⌘ 前編 ⌘
異世界説話風。
昔々、あるところに、邪悪なドラゴンがいたという。
暇をもてあましては人里にくだり、欲望のおもむくままに襲いかかった。
逃げまどう人々をとらえては食らい、畑は踏みつぶし、息吹で家を焼いた。
かれにとっては人が虫けらや家畜にするようなもの、ただ退屈と空腹をまぎらわすものだった。
気ままに雲居を行き来して、あるとき、ひとつの村に降り立った。常のように。
常と違ったのは人々が逃げなかったこと。
粗末な家々に気配はするものの、まったく動こうとしないことだった。
おそろしきドラゴンから逃れるすべはないと、あきらめたのか――否。
じつは、その辺りは大変な旱魃と疫病に見舞われていた。
人々は餓え、渇き、病んでいた。
逃げようにも、それどころではなかったのだ。
つまらないとドラゴンは思った。
そのとき、ひとりの少女が家よりまろび出た。
荒れた地に這いつくばり、かすれた声をはり上げた。
どうかお助けください――と。
とはいえ矮小なる人のことばなど、かれが解するはずもなかった。
なにやら地虫が妙な動きをしている、としか見えようもなかった。
それでも、おそらく命乞いだろうとの見当はついた。
少女は地になんども額をこすりつけ、懇願している。
ことばが通じずとも、偉大なるドラゴンには感応する能力があった。
他者の想うところを汲みとれる能力だ。
これまでは卑小な種族に意識を向けたことがなかったため、気づかなかっただけのことである。
はたして、たしかに少女は命乞いをしていたのだ。
ただし、それは――己を贄としてささげるかわりに、村の人々を救ってほしい、と。
そういった献身のねがいであった。
ドラゴンは面食らった。
なぜなら、かれは強大にして長命の種であった。
その一身のみが第一にして唯一の個であった。
であればこそ、みずからを犠牲にして他者を生きのびさせる、などという考えは大いにかれの意表をついたのだ。
しかも己ひとつの命でもって、その数十倍の命をあがなえるという思いあがりが、じつに愉快ではないか、と。
つまるところドラゴンは退屈していたのである。
かれにとっては雨雲を呼びよせ、土を肥やし、病をいやすなど造作もないこと。
強大にして長命な、その活力の一部を譲るだけでよい。
やがて村はよみがえった。人々はすこやかになった。
井戸には清水がこんこんと湧き、作物や果実はたわわに実った。
ゆえに人々は、かれを讃えた。
われらが救い主だ、奇跡をさずけてくださった神さまだ――と。
いつしかドラゴンは祭りあげられていた。
かつての少女は巫女となり、かたわらにはべった。
かれは、ただ思っていたのだ。
どうせ屠るなら、数を増やしてみるのもいいだろうと。
動かぬ的など面白くもない。美味くもない。
供物を献じられ、やしろも建立され、年にいちどは祭も開かれた。
わらべから年よりまでもが、たき火をかこんでは謡い、舞い、手を打って笑い合った。
そうして、こぞって心からの感謝をささげたのだ。
ドラゴンには――感応する能力があった。
初めて受けとったその感情は、長命なかれをもってしても、やはり初めてのものであった。
時が流れた。