第13話 夜勤者のバラード
初めてエイダは夜中に呪いに見舞われた。日付が変わって二時間ほど、折しも頭上にはボーリング玉ほどの石が浮かび、動いてもぴったりと付いてくる。支部へ行くと、これまで見たことのない面々が揃っていた。
「む、依頼者かな。ああ、君のことは知っているぞ。アデレード・ボマーだな」腰にサーベルを差した、黒髪の男性がエイダを見るなり言った。「隊長から評判はかねがね伺っているよ。ついに夜勤の時間にまで進出してきたか。呪いは休まないからな。中へ入りたまえ、副長と話すのだ」促すと〈影踏みラモラック〉と名乗ったその人物は街へ出て行った。
パーカー副長は一見粗野な盗賊の頭のように見えたが、ハイネマンとは対照的に丁寧な対応をしてくれた。
「身内びいきかも知れねえが、この地区に越してきてツイてると俺は思うね。特に夜」
「それはどうしてですか?」
「まともな方だからさ。直截的な言い方をすっと、夜勤の解呪者ってのはイカレポンチが多いわけよ。〈人斬りロイク〉に〈後ろ手のジェームズ〉、〈冒涜のマチルダ〉、それにドイル大隊長。ああ、〈牢名主セドリック〉もだ。扱いが面倒なんでよその時間から夜勤に送られてくる奴もいるしな、異世界から転生したっつう新入りみたく。幸い奴は今日休みだ。おお、お前ら嬢ちゃんに自己紹介しな」
食堂で駄弁っていた夜勤者の面々が挨拶する。軟派な大学生風の〈白鯨のビル〉、赤髪の、毒々しい美人〈天引きのカミラ〉、そして酒瓶を手にした長身の〈左党のワイアット〉。
「その方は飲酒してるようだけど良いんですか?」当然の疑問をエイダが投げかけるとワイアットは笑って、
「浮世は牢獄、飲まなきゃやってられないさ。逆におれは素面の奴に問いたいね、飲んでないようだけど良いんですか、ってな」
「この男は飲みすぎだが、まあ多めに見てやってくれ。飲まないと具合が悪くなる呪いなんだ」副長が半ば呆れた風に笑いながら説明する。「〈鯨飲のヴァイオレット〉って解呪師が何十年も前にいたが、そいつは素面だと急性アルコール中毒みたくぶっ倒れて動けないってひでえ呪いに憑かれてた。だが一たび酒を飲んだらもう、どんな呪いだってたちどころに消しちまったもんさ。うちの〈左党〉にゃそんな芸当は無理だが、まあ酔っ払ってんのがこいつにとっちゃ素面ってこったな」
「酒に関する〈呪われ〉は多いですからね」白い髪の青年、ビルが言った。「副長の挙げたヴァイオレットを初めとして、遊撃隊の主力〈泣き上戸のラフ〉、隣の五番隊の〈宿酔のエミリオ〉、ワイアットを除いて皆腕のいい解呪師だ」
「おいおい、おれを除いてってのはどういうことだよ」ワイアットがまた一口ラッパ飲みしながら抗議する。
「そりゃ、あたしが呪われたらあんたは指名しないからね。この前だって剣と杖を忘れて出勤したじゃないのさ。抜け作もいいとこだよ」
そう言うカミラに顔を顰めるワイアット。「お前だって不必要に街を破壊しては、給料がどんどん減っていってるじゃないか」
「そりゃあたしが強すぎるのが悪いのさ」
「その通りだ、お前が悪い」
「盛り上がってるところすまねえが」副長が言う、「エイダの呪いを解いたほうが良いと思うぜ、とっとと」
「なぜですか」当事者が問うと、
「いや、あと三秒でその石が落下してきて――」
エイダの意識はそこで途切れ、目を覚ますと副長以外の隊員は仕事に出たらしくいなかった。床には血と脳漿らしい液体が染みを作っており、エイダは副長を多少恨みつつ礼を言って帰った。




