第10話 棺桶の中の幻想
「隊長、夕勤に新人が入ったそうだな? いきなり後輩ができるとは、さっそく先輩風吹かせたいんですわ」支部に帰ってきたリジェルが、大剣を洗い場で雑に水洗いしながらハイネマンに言う。
「そうだ、書類作成で来ている。交代のときに会うこともあるだろうから、挨拶くらいしておけ。こいつはロミオ・マッケンジーという。まだ高校一年の青二才だが、抗呪の力はまずまずだ。家が棺桶屋らしいので〈棺桶屋のロミオ〉とでも呼ぶつもりだ」
「そいつはどこにいるんだ?」ボロ布で剣を拭きながら、リジェルは応接室に入ってくる。
「ロミオどこだ?」隊長が辺りを見回しながら呼びかけた。
「ここにいますよ」〈棺桶屋〉が答える。彼は隊長の向かいの椅子に座っていた。
「ああ、そこか。こいつはどうも影が薄くてな。何というか、特徴がない」
隊長の言うとおり、彼にはこれといって目立つところはない。マスクをつけた黒髪の、そこそこ整った顔をした少年だ。
「夜勤にいる〈影踏みラモラック〉みたいな呪いか?」
「いや、これは呪いじゃなく本人の個性な気がする。あるいは目立たない個性を微弱な呪いが底上げしているのか。ラモラックの奴は存在を消す力を武器として活用できるが、こいつはなんというか半端な」
隊長の直截的な言葉にロミオは頭を掻いた。「僕も気にしてるんですよ。親や学校の先生にも『お前いたの?』とよく言われがちで。健康診断で呪いへの抵抗力があるって分かったので、このバイトを始めようと思ったんですけど」
「それは面接のときに聞いた。思うに、ずっとマスクを付けっぱなしなのがよくないんじゃないか? 顔が半分隠れているからな」
「粘膜が弱いので風邪の予防に付けてるんですが、じゃあ外しましょうか」
ロミオがそうするとますます特徴がなくなった。マスクをずっと付けている人物、という個性が消え、普通の高校生という成分が強まった。
「いや、やっぱり付けたままでいい。それで、剣は短めなものが良いって話だったな?」
「はい、僕は力もそれほどないので」
「何か部活に入ってるのか?」リジェルが聞いた。
「帰宅部です」
「将来的にエイダのようにならなければいいのだが。我が支部でしっかりと社会の仕組みを学ぶといい」
「ここでまっとうに社会を学べるとは思えないんですわな。隊長が変なことを吹き込むだろうし」
「なんだとリジェル、私は常に真実を語っているのだぞ」にわかにハイネマンは色をなした。
「嘘を百回繰り返しても真実にはならんのですわ。そうでしょう」
「貴様はこの都市がいかに歪められているか知らんのだ。真実は巧妙に隠蔽されているからな。グラブの地ではどうだったか分からんが、ここにいるからには常に虚構と戦わなければいけない。それは聖戦なのだ!」
「演説は結構ですが新人に対して……あれ、どこに行った? あいつは」
「動いてないんですが」椅子に座ったままのロミオが言う。「これ、次に来たら登録が消されてたりしませんよね?」
「何を言う。お前はすでに我らが同胞。ここを第二の故郷と思うがいい、ロビン」
「ロミオです」
「まあなんだ……」隊長はごまかすように言う。「誰か死んだらお前のところの棺桶を注文するよ」
「覚えていればの話ですけどね」自虐的にあるいは皮肉めかしてロミオは言った。




