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第5話:ジニスの人々


 玉の加工場はいつでも騒がしい。

 硬質な音が響き、火花が散り、時には怒号が行き交った。

 ここに来るのも慣れたもので、機具の間をすり抜けて、セイラは目当ての人物に声をかけた。


「ダン」


 聞き慣れた声に振り返り、頬を緩ました男は加工場を仕切るダンだ。

 首筋を伝う汗を拭きながらセイラの元へと歩いてくる。


「よう。嬢元気か?」


 にかりと笑いながらセイラの頭をかき回す。

 くちゃくちゃになる髪もいつもの事なので笑って頷いた。

 セイラが年頃の貴族の娘のように髪を結い上げない理由はこの行為のせいでもある。

 七割は面倒くさいという理由なのだが、残りの三割は飾りをつけたまま頭を撫で回されると痛いのだ。

 以前ハナにせがまれて髪を結い上げ、その姿のままこの加工場に来たとき、同じく大きな手で撫でられ本気で禿げるかもと思った。


「昨日の大層な行列はなんだったんだ?」


「お頭、大変だったんだよう」


 ダンの隣に居た青年が眉を下げた。

 加工場は高い位置にあり、行列には一番早く気がついた。

 その可笑しな連中がセイラの屋敷に向かっていると知って、殴りこみに行こうとしたダンをなんとか止めたのだと身振り手振りで説明する青年の頭に拳骨が一つ。

 止めてくれてよかったとセイラは心の中で呟いた。


「都から来た使者だよ」


「使者?都の連中が何の用だ」


 声を荒げるダンの周りに加工場で働く男たちが集まってき、口々にセイラに挨拶をした。

 いつの間にか椅子が用意され、菓子が行き交い、自主的休憩に入ったようだ。


「私の結婚が決まったんだって」


 がやがやと騒がしかった室内がしんと静まった。遠くで地を削る音が聞こえてきた。

 周りを囲んだ男たちが目配せをし合い、言葉の真意を確かめる。

 誰もダンに視線を向けない。

 もう少し反応があるだろうと思っていたセイラは拍子抜けし、聞こえなかったのかと同じ言葉を繰り返した。


「誰とだい?」


 ぴくりとも反応しないお頭に怯えながら先ほどの青年が尋ねた。


「アリオス国のジルフォード王子だって」


 明るい声が不穏な空気を孕んだ部屋に思いのほか響き、男たちはすっと一歩分身を引いた。


「アリオス……?」


 地を這うような声にあるものはすくみあがり、あるものは次に行動すべく準備し始めた。


「そう」

 

