイネマン隊長が嘆くのも無理からぬことだろう。
そこそこに二人の話をあしらって、目的の噴水広場へ到達した。
そこには呪いによって食人植物と化した被害者がいた。石畳に根を張り、触手で通行人を捕らえては巨大な口に放り込んでいる。
あなたは目から光線を放ち怪物を焼き、ジェシカが杖で被害者を再生させた。
無事に仕事を終えたと思いきや、もう一体の食人植物が突如地面から出現し、あなたの腕に噛み付いたが、あなたは市内でも屈指の膂力を持つ肉体派、身長は二メートルを超え、その腕は丸太のように太い。怪物はあえなく地面に叩きつけられ、あなたの解呪武具である巨大な斧で八つ裂きにされた。
仕事を片付けるとジェシカはあなたから距離を取った。戦闘が終わるとあなたは高揚によって周囲の人々を無差別に襲う殺人者と化すのだ。この日も通りがかった人々を十五人ばかり惨殺し、気分が落ち着いた後、杖で修復して何事もなかったかのように帰還した。
帰ると隊長が、夜勤のパーカー副長に引継ぎをしていた。あなたは仕事の完遂を報告するが、隊長はそんなことはいいから、と苛立ちもあらわに言う、「サム、貴様が無銭飲食をしたと複数の店舗から苦情が来ているぞ! またやったのかこのろくでなし! ロイド巡査長が貴様に賞金を掛けると通達してきてるんだぞ! 呪いでないなら戯けた行動に出るんじゃない!」
あなたは、既存の貨幣制度に疑問があり、払わなくても食べて良いのではないか、と考えていることを伝えた。これは信条なので今後もやっていくつもりだと決意を新たにし、ハイネマン隊長に鉄拳制裁を受けた。
あなたは帰路、夜風に吹かれながらこの都市について想いを馳せる。何人ものあなたが別々の世界で、同じ都市に生きている。
老若男女、善人・悪人、長身・小柄、無体な者・常識的な者、新参者・ベテラン、すべてがあなただ。
無数の群像に分かたれたあなただが、共通していることがひとつある。
あなたは解呪師だ。




