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第14話 解呪チュートリアル

 それから何度か夜に支部へ行くこともあったので、夜勤者とは徐々に親交を深めていった。〈再誕のレイ〉は彼の世界でしか通用しないネタを何度も口にして鬱陶しく、今度ばかりはハイネマン隊長に同意だな、とエイダは思った。


「アデレードよ、本日は副長の命により、君に仕事を見学してもらおう。どうせ暇なのだろ」慇懃に黒髪の解呪師、ラモラック・ミルトンは言った。「副長も君には入隊して欲しがっている。無論強制はしないが、優秀な人員を常に我々は求めている。呪いは無限に湧いて出てくるが、解呪師は限られているからな」


 二人は夜の街にいた。湾口地区は、かつてラプタニアからの入植者が酒場や宿、娼館を築いて以来、拡大し続けている繁華街の一角があった。今日も夜中だというのに露天商が並び、後ろ暗い客を含む通行人でごった返している。


「リジェルも言っていたけど、私はそんなに優れた解呪師?」

「恐らくはそうだろう」〈影踏み〉は人並みを掻き分けながら答える。「君のように顧客から解呪師になった例も多い。宮廷護衛隊の最大戦力でさえそういう人物が何人かいる」

「私は東側出身なのに?」

「生まれは関係ない。どこの出だろうと、この地はその者に潜む呪いを引き出してしまう。それは災厄だが、才能でもある」

「だけど私は英雄って柄じゃないよ」

「英雄? それは外国人にありがちな誤解だ。解呪師は英雄などではない。少々騒がしい掃除人に過ぎないのだ。……まあ確かに、君は自己犠牲も厭わず街を守るというタイプではないだろうな」


 エイダは、振り返ってそう言うラモラックに頷いた。自己犠牲など愚行あるいは高くつく趣味の一つで、自分が嗜むものじゃない。犠牲は周囲の人間に払ってもらえば良いではないか。


「さて、解呪師が仕事を行うには三つの起点がある。まず依頼。我々のようにウィルミアの各支部に常駐する人員が、地元住民や企業の要請に応えて派遣されるパターンだな。

 次に、自分から呪いの発生地点に赴く場合。こうして警邏して街なかの呪いを除去するのだ。あるいは帝都の中でも大規模、強力な呪いだけを探して即座に除く特務部隊――〈遊撃隊〉などがこれに当てはまる。

 そして最後のひとつが、要点や呪いの発生しやすい場所を常に守り続ける守護部隊だ。その中で最大のものはもちろん、先ほど言った宮廷護衛隊だ。あそこには各支部から集った選りすぐりの精鋭が所属している」

「その人達も英雄とは呼べない?」

「そう自称する者もいるだろうが、大部分の国民はそう捉えてはいないな。我々は詩に謳われるために戦っているのではない。給料のため、このひどく草臥れる仕事を選択しているに過ぎないからだ。インフラ整備の仕事や医者に近いかな、国土と国民を維持していくためという意味では。それらの職も英雄と呼べなくはないだろうが、どちらかと言えば我々は、多くの市民にとってはスポーツ選手のようなものだろうな。今日はどこどこで誰々がどういう活躍をした、と食卓や酒場で話の種になる存在だ」

「リジェルみたいに〈全能〉でも?」

「ああ、全能者はいれば便利だが、実際は言うほど全能ってわけでもないぞ。まず都市機能を麻痺させたり、他者に無断で危害を加えたりすれば刑事罰だ。例えば大金や莫大な金塊を全能者が手にしてみろ。経済が混乱してしまうから即座に取り消しだ。名うての監査官が常に都市全体を監視しているからな。全能の力は主に、自分の担当する区域の呪いを消すためにしか使われん。都市機能と市民の安全の維持、各隊の縄張りが常に優先される」

「ジェシカはよく私や街を吹き飛ばしてるけど?」

「だがその後で杖でもって再生しているだろ? それをしなければ懲罰だ。もっともあいつは横着で、雑な手段ばかり使っているのは否めないがな」


 繁華街の中心部の方向、六番隊の管轄地区の外れの方へ歩いていると、道がやたらと混んでいる。ラモラックが「あれを見ろ」と指差したのは、横たわる巨人だった。古めかしい甲冑を着込んだ四メートルほどのそれは、車道に足を投げ出してどうやら死んでいるようだ。そのせいで片側の一車線が使えなくなっている。


「こういうふうに路上に何かが出現して、しかし相当に直接的な被害が出ていない場合、誰も通報せずにほったらかしになる場合が多いのだ。だから警邏中の解呪師が見つけ次第除去することになるな。あのデカブツに切り付けてふっ飛ばしてもいいが、もう少し静かなやり方がある」

 ラモラックはそう言うと足元の影の中に沈み込んだ。その直後、巨人の死体が彼と同じように道路に没し、そのまま浮かんでこなかった。

 再び姿を現した〈影踏み〉がエイダに説明する。「見ていたか? 一瞬我が呪いを〈災禍(カラミティ)〉化させた」

「それ、確かジェシカも言っていたけど、解呪師は呪いをコントロールできるってこと?」

「そうだ。解呪師が持つ抗呪の力の正体は呪いだ。既に呪われているから、他のが入り込む余地はないということだな。解呪師は静穏カーム状態の呪いを保持している。ウィルヘルミナのような例外もあるがその状態なら無害だ。俺の場合は、常に影の中から出られないという呪いにかかっているが、そいつを他に向ければ、永遠に影から出られなくすることができるわけだな」

「あの巨人はどうなったの?」

 ラモラックはかぶりを振る。「さあな。影の底と繋がっている、別の世界へ流れていったのかも知れんな。レイの他にも、毎月何人か他の世界から来たと言う人間が現れる。全員が隊長みたいに妄想を誘発する呪いか、素性を偽るための嘘を吐いているのでなければ、別の世界が存在するのは間違いないだろう。そちらもここと同じく、有象無象の怪物が跋扈する場所で、我が帝国を脅かす呪いがそこから送られてきているのではないか、という説は昔から真しやかに囁かれている。もっとも俺は呪いの発生源やその行く末にはあまり興味はない、眼前から消えれば満足だ。さて、どうだアデレード。解呪師の仕事は面白そうか?」

「いえ、あまり」

 ラモラックは答えを予想していたように頷き、「そうか。なら帰って寝たらどうだ」

 エイダはそうした。

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