「じるふぉーど?」


 俯いていた顔を突如上げたダンに驚き、セイラも微かに身を引いた。

 ひくりと痙攣を繰り返す口元と見開いた瞳が怖い。


「どこの馬の骨だ!」


 怒号にびりりとガラス窓が音を立てた。

 やれやれと数人の男たちがダンを椅子に押さえつけると、ダンは牙をむく獣のように喉を鳴らした。


「え〜……」


 一国の王子を馬の骨呼ばわりする彼にどう説明していいのだろう。

 セイラとて相手の情報は名前しか持っていない。


「アリオス?」


「アリオス! 今すぐ玉の流通と加工取引の中止だ!」


「ええっ!」


 予想だにしなかった展開にセイラは驚きの声を上げる。

 顔を真っ赤にして息巻くダンの肩をしわくちゃの手が叩いた。


「止めんか。馬鹿者」


 ダンの半分ほどの身長しかない老人は先代の頭だ。

 引退した今でもふらりと現れては茶をすすっていく。

 セイラにとってダンが父親代わりならば、彼はおじいちゃんが代わりだ。

 深い黒曜石のような黒を湛える瞳は鉱山の全てを知っている。

 セイラはその瞳を細められるのが好きだ。

 冷静な人が出てきてくれてよかったとため息が漏れる。


「娘の門出だ。快く送り出してやろうじゃないか」


 その言葉にダンは手を握り締め、ぐぬと唸った。

 ダンとて解っているのだ。

 国同士の契約に口を挟めぬことぐらい。

 けれど、今まで一度として顔も見に来ぬ国王の言いなりにさせるのは腸が煮えくり返りそうなほど腹立たしい。

 愛娘を他国の顔も見たことの無い連中の元に送るのも嫌だ。

 鉱山の誰もが認めセイラを幸せにしてくれる男に嫁がせようと思っていたのに。


「セイはジニスの娘だ。どこへ行っても変わりはせん」


「だがよ……」


 それでも言い募るダンに老人はふと瞳を緩ませる。

 ぐずる子どもによくやってやる表情だ。

 大概の子どもはその瞳の色に惹かれるように涙を止める。

 その色が突如、性質を変えた。


「アリオスの連中がセイを泣かすようなことがあれば、その時はアリオスとの契約をすべて破棄じゃ!」


 筋張った拳が突き上げられると、その意見に賛同した男たちも次々に拳を上げ、咆哮する。



―絶対泣き言なんて言わないもん……



 まだ行く準備も整っていない内からアリオスでの生活規則その一が出来てしまった。

 後で奥さんたちに変なことをしないように注意して欲しいと言っておこうと密かに決めた。

 血気盛んな彼らもジニスの女陣には頭が上がらないのだ。


「婚礼には他の誰にも負けねぇ贈り物をしてやる」


「うん。楽しみにしてる」


 ぽそりとまだ納得してないと感じられる声で呟かれ、セイラは満面の笑みを浮かべた。











 あまりにも騒いでいたため様子を見にやってきたダンの奥さんに一喝され男たちはクモの子を散らすように自分たちの待ち場に帰っていった。

 事情を聞いて彼女はきりりと目尻を上げた。


「まったく馬鹿お言いでないよ。セイがたった一人でしくしく泣くもんか。仲間を見つけて楽しくやるよ。あんたらが手を出しちゃ、余計厄介な事になりかねないじゃないか! まったくうちの男共ときたらろくな事考えないんだから」


 ダンは奥さんの前で出来るだけ小さくなっていった。

 老人はダンが捕まっているのをこれ幸いと早々に逃げ出した後だ。


「心配なのは分かるよ。可愛い娘は嫁にやりたくないもんさ。だけど、この子が人一倍強いのはあんたがよく知っているじゃないか」


 気風の良いダンの奥さんは怒ると怖いが慰め方もうまいのだ。

 縮こまっていたダンも「おう」と顔を上げた。

 彼女はセイラの傍に来るとそっと背を押した。


「行くんだろう?」


「うん」


 加工場を抜け、山を登っていけば、街全体を見渡せる場所に出る。

 少し開けたその場所には小さな盛り上がりが在り、その周りには白い花が群生していた。

 まるでセイラが訪れるのを知っていたかのように一番美しい状態を保つ花に笑みを向けた。


「母さん」


 土の下に眠るのはセイラの母だ。

 彼女の墓を飾るために幼いセイラは懸命に彼女の一番好きだった花を植えたのだ。

 誰よりも強いと思っていた母はあまりにあっけなく最期を迎えた。

 病魔が巣くっているとは思えぬほど毎日豪快に笑う人だった。

 今でもひょっこりと現れるのではないかと思うほどだ。


「セイは結婚するみたい」


 セイラは墓の前に座り、まるで其処に母がいるかのように話しかけた。


「しかもアリオスの王子とだよ」


 すごいだろとセイラは笑った。

 アリオスの話はなぜか母がよくしてくれたのだ。

 ほとんどが雪の話だったけれど。

 嬉々として語る母の言葉を聞きながら何時かアリオスの地を踏みたいなぁと漠然とした憧れはあった。

 それが、まさかこんな方法で叶うなんて予想もしていなかった。


「行ってくるね」


 その言葉に「いってらっしゃい」と風が花を揺らし、「大丈夫」と風に揺らめく髪が頬を撫でた。



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