第11話 オレが異世界に転生したら解呪師になっていた件に関する短いフィルム
珍しく仕事の少ないある日。シガードが隊長の愚痴を延々聞いていると、ノアが見知らぬ人物を連れてやって来た。青みがかった銀色の髪をした、かなりの美少年だ。
「どうしたノア、依頼者を連れてきたのか」
「いや、彼が路上でぶっ倒れてたから熱中症かなんかと思って介抱したんだけど、ちょっと変なことを言ってるんだよ。同じく妄言を吐くのが得意な隊長と、聞き役のシガードに任せて俺は帰る。さようなら」
「おい! 誰が妄言を……ちっ、逃げたか、覚えておけよ」
「それで、倒れてたとのことですが、体調不良ですか?」激昂する隊長を制止しながらシガードが穏やかに少年に問う。
「いいや、オレはいたって健康だよ。蛙を五匹丸呑みするくらいね」
「は?」
「ううん、こっちの話。それで、ここはどういう場所なんだ?」
「ああ、ここはね……」
【シガードと呼ばれていた男性はオレに〈解呪公社〉の仕事について話してくれた。なんでもこの世界には〈呪い〉ってやつが存在するらしい。まるで漫画やゲームに出てくるおが屑ギルドじゃないか。なんとも因果な世界に飛ばされたもんだ】
「おいちょっと待て、なんだこの声は?」隊長とシガードは、突然エコー付きで支部内に響き渡ったナレーションに戸惑いを隠せなかった。
「そういえばまだ名乗ってなかったかな、オレは――今の名前はレイ・シルヴァー、平凡な高校生だよ、元ね」
「こいつ、何やらクリストファーと同じ臭いがするぞ。エイダといい、最近の若者はこんなのばっかりなのか」
頭を押さえる隊長にシガードが促す。「隊長、まずは事情を聞くべきですよ」
「そうだな。レイと言ったか、私はハイネマン、この支部の隊長を――」
「くっ……ハイネマン? 隊長? くくっ」いきなりレイは含み笑いをし始めた。
「おい、なんだ無礼な奴だな、人様の名前を聞くなり」
【隊長は端正な顔を歪めて憤慨したけど、だってしょうがないじゃないか! 〈ハイネマン〉で〈隊長〉とくれば、某最強の独身トリマーを思い浮かべるしかないじゃないか!】
「何の話をしてるんだお前は! それに先ほど、この世界がどうとか言っていたな? どういう意味だ?」
「ああ、オレこの世界の人間じゃないから」
「何だと?」
「まあ、この世界の人間として別の体で再誕するってあの〈トリックスター〉が言ってたから、厳密には違うかな」
「何を言ってるのか分からん。もっと丁寧に説明しろ」
【やれやれ、なんとも面倒だ。このときはこの独身トリマー隊長をただのうるさい人としか思っていなかった。
だけどこの後、この人と文字通り世界を賭けて戦うなんて。
このときのオレには知る由もなかったんだ】
「やめろ! 珍奇なナレーションを無断で流すな! つまりお前はノアの言ったとおり、馬鹿げた妄想を抱いているんだな。もうそれが分かったからにはこいつを追い出してこの件は終わりだ! シガード、叩き出せ!」
「確かに隊長の同志かも知れないな」ハイネマンに聞こえないように呟くシガード。「いや隊長、これは呪いの一環かもしれませんよ。彼から妙な気配を感じます。一応ちゃんと調べたほうがいいんじゃないですか」
【オレの中で地味な青年って印象だったシガードの印象が上がった。さしずめ彼は某胃痛持ち運動部員ってとこか。オレはシガードにちょっと同情した】
ナレーションを無視してシガードはレイに向き直る。「とりあえず君の呪いは静穏状態のようだな、この状態で害を成すということはないはずだ。ただ、何らかの条件下で災禍化する恐れもあるから、抗呪力がどれくらいあるかを把握しておきたいんだ」
【いきなり新しい用語が色々と出てきてオレは混乱する。どうやら呪いには、おが屑掃除師の言う満月と新月みたいなモードが存在するようだ。そこでオレは思い出す。〈トリックスター〉が便利機能と称して、オレに持たせたスキルの一つのことを】
「ステータス、オープン」
レイが右手をかざしそう言うと、彼の手の前に文字が表示された。
「これがオレの今の能力……らしいんだけど、これを見たら分からないかな」
そこには〈トルメンタ波動値:八十七〉とか〈対アノマロカリス適正:六十京〉などの奇怪な文言が並んでいた。
「なんだそれは。何を表しているんだ?」
「あんたら、この世界の人間なのに分からないのか?」
「そんなもの知るか。だがはっきりしていることがある、確かにお前は呪われているようだ。この怪奇現象を見れば一目瞭然ではないか。あとさっきから気になってるがなんでタメ口なんだ? その無礼さ、甘やかされて育ったのか? 最近の若造は親や教師に何を習ってるんだ? これもこの都市を腐敗させる浄化機構の弱体化政策の一環か?」
「だーかーらー! 何言ってるのか分かんないって!」
「それはこちらの台詞だ! お前、異世界だかなんだか知らんが、どの世界にいようと絶対に〈平凡〉ではあり得ないだろ。そんなんじゃエイダよろしく高等遊民にでもなるしか先はなかろう、その金銭的余裕があればの話だが。就職しようとしても、少なくとも私が面接官なら即不合格だぞ」
しばらくレイは沈黙していたが、
【こうしてオレは最強独身トリマーことハイネマンの下で働き始めることになった。ま、なりゆきだし、仕方ないだろう。だけどこれが、ひとつの英雄譚の始まりだった。そう――
――〈再誕〉した平凡な少年が、世界を〈最短距離〉で駆け抜ける物語の――】
「なんだその駄洒落は! いちいちこちらをイラつかせるんじゃあない! しかも何を勝手に私の部下になっているんだ! 誰が貴様のような不適応者を雇うか!」
【オレが〈再誕のレイ〉として解呪公社に入って一週間が過ぎた。最初こそオレにきつく当たっていたハイネマン隊長だが、ボールペン工場包囲作戦でオレの力を目の当たりにした以上、認めないわけにもいかず、最近は態度が若干軟化してきた。ま、最強独身トリマーも目は節穴じゃないってことだな】
「やめろ!!!!」




