⌘ 後編 ⌘
ドラゴンはやがて、村に居つくようになった。
もはや雲居に飛び立つことはなく、やしろの近くに、いつも寝そべるようになった。
長い巨体をいっぱいに伸ばし、うららかな陽にまどろむすがたを、村人らは微笑ましく見ながら行き過ぎた。
足をとめ、手をあわせることも忘れずに。
そのたびにドラゴンは少しだけこうべをもたげ、金色の目を細めるのだった。
村人らが子をもうけ、その子らが育ち、そして新たな子が産まれ――村はますます繁栄した。
巫女の子も、そのまた孫も、ひ孫も、かれに尽くした。
かつて救われたことを皆が皆、けして忘れずに伝えていった。
そうして村人らから向けられる感情は、ときに陽の光よりもあたたかい、と。
かれはもう知ってしまっていたのだ。
昔々、あるところに、邪悪なドラゴンがいたという。
いくたびも人の群れを襲い、叩きつぶし、焼き捨てていた。
かれにとっては小さな巣の数々でしかなかった。
しかし、そのなかには――栄華を誇った大国もあったのだ。
邪悪なドラゴンを崇めている咎で、大国の騎士団が村を強襲したとき。
かれは久方ぶりに目を覚ました。
長らく村にもたらされてきた数々の奇跡は、かれの活力と引き換えである。
その活力のみなもとは、知性をやどした生命そのもの。
すなわち人間のたぐいであり、喰らうことを止めたゆえの眠りから、覚めたのだ。
つまりドラゴンは――ずいぶん前からすっかり弱っていた。
それでも、かれは強大な種にして個である。
尾のひと振りでさえ、騎士たちをなぎ倒せたはずだった。
しかし騎士たちは先に村人らをとらえていたのだ。
面前に引き出された巫女には、おもかげがあった。
彼女の今は亡き高祖母がまだ少女だった折の、出会ったばかりのころに、よく似ていた。
人の一生など、長命なかれには瞬く間のできごとのはずだった。
笑った顔や声までが似ていると思い出せるのは、おかしなことだった。
けれども、よく似た唇からは、まったく正反対のことばが漏れる。
どうか見捨ててくれろ――と、そう言って笑うのだ。
その首すじに突きつけられた刃を見てとり、金色の目が細められる。
たとい偉大なるドラゴンといえども、力のおよばぬことはある。
いちど失われた命を取りもどす、などという奇跡は起こしえない。
かれは惜しくなったのだ。
せっかくここまで増やして育てたのだから。
今さら壊すのも捨てるのも勿体なかろう、と。
その長い首を伸ばし――あろうことか、刃の前に差し出した。
直後、村人らの絶叫が響いた。
――はるか昔、その地には、邪悪なドラゴンがいたという。
欲望のままに暴虐のかぎりを尽くし、正義の騎士団に退治された。
それは邪悪なドラゴンがいたという。
今はもう朽ちたやしろの跡しかない、無人の荒野には――
大国の公文にしるされたものとは異なる、ひとつの伝承が残っている。
かの邪悪なるドラゴンは、悪あがきにも村人らをあやつった。
騎士団の不意をつかせ、尻尾をまいて逃げだした。
村人らをすべて贄としてさらい、山の向こう、海の向こうへ消えていったと。
今は昔の話である。
おしまい。
⌘ ⌘ ⌘
……はるか後の世に。
新大陸に進出した人類は、ドラゴンと人と両方の特徴をあわせ持つ種族と出会うことになる、が。
それはまた別の話である。
⌘ ⌘ ⌘
特に意味のない設定。(適当)
このドラゴンは始原種古龍属(アンティクァドラコ・プリメヴァルム)と思われる。四大精霊すべてを従えるが、洗練されていない古式魔法を行使する。
一説によれば、太古の創代神性種真辰属(ヴェルムドラコ・ジェネジスディヴィニティウム)の末裔。
また、現生の精素種竜属(ドラコ・エレメントゥム)の祖ではないか、ともいわれる。
特に意味のない補足。ドラゴンの村での呼ばれ方は、主様。
特に意味のない小ネタ。村人がよくやってた遊び。
巫女娘「はい主様! この子はだれでしょーか? ヒントはうちの子でーす」
童1「ぬしさま、だーれだ!」
ドラ『ぬ……長男か次男であろう』
巫女娘「ぶー! 三男でーす!」
ドラ『ぬう。先ごろまでみどり児であったのに、大きくなりよって……』
巫女娘「じゃあじゃあ! この子はー?」
童2「ぬしさま、だぁーれ?」
ドラ『見くびるでないぞ。おぬしの子に、おなごはひとり――すなわち長女』
巫女娘「ぶっぶー! この子は長男でーす」
ドラ『なん……だと……』
――特に意味は、ない!