第7話:疑問
タナトスはそろそろ冬の装いを整えつつあった。
足元に忍び寄るのは冷気で、足元から全身の熱を奪っていく。
夕暮れには途端に寒さが増し、外を行き交う人々は出来るだけ体温を逃さぬようにローブで身を包み、足早に家へと向かう。
そんな寒さなど知らぬ暖かい室内で二人の青年が対峙していた。
一人は書類に目を通し、一人は壁に身を預けて。
書類に目を通す青年の髪は銀に煌き、彼が手に嵌める指輪形の紋章は王家のもの。
ルーファ・アリオス。
アリオスの国王だ。
その青年に鋭い視線を向ける眼帯の男はジョゼ・アイベリー。
漆黒の衣装で包んだ均整の取れた体と腰に帯びた剣は彼が軍人である事を示し、
真紅の腕章で、軍人の中でもかなり身分の高い事が知れる。
格好を見ずともアリオスで隻眼の軍人といえば誰もが尊敬と憧れの目を向ける。
「何でダメなんだよ」
不機嫌を隠そうともしない声がジョゼの口から零れ落ちる。
「どうしてもだ」
ルーファは刺さるような視線も一言でいなし、新たな書類に判を押す。
届けられる書類は後を絶たず、ジョゼが訪ねてきてから三回ほど新たに届けられた。
「何でケイトはよくて俺はダメなんだよ」
「立ち位置が違うだろう」
次第に声が大きくなるジョゼに駄々をこねる子どものようだと苦笑が浮んだ。
「俺だってジニスのお嬢ちゃんを早く見たいんだよ」
隣国から嫁いでくる王女の出迎えに自分が選ばれなかったことが気に食わないと怒鳴り込んできて早一時間弱。
せめてもの配慮に彼の隊からで出迎えのものを選んだのに、それも気に食わないらしい。
ルーファも戦場を共にする男の性格をよく知っていた。
「ジョゼ・アイベリーという男は私の言葉など聞かぬ奴だと知っているからな」
その言葉から相手の意図を読み解いて、ジョゼはにやりと物騒な笑みを浮かべた。
「ダリアがお茶を用意するようだが、どうだ?」
気が済んだのか背を向けるジョゼに声をかけた。
ダリアは王妃のことだ。
「お忙しい国王様の至福の時間を邪魔するほど野暮じゃないんでね」
ルーファが愛妻家である事は周知の事実だ。
一日に一度は王妃が淹れたお茶を口にすることも。
国王夫婦の日課であるお茶会に居合わせた者は幸せになるなんて可笑しな噂もあるようだが……
確かにお茶も菓子も申し分ないのだが、終始花を飛ばす二人と同じ空間にいるのは少々うざったいとジョゼは思う。
「いらん気遣いをするより、早く軍の編成案を出して欲しいのだがな。将軍?」
「気が向いたらな。どうせお前が考えてるし」
ルーファはジョゼが去った扉に向けてため息を吐いた。
確かに彼の頭の中には完璧な編成案が出来上がっていた。