第6話:出発の日
話が決まった後にはとんとん拍子にことが進み、あっという間に出発の日となった。
都に呼ばれて父である国王に会うこともなく、いくばくかの使者がジニスを訪れ決まりきった文句を述べて頭を下げていった。
ソレに比べ街中の人々は賛辞と別れの悲しみをない交ぜにして盛大に送り出してくれた。
数人の使用人たちは、屋敷に残り、母の墓を守ると約束してくれた。
鉱山の長であるダンなど厳つい顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら笑い「辛くなったら帰って来い」と馬が驚くような大声を上げた。
しめっぽいのは似合わないとばかりに鉱山の男たちは愛娘のようなセイラの旅出を歌を歌い、踊り、酒を飛び散らして彩った。
宴は結婚が決まったと報告した日から出発するその日まで毎日続けられた。
今日はダンの家で、今日は誰々の家でと順繰りにほとんどの家をめぐり、その度に街中の人々が集まり騒ぐのだ。
昨日の夜から今日までが一番騒がしかった。
行商に来たほかの街の人が目を剥くほどだ。
なかなか終わらない騒ぎに堪忍袋の緒が切れた使者が何度も怒鳴り散らしたが、声の大きさで鉱山の男たちに敵うはずない。
ちなみにこの使者は、手紙を届けに来た使者ではない。
体は細く、少々長い前歯をむき出して甲高い声で話すものだからダンはネズミと呼んでいた。
ネズミと命名された使者は、彼らが聞く気がないと知ると、ふて腐れて自分の馬車に閉じこもってしまった。
朝一に出発のはずが、ジニスを出たのはもう日が傾きかけてからだった。
「ふふ、少し寂しくなりますわね」
馬車に向かい合わせで座ったハナはその様子を思い出して苦笑した。
窓の外は鉱山の面影はもう無く、田園が続く。
仕事をしつつ、何事かと人々が行列に目を向ける。
セイラが持参したものは馬車に納まりきるぐらい少ない。
あの長い行列たちは何を運んでいるのか見当もつかなかった。
弧児であったハナは故郷を知らないがジニスは自分の故郷といってもいい場所だった。
そこを離れるのはやはり寂しい。
「どんなに離れていても皆は家族だよ」
言い切ったセイラにハナも微笑を浮かべ頷いた。
「カンタスは良いところだといいですね」
「そうだね」
カンタスとはアリオス国の都のことだ。
自国の都すら知らない二人には他国の都など想像することもできない。
「どれくらいかかるんだ?」
出発して二時間もたたないうちにセイラは愚痴を零した。
もともとじっとしているのを好む正確ではない上に馬車など乗りなれていないのだ。
普段は着ない裾の長い服で動きを制限されている事もあるのだろう。
動けないと思うと余計に動きたくなる。
「……十日はかかりましてよ」
ハナはその様子にため息をついた。
鉱山の街ジニスはエスタニア国の西にあり、国境線にも近い。
しかし、都からほど離れていないにしろ、他国とは遠いものだ。
都からだと一月は優にかかる。
「馬に乗りたい」
ほそりといった言葉はすぐに却下された。
エスタニアでは高貴な女性が馬に直接乗ることなどまずない。
所作が美しく、お淑やかで出過ぎないことが好しとされるのだ。
ジニスでは多少のお転婆も許されたが嫁ぎ先の道中ではまずかろう。
このお転婆王女は裸馬をも見事に乗りこなし大の男に感嘆の息を洩らさせたのだが。
「ああ〜早く着かないかな」
茜色の空に呟きは静かに消えていった。